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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第六章:帰る場所(13)

「……へ、変……?」

 ショックを受けるソフィアに、ウィルは自分が言葉選びを間違えた事に気付いた。

 よく考えれば――……いや、よく考えなくとも変はないだろう。

 クレムやアデルが聞けば、だからあなたはデリカシーがないのよ! と怒るに違いない。

「……悪い。そういう意味じゃなくって……。母上がここの話をしてる時、ティア以外の連中は笑ってたけど、お前は様子が違っただろ?」

「え? ……そ、そうでした、か? そんなことはない、ですよ?」

 明らかに動揺した声音で、ソフィアがついっと視線を逸らす。ウィルは小さくため息をついた。

「だから、お前の嘘はすぐ分かるんだっつの! 往生際が悪い!」

「はうう~。……でも……取るに足らないことですから……。気にしないで下さい」

 やや切なさを帯びた淡い苦笑と言葉に、ウィルはむっとした。気にしないでいられるわけがない。

「気にするなって顔してねぇぞ。いいから、言え。……取るに足らないかどうかは俺が決める」

 若干、命令口調になってしまった。ソフィアはウィルを見て瞬き、抱き上げている子犬に視線を落とした。

「…………。同じだなぁ、って思ったんです」

 長い躊躇の後、ソフィアが紡いだ言葉が、これだった。

「……は?」

 意味が分からず、訝しげな表情をするウィルに、ソフィアは子犬に視線を落としたまま、淡い苦笑を浮かべる。

「ここにいる、この子達と私です。この子達は捨てられて……行き場がなくて、生きていくことも難しくて……。そんな時に、ウィルさんに出会って……ウィルさんは優しいから放っておけなくて……」

 ソフィアの手が、優しく子犬の頭を撫でる。そのソフィアの手に、子犬が擦り寄った。

「私も……同じです。記憶を封じられて、どうしたらいいのかも分からなくて、途方に暮れて、不安で……。しかも、魔力のコントロールまで出来ないですし、頼りないですし……迷子の子供のようなものです。だから、ウィルさんは手を差し伸べてくれて……一緒にいてくれるのかなって思ったら……何だか……」

 そこで、ソフィアは言葉を切り困惑の表情を浮かべる。上手い言葉が見つからないらしい。

 そんなソフィアの様子にウィルは苛立ち、小さく舌打ちをした。ソフィアの肩がびくりと震える。

「……お前、馬鹿か?」

 ウィルの低い呟きに、ソフィアが俯いた。だが、ウィルは構わずに続ける。

「なんで、お前が犬や猫と同じなんだよ。ふざけんな。何なんだ、その発想」

 記憶のない不安が彼女をそうさせているのだろうということは、分かっている。ソフィアという名ですら、本当の彼女の名前だという確証はないのだ。ソフィアには確固たる物が何一つない。だから、不安になる。卑屈になる。迷惑をかけてはいけないと、面倒をかけてはいけないと気遣うように笑い、心の闇を押し殺す。

 分かっている。それでも。

「犬や猫を拾って保護するのと同じ感覚で、いつまでも一緒にいられるわけがないだろうがっ!」

 ソフィアが弾かれたように顔を上げる。

 ウィルの強い眼差しと、微かに揺れる不安定なソフィアの眼差しがぶつかった。

 確かに、最初は犬猫を保護するように、ソフィアに対する同情がなかったとは言えない。そこは否定しない。旅に出ることを決めた要因のひとつではあったと思う。

 けれど、想いは変わるのだ。

 少なくとも、今のウィルがソフィアと一緒にいる理由は、出会ったばかりの時とは違う。

 旅を始めた当初に比べれば、ひどく利己的な感情が占めているとは思う。そして、今のところ己の感情をソフィアに伝えるつもりもない。だから、ソフィアにウィルが旅を続ける理由を分かれとは言わないし、言えない。

 だが、たとえ確かな過去が何一つなくても、そのせいでソフィアが自分を軽んじ、卑屈になるのは心外だ。

 出会って以降に積み重ねてきた記憶は確かに存在するものだし、ウィルや仲間達にとっては今ここにいるソフィアがソフィア以外の何者でもないと思っている。それは恐らく彼女が記憶を取り戻しても、正体が何者であっても変わらない。

 ウィルの正体が知れても、仲間達が彼を王子としてではなく、ウィルという個人として見てくれたように。

「でも……だったら!」

 震えるソフィアの手から、子犬がそろりと抜け出して床に降り、親犬のところに駆けていく。だが、ウィルもソフィアも周囲の様子など目に入っていなかった。

 ただ、お互いだけを視界に映して。

「何で……何で、ウィルさんは、一緒にいてくれるんですか……?」

 その問いに、ウィルは言葉に詰まった。

「そ、れは……」

 答えは、すでに自分の中にある。あるけれど、伝えるわけにはいかない。ならば、どう答えればいいのか。

「……ウィルさん?」

 ソフィアがウィルの顔を覗き込んでくる。不安に揺れる薄紫の瞳が近い。ウィルは無意識に一歩引き、我に返ったソフィアも息を呑んで体を反らす。

「す、すみませんっ。……あ、あのっ」

 ソフィアの頬が赤く染まる。その時、ウィルの耳は確かに捉えた。ウィルとソフィア以外の人間の話し声を。

「おおっ! 赤くなったお姫可愛いな~。これは御大も耐えるのきっついんでない? いっちゃうか? いっちゃうのか!?」

「きゃーんっ。なんかいい雰囲気~。いけぇっ! ウィルちゃん! 男を見せろぉっ!」

「……僕も頑張ってるのに……何で、ウィルに先を越されそうなんだ……!?」

 丸聞こえだ。忍ぶ様子をまったく見せず三者三様の盛り上がりを見せる仲間達にウィルは拳を握り締め、肩を震わせた。顔が赤いのは、羞恥のためではなく怒りのためだ。

「……っおーまーえーらぁーっ! 何見てやがるっ!!」

「きゃ~っ! ばれてたぁっ!?」

 あんなに煩くてばれないはずがない。

「おおっやぁ~。御大ってば、照れ隠しぃ? ぷぷっ」

「うっせぇ! てめーら、そこに直れーーーっ!!」

 ウィルは足音を立てて、口々に囃し立てるリアたちの元へと向かった。


◇ ◇ ◇


 リア達の元に走るウィルの背を見送りながら、ソフィアは大きく息を吐いた。力が抜けて、ぺたりと床に座り込む。

 ウィルと入れ違いに犬御殿に入ってきたティアが、ソフィアの様子を見て眉をしかめた。

「……どうした? 具合でも悪いのか?」

「え? いえ、違うんです。平気です」

 体が元気なことは事実だから、ソフィアはそう言って微笑む。だが、ティアの表情は眉をしかめたまま戻らない。

「そうか? ……それにしては顔が赤いが……風邪じゃないのか?」

 ティアのその言葉に、ソフィアは慌てて頬に手を当てる。確かに、まだ頬が熱を持っているのが分かる。

「これは、違うんです! あの……顔が赤いのは別の理由でして……。体調はいいんです。大丈夫です!」

 必死な様子のソフィアにティアはそうなのか、と頷いてから、小さく首を傾げた。

「……別の、理由?」

「……はい」

 ソフィアは仄かに微笑み、そっと目を閉じた。何度も何度も深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けようとした。

 また、弱音を吐いてしまった。乗り越えたと思っていた感情も、心が弱ればあっさりと顔を出し、何一つ成長していない自分を思い知る。

 そんな風にマイナスに考えてしまうのも、心が弱っている証拠だろうか。

 考えを巡らせれば、ウィルの言葉や真剣な瞳が思い浮かんで、ソフィアは否定するように頭を振った。

 こんな気持ちを抱くのはいけないことだ。

 何度もウィルを危険な目に合わせた自分には、本当は彼と一緒にいる資格なんてないのだとすら思う。

 それなのに。

「……どうして」

 その呟きは余りにか細く、隣に立つティアにも届くことはなかった。

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