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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十二話 「輝け スターシステム : vs. SURUGA Mikado」
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アバンタイトル


   アバンタイトル


 彼女は一時の成功に自惚れて、一生に一度の青春を無為に過ごしてしまったと後悔している。

 きっかけは小学校の学芸会だった。

 彼女のクラスの出し物は演劇だ。クラスメイトのだれもが恥ずかしがっていたとき、弱気な彼女は断り切れずに成り行きで主役への白羽の矢を受ける。

 はじめはものすごく嫌だった。

 帰り道、いまからでも先生に他の子に役を代えさせて貰おうかと何度も立ち止まった。泣きそうにもなった。そんな勇気もなく彼女が母に結論だけを伝えると、母は娘の悩みを学校に陳情するどころか喜んで娘の背を叩いた。彼女は逃げ場はない、と諦めた。

 諦めてからはスムーズだったかもしれない。

 年の割には物覚えはよく、台詞も身振りもすぐ身につけた。

 それを褒められると嬉しくなり、役に没頭するほど、嫌な自分から飛び立てた気分になった。

 これが天職。歩むべき道だとすら思った。

 だから中学・高校は演劇部がある学校を選び、大学へ進学してからも学業よりも演劇の世界へ浸っていた。それは虚しさの裏返しであった。

 なにもない自分から逃げるために被った仮面の効果も、幕が上がった舞台の上だけの時間に限られる。ひとたび幕が下ろされれば、否応なく仮面は剥がされる。穴を埋めるための仮面が大きければ大きいほど、その杭が抜けた後はより大きな穴となるのである。

 さらにタイムリミットもあった。

 役者としての芽も出ず、売れない小劇団だけではふつうのアルバイトよりも稼ぎがない。

 頃合いだろう。

 すっぱり役者は引退する。

 そう言い聞かせた大学三年生。就職先を考えなければならなかったころ、ふと目に付いたのは学務課での国家情報調査庁の職員募集のポスターだった。国情庁といえば国内犯罪の抑止を目的とする諜報機関である。映画で得たイメージしかないが、彼女の中での国情庁は、秘密アイテムを使って犯罪組織に潜入・工作し、情報を収集するスパイである。スパイならば、中身が空っぽな自分には打って付けではないか――。そんな軽い思いで、彼女はそのポスターにあったEメールに履歴書を送信したのだった。

 連絡はすぐあった。

 緊張した面持ちで面接に向かった彼女だったが、内容は拍子抜けするほど簡単だ。小さい頃、どんな友人と仲がよかったかとか、どうして仲良くなったとか。あるいは嫌いなクラスメートや先生、その原因。時には極めてプライベートに突っ込んだ質問もあって、盗みを働いたことはあるか、生物を殺したことがあるか、バージンかとも聞かれた。ただ難しい質問ではないから(九桁の三乗根を答えろとかいう類いではないから)、彼女は返答に困ることはなかった。

 そういうのを、実に一年間繰り返した。一年間である。四年生になり、周囲の学生は就職先を決めているのに、これで落ちたら無職である。後悔をしつつ、でも後悔は慣れていた。だから、採用の連絡を受けても、正直嬉しくもなかった。

 幸福を感じる力を失いかけていることに気づいた瞬間でもあった。

 採用後の初任地は、意外なことに軍部である。

「――うーむ、身体能力は平凡だが、精神面に至っては特筆すべき耐久力と瞬発力を持ち合わせているな」面接対応した当基地の将校は、その細目でじろじろと彼女をみた。「いったいどんな人生を送れば、これほどの能力を手に入れらるのやら。いや、失敬。これは賛辞である」

「はあ……」彼女は素っ気なく応じる。

 軍部と軍人の応対について、学習している彼女だったが、いかが接すれば戸惑いはあった。自分は募兵に応募したのだろうか、と首を傾げる。

「貴官は我らが五軍から抜擢された正真正銘の精鋭である。誇りに思うがよい」

 ぽん、と肩を叩かれる。

 いやわたし国情庁職員ですが、とはさすがに口にしなかった。

「反応が薄いの。まあよい。貴官にはある監視対象の警護・監視の任についてもらいたい。常に対象の側に離れず、自然に接近し、周囲にもそれが当然であるように溶け込むのだ。対象は特殊な環境下にあるのでな。諜報員は実に限られるのだよ」

「大佐殿。その特殊な環境とは」

「中学校だ」

「中学生ですが」

 将校がにやりとした。

「報告通り、頭の切れる」

 ただのツッコミに彼は満足する(実は返答に時間を要したり、焦ったりするのは諜報員として失格で、彼の評価の着眼点はそちらだった)。

「わたしは童顔ですが、成人です。さすがに中学生にはみえません」

「その点は問題ない。相応に見繕って貰う。ああ、安心したまえ。整形の類いではない。若返りの魔法と思って貰う方が正しいくらいだ。質問は」

「不安でいっぱいです」

 はやり彼は、にぃと悪そうに笑う。どうやら悪の片棒を担ぐようだ、と思った。

「通常の任務はむろんだが、これは国家を存亡にかかる。誓約も多い」将校はタブレットを渡す。

 受け取った彼女が何度もタップを繰り返しても、誓約書の終わりが見えてこない。無限とも思える書類の枚数だった。

 読むのも諦め、一つだけの質問で、その任を受けるか否かを決めることにした。

「大佐殿、任務内容にかかる質問をよろしいでしょうか」

「構わん」

「その監視対象は、女の子ですか」

「そうだが」

 なるほど。つぎの舞台の演目は『潜入先は中学校!?』。役柄は『監視対象とお友達!』といったところだろう。

「なお、若返りの魔法の効果は一生である。術後、ひとたび中学生の容姿を得た後は、自然老化する以外、もとの姿に戻りはせん」

「願ったり叶ったりですね。肌を気にするほどの歳ではまだありませんが」

「ならば誓え」

「我が国の平和と独立のために」

「我が国の平和と独立のために――」

 こうして、彼女は中学生に若返り――ご丁寧に胸も萎んでいた――同時に監視対象に最適な仮面を被って舞台にあがった。選んだ仮面は、人なつっこくて、ちょっとだけ人見知りな女の子。対象の面倒見のよさに付け込んだ仮面だった。

 学級担当の教諭に促され、彼女は壇上に立つ。

 先生が黒板に彼女の〝役名〟を書き、挨拶を促した。

「はじめまして。みなさんと同じクラスに転校になりました、上須加姫子うえすかひめこです」ちょっとだけ俯き、視線だけをあげて、はじらう転校生を装った。自分からは話しかけず、引っ込み思案を装い、さりげなく対象の前で、不慣れな転校生を演じる。

 被った仮面は完璧だった。

 だから、対象はすぐに話しかけてきた。

「ねえ、あんたまだクラスになじめないの。ウチ、天宮。天宮はごろも。なんつって」監視対象は、ピンと外に跳ねるくせっ毛がチャームポイントのふつうの女の子だった。

 なぜ天宮羽衣が軍部から監視されているのはわからない。

 わからなくてもよいと思っている。

 だって、この生活が気に入っているから。

 無駄でしかなかった演劇に青春のすべてを賭け、失った時間と感情を取り戻せているのだから。

『嬉しい』や『幸せ』という感覚を、〝役ではない本物〟で味わった。

 これは、一生をかけても返しきれない恩である。

 一回りも歳の離れた天宮羽衣あまみやういに、彼女は純粋な敬意の念を抱いていた――。

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