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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第六章:帰る場所(7)

 早足でずんずんと城内を突き進んでいたソフィアだが、やがてその足取りはゆっくりとなっていった。

「に……逃げてきちゃいました……」

 何故逃げ出したのか自分でもよく分からない。廊下の途中でとうとう足を止めて、ソフィアは小さく息をついた。

「あの人が……ウィルさんの好きだった人……」

 いや、もしかしたらウィルは今でもアデルのことが好きなのかもしれない。半年前の婚約発表からずっと元気がなかったくらいなのだから。

 そう思うと胸が痛くて、何故だか悲しくて、ソフィアは目を閉じた。

 考えないようにしようと思うのに、先ほどのクレムの言葉が頭から離れない。

「……お姫様、みたいでした……」

 アデルの容姿を思い出し、無意識に口に出してしまう。

 お伽話のお姫様みたいに美人で綺麗で、そして気高い雰囲気を持つ人だった。アデレート――高貴――という意味そのままに。

 あんな人をウィルはずっと好きだったのだ。けれどアデルはアレクが好きで、しかも婚約者同士で。ウィルの想いは決して報われることはない。

 複雑な感情が胸の内を巡って、思考の迷路から抜け出せない。

 再び息をついた時、ソフィアの思考を打ち破る声がした。

「……ソフィア?」

 その声を聞きたかったような、聞きたくなかったような複雑な感情に戸惑いながら、ソフィアは顔を上げ、振り向いた。

「……ウィルさん……」


◇ ◇ ◇


「……何してんだ? こんなところで」

 ソフィアの様子がおかしいことに気付きながら、ウィルはソフィアに歩み寄る。

「えっと……あの……」

 ソフィアが気まずそうに視線を逸らした。そんなソフィアの様子を観察していたウィルは、何かに気付いたように微かに目を細め、足を止めた。

「ソフィア」

「は、はいっ!?」

 返事がいやに上擦っている。ウィルは片眉をぴくりと上げたもののそこにはあえて突っ込まないことにした。

「IDカードは持ってるみたいだが……タブレットコンピュータは?」

「……はい?」

 ソフィアは呆けた顔をして、瞬きを繰り返した。そして自分の両手を見下ろす。もちろんそこには何もない。ちなみにソフィアの着ている服には、タブレットが入るようなサイズのポケットはついていない。

 ソフィアがかっと目を見開いた。

「……ありません!」

「見りゃ分かる! ……それで、どこ行くつもりだったんだ」

「と……図書室……?」

「……反対方向だぞ?」

「うう……ま、迷いました……」

 がっくりと肩を落とすソフィアに、ウィルは小さく苦笑した。廊下の各所にある端末でも地図のデータは引き出すことは出来るのだが。

「お前って……機械の操作出来たっけ?」

「……自信ないです~」

 だよな、と呟き止めていた足を動かす。

「……ウィルさん?」

「途中まで案内してやるよ。ついて来い」

「で……でも、ウィルさんお忙しいのに……!」

「いや、ブレーンシステムのメインコンピュータがある部屋に行く途中だったし、途中までは行く方向同じだからな」

「でも……」

 申し訳なさそうな顔をするソフィアにウィルはため息をつき足を止めると、くるりと振り返った。

「お前、この城なめんなよ。兄上なんか小さい時、城内で迷子になって……発見されるまで三日かかったんだぞ」

「ええっ?」

「兄上は……あの通りの方だからな。近くの端末で地図データが引き出せなかった上に変なとこに迷い込んで……あれはひどかった」

 当時の騒動を思い出して遠い目をするウィルに、ソフィアは乾いた笑いを浮かべた。

 思えば、ウィルがエンジニアを志したのは、機械音痴の兄の存在が大きい。せめてこの分野で自分が頑張らなければならないと、幼心に思ったのだ。

「あ、はは……。あの、じゃあお言葉に甘えます……」

 そう言って、ソフィアはウィルに並んで歩き出す。

「そういや……母上とアデルが客室に行ったって聞いたけど……」

 ウィルの言葉に、ソフィアの肩が微かにはねた。

「あ……はい。いらっしゃいました。夕飯を一緒にどうですかって。お妃様が手料理を振舞ってくれるそうです」

「ふーん。……で、その時何があった?」

 ソフィアの動揺を見逃さなかったウィルが尋ねると、ソフィアはあからさまに視線を逸らした。

「な……何もない……ですよ?」

「目、泳いでるし。……お前、本当に嘘つけないよな」

「ううう……」

 それでも口を開こうとしないソフィアの様子に、ウィルは息をついた。

「母上……余計なこと言ったんだろ。俺が、アデルを好きだったとか?」

「ええっ!? だ、だめです! 秘密って言われたんです!」

 クレムの思考や日頃の言動から推測したウィルの言葉に焦って墓穴を掘るソフィア。その様子にウィルは苦笑した。

「……やっぱりか」

「ああ~っ!? い、言っちゃいました……」

「……ったく、母上も何言ってんだか」

「でも……心配してらっしゃいましたよ? 婚約発表から調子が悪そうだったって」

「あの時は……警備やら何やら一任されてたしな。色々忙しかったんだよ。落ち込んでる暇なんてなかったっての。……アデルが兄上を好きなのも、兄上がアデルを好きなのも知ってたし、俺の気持ちは憧れの方が強かったしな」

 そう言って苦笑するウィルを、ソフィアが心配そうに仰ぎ見る。

「今でも……好きですか?」

「恋愛的な意味じゃないなら。幼馴染だしな。……むしろ、兄上と好みが同じだったと思うと微妙だ……」

 うんざりしたようなウィルの言葉に、ソフィアが小さく首を傾げる。

「アレクシス様のこと……嫌いなんですか? そうは見えないですけど……」

「嫌いっつーか、苦手、だな。兄上は機械以外はすごい優秀な人だから。俺があの人に適うのは機械以外にはないし」

 その機械だって、ウィルの代わりになるような人物は国を探せば見つかるだろう。この国の教育機関があれば、育てる事だって出来る。だが、アレクと代わることができる人物はいない。

 多分、兄へのコンプレックスのせいなのだろう。時々、自分がこの王宮にいる意味を見出せず、王族としての勤めをしがらみと感じてしまうのは。かといって全てを捨てることも出来ない。この国への愛着や王族としての誇りが邪魔をするから。

 それは多分、ウィルがソフィアに零した、初めての弱音だった。

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