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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第六章:帰る場所(8)

「……ウィルさん」

 小さく呼びかけられ、ウィルは内心舌打ちをした。

 くだらないことを言ってしまった。何で言ってしまったのかと後悔の念に駆られるが、後の祭りだ。

 ソフィアがそっとウィルの右手を手を取った。思いもよらないソフィアのその行為に、ウィルは微かに息を詰める。

「……初めて、聞きました。ウィルさんの弱音。……ウィルさんは私の弱音は聞いてくれるのに、自分のことは何も言わないから……」

 私に話しても何のお力にもなれないんでしょうけど、と苦笑するソフィアに、ウィルも小さく苦笑した。

「俺だって聞くだけで、何もしてねーぞ? それに聞くのは気が向いた時って言っただろ?」

 ウィルのその言葉に。ソフィアは小さく首を横に振って、微笑んだ。

「そんなこと言って、私が落ち込んでいる時は、いつも気を向かせてくれますから、ウィルさんは。……それに、何もしてないなんて、ないです。私はウィルさんにたくさん励まされてきましたし……こうやって前を見て立っていられるのは、ウィルさんのおかげです。……あなたに会えたおかげです」

 まっすぐなソフィアの言葉と柔らかな笑みに、ウィルは思わず視線を逸らしていた。

「……持ち上げすぎだろ。……しかも、弱音っつーより、情けないコンプレックス曝け出しただけだし」

 視線を斜め下に向けたまま、ウィルは小さく呟く。気恥ずかしくて、ソフィアを見ることが出来ない。

 視界の端にソフィアが握ったままの右手が見えて、何なんだこの状況はと毒づきたくなった。

 この場に監視カメラがないのと、人の気配がないのが幸いだ。人に見られたら何を言われるか分かったものではない。

 頭の隅でそんなことを考えてしまい、ウィルは複雑な気分になった。

 ソフィアが微笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。

「情けなくなんてないです。ウィルさんの弱音、私は聞けてよかったって思います。……ちょっとだけ、ウィルさんに近づけた気がするんです。それに、もしウィルさんがコンプレックスを持っていなかったら……私、きっとウィルさんに出会えなかったと思うんです。だから……」

 そこまで言って、ソフィアは言葉を止めた。眉を寄せ肩を落とし、申し訳なさそうな表情になる。

「……すみません。ウィルさんは悩んでるのに……私、ウィルさんが悩みを抱えていた事を良かった、なんて思ってしまいました。……自分勝手だし、失礼ですよね」

 そうして俯いてしまったソフィアを見やり、ウィルは微かに柔らかな苦笑を浮かべた。

「……そんな考え方もあったな」

 そう呟いて、握られた右手を返し、ソフィアの手を握り返す。俯いたままのソフィアが息を呑んだ気配を感じた。

 顔を上げようとしないソフィアに、ウィルはそっと言葉を落とす。

「謝んなくていい。……別に大した悩みでもねーし、会うきっかけになったんなら、悪くない」

 正体を明かしていなかったとはいえ、ソフィアは身内以外で初めてウィルをウィルとして見てくれた人だ。それは、正体が明かされた後も、変わらずに。

 そのことが、ウィルにどれだけの安堵をもたらしたか、ソフィアが知ることはないだろう。

 そして、彼女に出会ったことで、ウィルの世界は広がった。今まで抱いてきた悩みも劣等感も、彼女と会う為に必要だったというのなら、それはそれでいいのかもしれない。

 自然と、そう思えた。

 ウィルを苛んできた思いが、するりと解けてゆく。長年思い悩んできたことが、嘘のようにあっさりと。

「…………はい」

 どこまで、ウィルの心中を察したのかは、分からない。俯いたままのソフィアのか細い返事を聞きながら、情けない部分を曝け出したと同時に自覚してしまった己の感情に、ウィルは淡い苦笑を漏らしたのだった。


◇ ◇ ◇


 ソフィアの手の中には、温もりの宿った黒いタブレットコンピュータがある。ウィルのものだ。

 図書室の近くまで案内してもらい、その時に手渡された。帰りはこれで帰れと、丁寧にも客室までの地図を引き出して、登録までしてくれて。

 それじゃあウィルさんが迷ってしまいますよと言えば、一応ここ自分の家だし十九年間住んでるんだから城内全部覚えてるに決まってんだろ、と何だか優しい苦笑と共に言われて。

 忙しいらしく若干早足で立ち去るウィルを見送ったソフィアは、その場にずるずるとへたり込んだ。

 鏡を見なくても分かる。絶対に顔が赤い。

「……ずるいです……反則です」

 手を握り返すのも、あんな笑顔を向けるのも。

 それを見てしまえば、頬が熱くなって鼓動が高鳴って、どうしたらいいのか分からなくなる。

 この感情の答えは、すでに手が届くところにある。けれど、それに手を伸ばすわけにはいかないのだ。

「……だめです。絶対に……だめです」

 ウィルは、かけがえのない大切な仲間。それ以上を望むなど、決して許されることではないのだから。

 ウィルから借りたタブレットをそっと握り締め、ソフィアは何度も何度も繰り返した。まるで、呪文のように。

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