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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第四章:心もよう(3)

 会場に入ってすぐに、ウィルは周囲を見回した。会場は伯爵の屋敷の大広間だ。庭園に面したところにあるその広間は、ウィルたちが入ってきた扉のある壁以外の三方は外に面している造りになっている。そして、広間の中央にガラスケースが置かれ、そこに赤い宝石が輝いていた。

「ブラッディローズ。……本物っぽいな」

「あの宝石……変な魔力を感じます」

「……だろうな。封印されてるような気配は?」

 ウィルの問いにソフィアは無言で首を横に振る。ウィルは内心舌打ちをした。フェスタ伯爵はブラッディローズの危険性を分かっていなかったらしい。

 あとは、魔物が来ない事を祈るのみだ。魔術師であるソフィアや召喚士のリアならば武器が無くても戦えるが、別の意味で不安が残る。

「そういや、リアは?」

「先に部屋を出て行っちゃったんです。ごちそう~って叫びながら」

 よくよく見れば、満面の笑みで海老の料理を頬張っているリアの姿があった。いつもよりフリル度の増したピンクのドレスを着ており、こんな場面でも手放さないぽちの首にも同じ色のリボンが巻かれていた。

「……あいつ、かんっぺきに仕事のこと忘れてやがるっ」

「あはは……。満喫してらっしゃいますね~」

 その時、広間の扉が開いた。このパーティーの主催者で依頼人のフェスタ伯爵である。三十代後半の男性が広間に入り、その後に二つの影が付き従う。

 あまりに特徴的なその二人に、ウィルは思わず息を呑んだ。

 詩人ではないが、太陽と月のような二人だと思った。

 一人は女性だ。すらりとした美女で、ヒールを履いていることを差し引いても背が高い。恐らく身長は百七十センチ前後はあるだろう。バランスの取れた身体には、ぴたりと合ったロングスリットの入った青いドレスを纏っている。色素の薄い輝くような銀髪は肩よりも短く、ドレスの青によく映えている。

 しかし、彼女の中で一番印象に残るのはその赤い瞳だ。その瞳は整った容姿の中で異質な輝きを放ち、彼女をただの美女には納まらせない。

 ふと何かがウィルの記憶に触れた。だが、思考がまとまる前にソフィアの声で霧散する。

「……凄い美人さんですー……」

 ウィルはそれには応えず、もう一人の人物に目をやった。

 もう一人は、男性。というより少年と言ったほうが正しいだろう。ソフィアと同じ年頃のように見える。明るい金髪に、澄んだ碧い瞳。一言で表すなら、白馬の王子様タイプの整った顔立ちをしている。

 ただ、残念なことに背が低い。目測でもソフィアと同じくらいか、もしかしたらもっと低いかもしれない。長身の女性の隣にいるため、余計小さく見える。

 少年が着ているものはウィルが着ているのと同じ型のタキシードなのだが、若干タキシードに着せられているように見えるのは仕方がないのだろう。

 立ち位置から見て、二人は伯爵の護衛のようだ。

 子供に護衛などと言う大役を任せるかどうかなんて、この世界では愚問だろう。実力が左右する世界だ。

「皆様方。今宵はわたくしのパーティーに……」

 フェスタ伯爵の長く意味の薄い口上のあと、パーティーは穏やかに始まった。

 個人の主催にしてはなかなかの賑わいである。やはり幻の宝石が珍しいのだろう。ガラスケースの周りに人だかりが出来ていた。

 ウィルはぐるりと会場を見回して息をつく。伯爵とその護衛二名。招待客と料理を食べ続けるリアと、所在なさそうな同僚たちと。今のところ、目に見える異常はない。

 その時、隣に立っていたソフィアが小さく息を呑み、顔を上げた。

 ソフィアがそのような行動をとる時に起こることなど、最早決まっている。

 瞬間。広間の窓ガラスが一斉に割れた。

 高い破裂音に、賑わっていた広間を一瞬の静寂が包み、次いで甲高い女性の悲鳴が響き渡る。

 低い咆哮とともに割れた窓ガラスの向こうから、狼型の魔物が一匹侵入してきた。魔物は手近な人間に襲いかかろうと、床を蹴る。ウィルはガラスが割れると同時に取り出していた小型の銃を構えると、引き金を引いた。

 破裂音と火薬の臭いと共に、魔物が床に転がる。しかし、魔物はよろめきながらも起き上がり、再び床を蹴った。

 ウィルは小さく舌打ちをした。やはり、威力が弱い。隠し持てるサイズでは一番威力のあるものを選んだのだが、それでもこの結果だ。

 確実に倒すには急所に命中させなければ難しいだろうが、この会場は今、混乱の渦のなかにある。この状況で、果たして可能だろうか。

「見えざる盾、悪意を阻む力よ! 堅固たる壁となり、我らを守りたまえ! バリア!!」

 ソフィアの術が発動し、客人たちを魔力で織り成された壁が覆う。ウィルが攻撃した魔物と新たに進入してきた魔物が勢いよくその壁に激突し、弾かれた。

「よしっ! よくやった!」

 壁に当たった魔物たちが床に倒れ伏してぴくぴくと痙攣しているあたり、無駄に強力なような気もするが、まあいい。少なくとも、弱くて破られやすい防御魔術よりは。

「――……出でよ、エンリル!!」

 リアが口にしたそれは、風の聖霊の名前だ。

「えっとー、魔物を吹っ飛ばしてー!!」

 少しは学習しているらしい。今までよりも少しだけ細かい命令どおり、緑色の衣を纏った少年の姿のエンリルは手にしていた扇を一閃する。すると凄烈な風が駆け抜け、魔物数匹をまとめて窓の外に吹き飛ばした。

 今のところ、ソフィアもリアもウィルが懸念していたような被害は出していない。上出来である。

 そういえばリアは、聖霊召喚よりも簡単なはずの精霊召喚を使わないのはどうしてだろうか。

 ウィルは目の前に飛び掛ってきた鳥型の魔物の眉間に銃弾を打ち込みつつ、ふとそんな疑問が一瞬だけ掠めた。

 さらに、二匹三匹と確実に急所を狙い打ち落としていくウィルの耳に、しゃらりと戦闘の場にそぐわない音が届いて。

 反射的にそちらに目を向けたウィルは、驚愕に目を見開いた。

「――ソフィア!?」

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