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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第二章:めぐり合う世界(4)

「な、なになにっ!? 何が起こったのっ?」

「俺に訊くなっ! 知るわけねーだろっ!」

「あ、あそこですっ!」

 ソフィアが指差した先に、人だかりがあった。人のざわめきと、濁流の轟音が聞こえる。

「水の音……川!? ……まさか」

 ただ事ならぬ空気に、ウィルが顔色を変えて呟いた。嫌な予感がする。

 そして到着したウィルたちは、その場の状況に息を呑んだ。

 目の前を流れる川は土の色に濁り、激しい勢いで下流へと流れている。その川の真ん中にかろうじて中洲が残っているのだが、そこに五、六歳の少女が一人、泣いている。

 嫌な予感は当たってしまった。

 昨晩降った雨のせいで、川の水が一気に増水し、中洲で遊んでいた少女が取り残されてしまったのだろう。

 川岸では半狂乱に泣き叫ぶ女性が、村人に両腕を掴まれ押さえ込まれている。女性はそれを振りほどこうと必死にもがいていた。その勢いは大の男でも吹き飛ばされそうなほど凄まじい。少女の母親で、先ほどの悲鳴の主なのだと知れた。

 顔色の青ざめたソフィアが、ぐっと両手で杖を握り締める。

「た、大変です! 私……私が、魔術で!」

「ちょっと待てノーコン」

 意気込むソフィアの頭をウィルがわしっと掴んだ。

「参考までに訊くが、どうする気だ?」

「川の水を凍らせますっ! 水の流れを止めてしまえば……!」

「子供も一緒に凍らせるのがオチだ!!」

 ソフィアがうう、と呻いた。反論できないらしい。

「え、えーと。じゃあ、風の魔術と重力の魔術の併用で、あの子をここに……!」

「あの子を墜落死させる気か!?」

「うう、ウィルさんひどいですっ!」

 ソフィアが半泣きになっているが知ったことではない。旅を始めてから一週間もたっていないのに、ウィルは既に何度も死に掛けている。

「ひどくない。感電死に圧死に凍死に焼死しかけた身としては当然の意見だ」

「ううううう……」

「それに、だ……」

 そこでウィルは言葉を切って表情を改め、真剣な顔つきになった。

「もし上手く川の水を凍らせても、川ってのは絶えず水が流れているんだぞ? それこそ、上流まで一気に凍らせないと氷が決壊して、被害がでかくなるんじゃないか?」

「……あ」

 流れの妨げにならないような薄い氷では、水の勢いに負けてしまい意味がない。かといって氷を厚くすれば、川の水を塞き止めてしまうことになる。しかし、それも長くはもたないだろう。氷のダムが壊れれば水は一気に決壊し、被害は甚大なものになる。

 そして、いくらソフィアの魔力が桁違いとはいえ、川の上流まで凍らせるほどの魔力など、とてもではないが人の身に扱えるとは思えない。扱えたところで、そんな強力な冷気にあの少女が耐えられないだろう。

「他の魔術にしたって、お前がコントロールできないのは確かだろう? ……運に頼ってる場合じゃない。チャンスは一度しかないんだ。確実に助けねーと……」

 言い方はきついかもしれない。だが、それが純然たる事実だった。ソフィアがこくんと頷く。

「……そう、ですね。確かな方法で助けないと……!」

「あ、じゃあ、あたしやるーっ!」

 ウィルの横でだまりこんでいた少女が、いきなり場違いなほど元気良く言って、手を上げた。

「はぁ!?」

 眉をしかめるウィルの顔にびっと人差し指を突きつけて、ぬいぐるみを片手で抱いたリアは不敵に笑った。

「見てなさいよ、ウィルちゃん。あたしの凄さ、見せてあげる!」

 そのまま、右手を前に突き出し、リアは半ば目を伏せてすうっと息を吸う。

「……天翔ける翼持つ者よ、大いなる天空の覇者よ。我が呼び声に応えて、ここに来たれ。我、召喚士の名に於いて命ず……!」

 リアの足元に魔法陣が広がる。それを見たソフィアが息を呑んだ。

「これ、召喚術です! しかも精霊召喚よりも高位の魔獣召喚!」

 ソフィアの言葉に、ウィルも驚きを隠せない。

 召喚士の人口は、魔術師のそれよりも極端に少ない。召喚術の行使には精霊や聖霊・魔獣・幻獣との契約が不可欠であり、魔術よりもその習得が難しいからである。ウィル自身も召喚術に関しては本当に知識として知っているだけで、実物を目にするのは初めてだ。

「出でよ、飛竜っ!」

 リアの声と同時に空間が歪み、灰色の体に大きな翼を持つ竜が現れた。

 何もないところにいきなり竜が現れるという事態に、半狂乱だった女性の動きがぴたりと止まる。村人達の注目を集める中、リアは竜の背によじ登った。

「お願い、飛竜ちゃん。あたしをあの子のとこに連れてって!」

 召喚者の命令に応じるように竜は一声鳴くと、翼をはためかせた。あまりの風圧に、ウィルはとっさに腕で顔を庇う。

 竜はリアの命令通りに、中洲まで飛んだ。リアは竜の背から飛び降り、少女に声をかけて竜の背に引き上げる。少女は怯えた顔をしながらも竜の背にしがみつき――竜は再び大空を舞った。

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