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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第一章:旅立ちの日に(1)

 薄暗い森の中を、周りの景色を背中に押し流す勢いで一台のエアーバイクが駆け抜けていく。

 うっそうと茂る木々の間を抜けて行くにはかなりの運転技術と神経を要するはずなのだが、乗り手の青年がそれらの困難に苦労しているような様子はない。

 勝手知った様子でエアーバイクを操り、風を切るような勢いで森の奥へと進んでいる。何の準備もなく入るには危険な森なのだが、それを気にしている様子もなさそうだ。

 しばらく走った後、青年はゆっくりとバイクを止める。

 バイクが地面に降りるのを待って風除けの為のゴーグルを外すと、薄暗い森の中でもそうと分かるほどの光沢を持った銀髪がさらりと風に揺れる。

 彼は小さく息をつくと、顔を上げる。人にきつめの印象を与える少々吊り上った翠色の瞳が、周囲を見回した。

 機械国と名高いこの国は防犯システムも機械に頼るところが大きい。街中などにはいたるところに監視カメラや防犯カメラが設置され、二十四時間体勢で稼動している。

 だがそれも人がいる場所での話だ。普段、人が侵入しないような森の奥深くに防犯システムなど設置されるわけがない。

 見張られているという感覚の代償として約束されていた絶対的な安心感は、今この場所には存在しない。周囲への警戒を怠ることは出来なかった。

 とりあえず今のところ周囲に魔物らしき気配はない。

 安全の確認を行った青年は、軽くバイクに寄りかかると背負っていたデイパックの中から手のひらサイズのボードを取り出した。緑色の半透明の画面に銀色の枠で囲まれているそれは、何らかの機械らしい。

 親指で枠の端についたボタンをスライドさせると、小さな電子音と共に板に仄かな光が灯った。青年の操作に合わせて、画面の表示が変化する。やがて、この周囲の地図らしきものと、その地図上に黄色い四角と赤い三角が表示された。

「……だいぶ近付いたか」

 ぽつりと呟いた青年は、画面を見つめたまま寄りかかっていた体を起こす。画面の表示を切り替えると、さらに拡大された地図が映し出された。

「あと、南に……三十メートル」

 青年が歩き出すと、それに合わせて画面の黄色い四角も、赤い三角に向けて動き出した。

 どうやら黄色い四角は彼自身を示すらしい。

 彼がこの森の奥に入ったのは、息抜きもあったがこの赤い三角の地点を調べるためだ。

 三十分程前に、この地点で不可思議な魔力の流れが観測されたからだ。

 別に魔力が観測されること自体は不思議ではない。魔術の恩恵には乏しいこの国でも『魔力の吹き溜まり』と呼ばれる魔力が宿る場所が皆無というわけではないし、魔術師が全くいないわけでもない。この場所だって『魔力の吹き溜まり』だ。常日頃安定した魔力が観測されている場所なのだ。

 だが、先程この場所で発生した魔力は異常としかいいようがなかった。一瞬ではあったが計器が振り切れたのを、計器のチェック中だった彼はこの目で見たのだ。それを見た瞬間、いても立ってもいられずにこの不思議な現象の原因を突き止めるべく、誰にも言わずに飛び出してきたのである。

 それに、たとえ僅かな時間でもしがらみから開放されたかったという気持ちもないわけではなかった。

 青年の足が止まる。画面上の黄色い四角と赤い三角が重なったのだ。彼は警戒をしたまま、周囲を見回した。そして、視線がある一点で止まる。

 それは、彼の右斜め前方にいた。

「……何だ?」

 思わず呟いてしまったのは、驚きのせいだ。

 魔力の観測地点と思われる場所。そこに少女が一人、倒れていた。薄暗い森の中、その場だけ日が射して明るいのはその周囲に樹木が無く、開けているからだ。

 強い魔力のせいか大きな樹木が育たないのは『魔力の吹き溜まり』の特徴でもある。

 人が入らない森の奥に倒れている少女という、予想外の展開に青年はしばし躊躇した後、ゆっくりと歩き出した。

「行き倒れ? ……いやまさか」

 そんな馬鹿なことがあるかと思いつつも放って置くわけにもいかず、警戒は解かないまま少女に近付いた。

 一瞬だけ魔物が少女に擬態している可能性が頭を過ぎる。しかし、この国にその手の魔物は生息していなかったはずだとすぐさま脳内で否定した。

「おい」

 少女の傍らに膝を付きつつ声をかけると、少女の指がぴくりと反応したのが見えた。生きてはいるようだと安堵の息を吐きつつ、念のために首筋に触れる。

 力強い脈拍を感じた。見たところ外傷を負っているような様子も無い。気を失っているだけのようだ。

「……おい、しっかりしろ」

 肩を軽く叩くと、少女の睫毛が微かに震えた。瞼が重たげに開き、焦点の合わない薄紫の瞳が周囲を彷徨う。

 しかし、しばらくして意識がはっきりとしてきたのだろう、少女の瞳が青年を認め、止まった。

「……わたし」

 まだどこかぼんやりとした声音の少女が、口を開く。

「……大丈夫か? 起きられそうか?」

 青年が問うと、少女はゆっくりと頷き、体を起こした。まだ力が入らないらしい少女の様子に、背に手を沿えて手伝ってやると、ありがとうございますと少女が微笑む。

「……あの、あなた……誰ですか?」

 その問いに青年は、一瞬だけ目を見開いた。

「ウィリアム。……ウィル、だけど……。あんた、俺を知らないのか?」

 ウィルの問いに少女はこくりと頷く。

「はい。……あの、どこかでお会いしたことがありましたか?」

「……いや」

 ウィルは言葉を濁して考え込む。

 これで、彼女がこの国――機械王国・ガジェストール――の民でないことは確定したといってもいいかもしれない。

 何故なら、この国で彼の顔を知らないものはほとんどいないだろうからだ。

 機械化・情報化が他国よりも進んでいるこの国では、この国を統治している王族一家の簡単なプロフィールと写真がウェブページに公開されており、誰でも簡単に見ることが可能だ。さらに言えば、この国は教育制度がきちんと確立しており、統治者一族の名前と顔くらいは初等教育の教育内容だったりするのだ。

 そんな中で、この国の第二王子であるウィル――ウィリアム=オルコット=ラディスラス=ガジェスト――を知らないということは、なかなか起こりえないことだろう。

 第一王子であり後継者である兄よりは認知度は低いかもしれないが、 ウィルだって何度も公の場に姿を現しているしその様子がテレビで放映されていたりもする。

 初等教育を受ける前の子供だってウィルの顔を見て「どこかで見たことある」といような発言をする程度には、顔を知られているのだ。

 そのおかげで、人目のつかない場所でないとおちおち気を抜くことも出来ないわけではあるのだが。

 ともかく、ウィルを知らないということはこの国の情報に触れられない者、つまり他国の者である可能性が高くなる。

「……そういうあんたは、誰だ?」

「私ですか? 私、は…………」

 そこで少女は完全に覚醒したようだった。きょとんとして瞬きを数度くりかえし、それから自分の手のひらを見つめ、首を傾げる。薄茶の肩を越える長い髪が、動きに合わせてさらりと流れた。

「私は誰なのかご存知ですか?」

「知るかっ! 俺が聞いてんだろーがっ! ……って」

 反射的に怒鳴り返した後、少女の言葉の意味を理解する。

「えええええーっ!?」

 ウィルの声が森に響きわたった。

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