第六章:帰る場所(9)
ソフィアに続いて、リュカとティアもこの部屋を出ていてしまった。何でも、この城のパティシエの所に行くらしい。
残されたリアはぽちを抱きしめ、ぷうっと頬を膨らませる。
「お部屋にいるだけじゃつまんな~いっ」
「ん~。じゃあ、俺様達も城内探検でも行く~?」
備え付けのテレビのチャンネルを変えていたユートの言葉に、リアは首を横に振った。
「それはダメ~っ! あたし達がいない間にソフィアちゃんが帰ってきたら、このお部屋に一人になっちゃうじゃない!」
「むう!」
「おお~、お嬢は優しいねぇ~。俺様ほろりときちゃったよ」
そう言ってリアの頭をわしゃわしゃと撫でると、リアはいっそう頬を膨らませた。
「も~。ユートちゃん、子ども扱いしないでよぅっ!」
「わはは、ごめんごめん~」
それでも頭を撫で続けるユートを見上げたリアは、ふと首を横に傾げた。
「そういえば……何でユートちゃんってあたし達と一緒にいるんだっけ?」
「んん? 一緒はイヤ?」
リアはぶんぶんと首を横に振る。
「そんな訳ないじゃない。あたし、ユートちゃんもみんなも大好きだもん。一緒に旅出来て嬉しいもん」
「わお、熱烈な告白聞いちゃったわ! 照れちゃうね~」
へらりと笑うユートを見上げたまま、リアはでも、と続ける。
「ユートちゃんは、本当は一人の方が好きなんじゃないかなぁって思うのね。……団体行動、苦手そう」
その言葉に、ユートは小さく唸った。
「う~ん。鋭いねぇ。確かに俺様孤高の一匹狼タイプ? 孤独を愛する男っていうの? うわ、カッコよくない?」
「ウィルちゃんならよくないって言いそうだね~。自分で言うな! とか」
「ああ、御大なら言うわ~」
そう言って、二人は小さく笑う。愛想がないのに付き合いがよく律儀なウィルのことだから、確実に突っ込むに違いない。
「……って、話反れちゃったっ! ……えーとね、だからね。何で一緒にいてくれるのかなぁって思って」
「う~ん。……面白そうだから?」
「……面白い?」
「うん、そう。お嬢含め、みんな個性的で面白いし、気に入ってるし。……それにお姫のこととか、興味深いことも起きてるしね~」
そう言って曖昧な笑顔を浮かべるユートの表情からは、感情を推し量ることは難しい。
「そういうお嬢は?」
「え? ……あたし?」
「うん。御大達と出会う前は一人旅してたんでしょ? 何で?」
リアは数回瞬きをしてから、淡い苦笑を浮かべた。こういう表情を浮かべると、この少女はぐっと大人っぽくなる。
「……あたし、召喚士でしょ? けど、一度も精霊を召喚してないの、気づいてた?」
ぽちをぎゅっと抱きしめるリアを見ながら、ユートは微かに考え込んだ。
「……そういえば、そうかもね~」
普通ならば、行使の難易度が低い精霊召喚を多用しそうなものだが、リアが使用するのはいつも聖霊や魔獣・聖獣召喚だ。
「あたし……精霊召喚、使えないの。契約は交わしてるんだけど……どうしてもだめなの。……怖くて」
震える声で紡がれ始めた告白に、ユートは微かに眉を上げた。リアは壁の一点を見つめたまま、話し続ける。ぽちの手が、リアの腕をぽすぽすと叩いた。
「故郷にね、お姉ちゃんがいるの。綺麗で、優しくて……でも、体が弱くてね。お姉ちゃんのところにお花とか、木の実とか持っていくと、すごく喜んでくれた」
その時のことを思い出したのだろう。リアの表情が一瞬和らいだが、すぐに硬いものへと変わった。
「あたし、お姉ちゃんが大好きで……だからあたしがお姉ちゃんを守るんだって思ってた。それで、召喚術も頑張って……でも」
リアの顔が泣きそうに歪む。だが、リアは泣かなかった。
「あたし、家の前で火の精霊を召喚してて……制御に失敗したの。炎が、暴走して……家を燃やしちゃった。……具合の悪いお姉ちゃんが眠っていた家を……」
俯くリアの頭を、ユートが丁寧に撫でる。リアはなされるがままの状態で、さらに言葉を紡いだ。
「お父さんが水の精霊を召喚して、お姉ちゃんを助けに燃えてる家に入ってったのに……あたし、泣き叫ぶことしか出来なかったの。何も、出来なかった。お姉ちゃんもお父さんも何とか無事だったけど……お姉ちゃん、寝込むことが多くなっちゃった……」
そう言って、リアはユートに縋りつく。ユートは幼い子をあやすように、背中をぽんぽんと叩いた。
「あたし……何も出来なかったの。お姉ちゃんが大好きなのに……守るって決めてたのに! ……それから、あたし……精霊のことが怖くなっちゃって……精霊のせいじゃないのに。それから……精霊は、あたしの呼びかけに応えてくれなくなったの」
ユートは何も言わずに、リアの背を撫でる。
「……強くなりたくって、旅に出たの。それで、ウィルちゃんとソフィアちゃんに会ったの。……ソフィアちゃんね、ちょこっとだけ似てるんだぁ」
「……お姉ちゃんに?」
「うん。雰囲気とか……笑い方とか」
だから、今度こそはと思う。今度は、力になる。守ってみせると。それは、リアのエゴだ。
「……勝手だよね」
そう言って苦笑するリアを自分から引き離し、ユートは両手でリアの頬を包んで、ぶにっと潰した。
「うにゃっ!? はひふふの、ゆーとひゃん!」
「うはは、変な顔~。……別にいーんでない? お姫はお嬢と一緒で嬉しいだろうし。それに、最初はお姉ちゃんの代わりでも、今は違うっしょ?」
ユートの手から何とか逃れたリアは、ユートの言葉に笑った。
「……うん! ソフィアちゃんが大好きだから力になりたいの!」
その言葉に、ユートは珍しく優しい笑みを一瞬だけ浮かべた。が、しかしその空気はすぐに霧散する。
「てゆーか、ユートちゃん! さっきの何!? 変な顔ってひどいし!」
「わはははは、ごめ~ん」
結局、真剣な空気が長続きしない二人だった。




