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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第六章:帰る場所(6)

 そして、ウィルの案内で客室に通された一同のうち、リア・リュカ・ユートの三人は人目のないその場所で遠慮なく大爆笑しだした。

「あははははは! おっかしい~」

「犬猫専用部屋って……はははっ」

「ウィル王子ってばやっさしい~っ!!」

 疲れた息を吐いたウィルは、ふっと顔を上げ冷めた目で三人を見た。完全に据わった目に、三人の笑い声がぴたりと止まる。

「……覚悟が決まった奴から、前に出ろ」

 ウィルもセバスチャンに銃を預けてしまっているため、今は武器を何も持っていない状態だ。けれど、今なら視線だけで人を射殺せるんじゃないかというくらい冷ややかな空気が流れていた。

「……やーん。冗談だよぅ、ウィルちゃん」

「うんうん。その通り、その通り」

「だから、その目やめようか、御大。超怖い」

 ウィルは一瞬だけ目を細めると、再び息を吐いた。冷たい雰囲気がほどけていく感覚に、リア達は安堵の息を吐く。

「こ……怖かったぁ……」

「か、からかいすぎは禁物だな」

 リアとリュカがこそこそとそんな話をしているのは聞こえたが、ウィルは構わずに近くの転送装置を操作し始める。

「……でも、本当に王子様なんだねぇ」

 リアがぐるりと客室を見回して呟いた。棚に置かれた壷を眺めつつ、ティアが頷く。

「装飾は華美ではないが、良いものを使っているな。……趣味がいい」

 この元裏の世界の住人は意外と色々な事に秀でているらしい。今度は鑑定人だ。

「このフロアは全部客室になってる。今のところ、他に利用者はいないが……念のため、この部屋から右に五つ部屋を取っているんだが、それ以外は使わないでくれ。この五つの部屋だったら好きに使ってくれていい。……さっき回収した武器やら何やらはそこにあるから」

 そう言ってウィルが指し示した先には、リュカ達の武器とぽちが仲良く並んでいた。先程までは何もなかったはずだから、ウィルが転送装置を使って、この場に転送させたらしい。リアが慌てて、ぽちを抱き上げる。

「分かったよ!」

 頷くリュカの隣で、リアが勢いよくベッドにダイブした。

「うっわぁ! このベッド、ふっかふかだぁ~。それにすっごい広い~! 二回転半しても落っこちないよ~っ!!」

 ぽちを抱きしめたまま、ベッドの上をローリングしまくるリアを半眼で見やって、ウィルはひらひらと右手を振った。

「あ~、まぁ適当にくつろげや。じゃーな」

「……ウィルさん、行くんですか?」

 アレクシスの執務室を出て以来一言も口を開かなかったソフィアが声をかける。

「ああ。……仕事、凄いことになってるだろうしな」

 ややげんなりした口調で呟けば、ユートが右手をひらひらと振りながら、軽い調子で声援を送る。

「お~、御大ふぁいと~」

「……あ、そうだ。夕飯時には誰かしら迎えが来ると思うけど、もしそれまでに城内を歩き回りたいならそこのIDカード忘れないようにしろよ。鍵代わりにもなるもんだから、首から提げとけ。あと、その側のタブレットコンピューターで城内の地図が引き出せるから、持ち歩いといたほうがいいぞ」

 早口にそうとだけ告げると、ウィルは客室を後にした。


◇ ◇ ◇


「……ウィル、忙しそうだなぁ」

 呆気にとられたようなリュカの呟きにティアがこくりと頷く。

「そのようだな」

「あたし、王様とか王子様って偉そうに椅子に座っていればいいんだと思ってた~。……違うんだね」

 リアはむくりと上半身だけ起こして、ウィルが出て行った扉を見つめしみじみと呟く。

「まぁ、たまにはみんなの前で偉そうに座ってることがお仕事の時もあるだろうけどねぇ。……でも王族がああやってお仕事しないと国が立ち行かなくなっちゃうし」

 部屋に備え付けられたクッキーを齧りつつ、ユートがのほほんと呟いた。

「あ、ユートちゃんずるい! あたしも……」

 その時だ。部屋にぴんぽーんと電子音が響いたのは。

「な、何の音でしょう?」

 首を傾げるソフィアの声に被さるように、女性の声がどこからか響いた。

『お疲れのところをごめんなさい。ちょっとお邪魔してもよろしいかしら?』

 その声は、先程まで聞いていた女性のもので。

「ウィルさんのお母様?」

 どうすればいいのか分からなずおろおろとするソフィアとリュカに苦笑して、クッキーの最後の一欠けを口に放り込んだユートが動き、扉の横のパネルに手を触れると、しゅっと軽い音を立てて扉が開いた。

「中に人がいる場合、外からは勝手に開かないようになってるみたいだね~。誰か来たら、ここ押して開けたげて?」

 振り返ってそう告げるユートに、残りの一同は頷くしかない。

「あら、ウィルってばそのことも説明していかなかったのね。もう……」

 ちょっと怒ったような表情で部屋に入ってきたのはクレムとアデルだ。

「……忙しそうでしたから」

 短くフォローを入れるティアに、クレムはにっこりと微笑んだ。

「それはあの子の自業自得です。……でも、お気遣いありがとう。あの子は本当にいい友達を得たのね」

「私達、今晩のお夕飯のお誘いに参りましたの。お義母様がぜひ手料理を振舞いたいとおっしゃっておりまして……」

 にっこりとアデルが言えば、全員が驚きに目を見開いた。

「お料理……するんですか?」

 呟いてから、今の発言は失礼だったかもしれないと気付いたソフィアだが、クレムは気にした様子もなく笑った。

「ええ。私、先程も言ったとおり庶民の出で……しかも宿屋の娘だったんです。だから料理は結構得意なんですよ。せっかく、ウィルがお友達を連れてきたんだし……それにあの子も調子が戻ったみたいだからお礼にって……」

「お義母様!」

 アデルが少し慌てた声音で制止したが、もう遅い。クレムはほとんど言い切ってしまっていた。さすがのクレムもしまったというような表情をした。

「……調子が戻ったって……元気、なかった、んですか?」

 リアがきょとんとした表情で返せば、クレムが複雑そうな顔をした。

「……そうね。元気がなかったと言えば、そうかしら。……あの子、何も言わなかったけど……初恋の人が自分のお兄さんと婚約したら、それはショックよねぇ」

「「ええっ!?」」

「初恋、というより憧れだったように思いますけど……。私とアレクの婚約は幼い時に決まっていたものですし。……そもそも、ウィルは私がアレクを好きだと知っていましたし……」

「うっわ……不毛……つーか、痛い……」

 ぽつりと呟いたユートの言葉に、室内の気配がずーんと重くなった気がした。

「あ、あの子には私が言っちゃったこと言わないでね! さすがに悪いから」

「それでは、お疲れでしょうし、私達は退散いたしますわ。また後ほど」

 クレムとアデルはそう言って部屋を出て行ってしまう。いたたまれない空気に耐え切れなくなったのかもしれない。まさに嵐のようだった。

「ウィルちゃんが……へー……」

「びっくりした~……本当、だよね? ……たぶん」

「あはは、青春だね~」

「……ソフィア? どうかしたのか?」

 ティアの問いに、呆然としていたソフィアははっと我に返った。

「あ……いえ……その……。ちょ、ちょっと図書室に行ってきます!」

 誤魔化しきれずにそう叫ぶと、ソフィアはIDカードを一つ掴んで、部屋から飛び出した。

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