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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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プロローグ:ハジマリノウタ

 低い、男性の声が告げる。

「あなたは、我らが守るべき掟を破った。それも遵守されるべき一番大切な掟を。……その刑罰としてあなたの記憶と我らの象徴の剥奪。そして、この地からの追放を命じます」

 それは、基本的に死刑のないこの国において最も厳しい処罰だ。記憶と力の象徴の剥奪は、その者の存在を否定されることと等しい。

 しかし、命じられた当人は自らに下されるであろう刑罰を予期していたようで、告げられた内容にも動じることなく静かに頷いただけだった。

 そう、分かっていた。変わることのないこの地で、自分の行いは許されるものではないのだと。己の考え方も行動もこの地においては異端でしかないのだということも。

 ……分かっていたけれど、それでも。

「……しかし、私には理解しかねます。あなたもこの地の住人、分かっていたはずです。この掟を破ればどうなるのか。あなたの行為は、我らが主への冒涜に次ぐ重罪です。それを……あなたほどの人が。……何故、このようなことを……?」

 その男性の疑問ももっともかもしれない。掟はどれも遵守されるべきものだが、今回罪人が破ったものは数ある掟の中でも、特に重要視されているものだ。

 理解に苦しむのも無理はないと思う。

 この場所に来て以来、一度も声を上げることがなかった罪人がゆっくりと口を開いた。

「私には……あの声に背くことが出来なかった。結果、掟に背くことになったとしても、重罰が下されるとしても。……出来ることをしたかったんです。それだけ、ですよ」

 迷いのない凛とした少女の声音。恐怖も不安も見えないしっかりとした声が狭い室内に響いた。これから厳しい刑罰が下される身とは思えないほどの落ち着いた穏やかな声だ。

 自分の行いを後悔していないだろうということが、その声と態度からありありと伝わってくる。

 男性が小さく顔をしかめた。その表情が分からないと訴えている。

 それはそうだろう。この地では、主と掟が全てであり、それに反した彼女は異端なのだ。決して理解されることはない。

 だからこそ、彼女に厳しい処罰が科せられたのだから。

 彼女の考え方や行いが理解されることは永久にないだろう。そして、この地に戻ることも。

 分かっている。全て、覚悟の上だ。

 彼女は迷いのない瞳を男性――この刑の執行人――に向けた。

「私の覚悟は出来ています。さあ、執行を」

 処罰を受ける当人に刑を促された執行人は、気まずそうに眉を寄せた後、懐から小さな箱を取り出した。

 中から取り出したのは、銀に輝く大きな指輪。決してロマンチックな代物ではない。特殊な金属で作られたこれは罪の証となるものだ。

「右手を」

 短く命じられた彼女は抗うこともなく、右手を差し出した。その細い中指に指輪が通されるが、かなり大きめに作られている為、彼女の指には全く合わず今にも滑り落ちそうだ。

 光を受けて鈍く輝く指輪には、外側と内側の両方に小さく文字が刻まれている。

 執行人は小さく息を吸うと、短く命じた。

『我、執行者の権をもって命ず。指輪に封じられた効力よ、速やかに発動せよ』

 ぱしっという静電気が走ったような音が室内に響くと同時に彼女の体がびくりと撥ね、体から力が抜けた。

 倒れた彼女の右手には、先程まで緩かったはずの指輪が、彼女の為にあつらえたかのようにぴたりと納まっていた。

 床に崩れた彼女には目もくれず、執行人は次の術の詠唱をすべく、短く息を吸う。

『我、執行者の権をもって命ず。この者をこの地より退去させよ、速やかに』

 倒れた体の真下に、光の魔法陣が発動した。魔法陣の淡く白い光が彼女を包み込み、弾ける。

 瞬間、光が室内を満たし、消える。

 そこに彼女の姿はなかった。

 執行者は、安堵の吐息を吐いた。短い呪文に反して、今の二つの術はとても高度な術なのだ。この地でも使える者は限られている。

 そんな術を立て続けに発動して疲労しないほうがおかしい。正直に言えば、成功する自信もなかったくらいだ。

「……終了、ですね」

 ポツリと呟いてから、苦笑を漏らした。報告書の提出が残っているから、完全に終わったとは言い切れないだろう。

 執行人は残っている雑務を片付ける為に踵を返しかけ、ふと足を止めた。

 先程まで罪人がいた場所をじっと見つめる。

 彼女の穏やかな表情や声を思い返し、どうしてそんな態度でいられたのかその答えを探すかのように、今は何もない床を見つめる。

 当然、答えなど落ちているはずもない。

 彼の中に答えの出ない疑問だけが残った。

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