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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第一章:旅立ちの日に(3)

「エワズ・ラグズ・イサ……」

「阿呆! 意味だ意味! そのまま読んでどうする!」

「あああっ! そうでしたっ。すみません~……えっと、移動する……水、雪解け?」

「わっかんねーよ」

 文才はないらしい。直訳すぎてさっぱりだ。

「しょうがねーなー。そのまま読め。表音からでも解析は可能だからな。ソフト使う」

 ソフィアがゆっくりと紡ぐ言葉を、ウィルはキーボードで打ち込んでいく。

 全てを入力しエンターキーを押すと、短い電子音の後結果が表示された。文面を見たウィルの表情が険しくなる。

「……澱まず流れる水の如く。春に解ける雪の如く。大気を流浪する風の如く。汝が過去、その身に残るなかれ。……これは」

 文面を見れば、これが魔術の呪文だと見当はつく。そして、この内容は。

「あ、これ古代術ですよ。記憶忘却の。指輪に刻まれているって事は、指輪に術の効力が封じられているって事ですね~」

 術をかけられている当人が、何故だか気楽にそう言った。何で無関係の自分がこんなに真剣になっているのかと、ウィルは何だか馬鹿馬鹿しくなった。

「……じゃあ、あんたの記憶がないのは……」

「この指輪のせいです。……ってことは、抜けないのも私が太ったせいじゃないってことですね!」

 ぐっと拳を握るソフィアに論点そこかよ、と思ったが最早突っ込む気力もない。

 ふと、ソフィアが表情を変え、顔を右に向けた。彼女の表情と雰囲気が緊迫感を帯びたのを見て、ウィルが息を呑む。同時に、ソフィアが視線を向けた方向の草むらが、揺れた。

 ウィルもそちらに視線をやり、小さく舌を打つ。

「……魔物かっ!」

 ウィルは素早く立ち上がると、魔物の群れを睨みつけた。ソフィアもやや緊張した面持ちで、立ち上がっている。

 現れた魔物は、合わせて五匹。内訳は鳥型の魔物が二匹に、狼によく似た魔物が二匹。そして巨大な二足歩行の亀としか例えようのない魔物が一匹。

 ウィルは手元のパソコンで、素早く魔物のデータを弾き出した。

「狼型の魔物以外は雷が弱点! いけっ!」

「え? 私ですかっ!?」

「自称でも魔術師なら出来るはずだろっ! 俺は一気に敵を倒すような攻撃手段は持ってねーんだよ! いーから、やれっ!」

「は、はい! それでは!」

 ソフィアが、集中に入った。同時に魔力を持たないウィルにすら分かるほどの激しい魔力の奔流が、ソフィアを中心に練り上げられていくのが分かった。

「……まじかよ」

 不本意ながら感嘆して、思わず呆然と呟いていた。ここは『魔力の溜まり場』だから、魔力が影響を受けて強まっているだろうとは想像がつく。

 だが、これほどのものとなると、ソフィアの元々の魔力が桁外れなのだとしか考えられない。

 人は見かけによらないものだと心底思う。あの、不思議な魔力の発生源が彼女という可能性が再び浮上してきた。

「空駆ける白銀の光、怒れる神々の矛よ! 裁きの雷となりて、降り注げ! サンダーボルト!!」

 五つの光の筋が走り、轟音が森に響く。

 その中でウィルは目を閉じこめかみを押さえ、佇んでいた。額には汗と青筋が浮き、口元は引きつっている。

「……おいコラ」

 やたらとどすの利いた、低くどろどろとしたウィルの声に、ソフィアの肩がびくりと震える。

「ふ、ふぁい……」

 ウィルがかっと目を見開く。

「てめ、俺を殺す気かぁぁぁっ! ざっけんなボケーーッ!」

 ウィルの五メートル程横に生えていた木が根元まで真っ二つに割れ、しかも真っ黒に焦げてぷすぷすと煙を上げている。

 ちなみに魔物五匹のうち、亀と鳥は絶命しているものの、狼は傷を追った様子もなくぴんぴんとしている。そして、狼の魔物の後方の地面が大きく抉れている。

 結論を言えば、こうだ。二発外し、そのうち一発がウィルの真横に落雷。彼が助かったのは、今は無残な姿になっている木が避雷針の役割を果たしたからだ。

 木がなかった場合など、考えたくもない。

「うああああああっ! すみませんごめんなさいーーっ! わざとじゃっわざとではないんですぅぅぅ!」

「ったりめーだ! わざととか言ったら承知しねーぞ、このボケーッ!」

「ああああああっ! 申し訳ないですーーっ!」

 ソフィアが既に半泣きの状態だが、ウィルの知ったことではない。むしろ、こちらが泣きたい気分だ。

 その時、ソフィアの強力な魔術に警戒をして動きを見せなかった魔物が動いた。ウィルは目を細めると、体を魔物たちの方に向けながら、腰のホルスターから銃を抜き、トリガーを二連続で引く。レーザー銃なので、派手な発砲音も反動もなく、銃口から光が二度放たれ狼の眉間を正確に打ち抜いた。

 二匹の魔物の体から、力が抜ける。

「うわ、すごい……。すごいです、ウィルさん!」

「そりゃどーも。……戦闘は苦手なんだがな」

 ウィルは小さく安堵の息をつき、ホルスターに銃を戻した。そして、ちらりとソフィアを見た。

「さて……どーすっかなー」

「はい?」

「あんたの記憶喪失は、魔術によるものなんだろう? 医者に行っても、意味がない。アンセルでも無理だな」

 そして、この国は機械に特化した国。逆を言えば、魔術の研究に関しては後進的な国だ。この国では指輪の解呪は難しい。

 しかもこの指輪に封じられているのは、クラフトシェイドですら全容は明かされていないといわれている古代術なのだ。

 クラフトシェイドに行ってさえ、解決するかどうかはきっと難しい。

「あ、ウィルさんはガジェストールの……アンセルにお住まい、ですよね?」

「……まあ、そうだな」

「じゃあ……これでお別れ、ですね。あの……ありがとうございました」

 そう言って微笑むソフィアの顔には不安の色がありありと見えた。

 アンセルまでは送るけど、と言いかけた言葉を飲み込みウィルは押し黙る。

 この現状に不安にならないほうがおかしいだろうと思い、今までどこか呑気そうだったのも不安を押し殺すためかもしれないと、思い至った。

 王都に――城に戻れば、公務が待っている。しがらみから開放されたいと思ってはいるけれども、それは一時的なもので、本気で厭っているわけではない。

 ……けれど。

 ウィルは今日何度目か分からないため息をつき、頭を掻いた。

「……当てはあるか?」

「……はい?」

「指輪の解除方法、当てはあるのか? 今のままでいる気はないんだろう?」

「も、もちろんです! えと……古代術を使っているので、解呪にも古代術を用いないと難しいと思います。ただ、現在発見されている古代術に該当する術があるかどうか……」

「それは調べてみないと分からねーけど。同時進行で、未調査の遺跡……特に魔跡を調べたほうがいいだろうな」

「そうです、けど……。あの、ウィルさん?」

 ウィルはその問いに応えずにソフィアに背を向け、バイクの方に歩き出す。

「ソフィア、行くぞ! ぼけっとしてんな!」

 背を向けていても、彼女の表情が輝いたのが、その明るい声から分かった。

「はい!」

 ソフィアが駆け寄ってくる気配を感じながら。やっぱり面倒事になったと心の隅で思って、ウィルは小さく苦笑を浮かべたのだった。

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