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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十一話 「魔法使い 対 魔法使い: vs. Valkyrie Ori」
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chapter 8


   8


 走るジュリエットの脳裏では、様々な悲劇が繰り広げられていた。

 お人好しかもしれない。

 けれど、いまの彼女は自分の境遇を横に置き、コーディリアの身を案じていた。彼女が銀河舞踏会に参じる理由を知っていればとうぜんかもしれない。なにせ、彼女は悪夢の王女なのだから。

 自らの手で母を失い、

 父に見放され、

 それでも愛を信じ、彼女は今宵も銀河舞踏に夢をみる。

「ぼくの身一つで幸せになれるならいくらでも差し出すが……。コーディリア、君は人を信じすぎだ。人は、そんなに美しくない――」

 ジュリエットはだれにでもなく、頭の中の靄を吐き出すように呟いた。

 地面を強く蹴る。

 三メートルほど跳躍して、基地を囲う塀を跳び越える。

 急いではいたが、律儀に詰め所の窓口から兵士に顔を見せる。いつもなら正当な手順を無視するジュリエットに小言の一つ二つを用意している彼らだったが……、

「いない……」

 いつもの嫌そうな顔がなかった。

 窓口からだけでなく、詰め所に突入して部屋を捜索しても、人の姿は見えなかった。

 明かりもついていない。

「まだ夕方なのに……」

 そういう問題でも無かったが、不可解ではある。

 そのとき――、甲高い金属音が背後から彼女を呼んだ。

 金属のステッキで、石畳を突く音だった。

 そう、ステッキである。持ち手の部分がきれいなUの字に曲がった、黒い光沢のあるステッキ。しかし所持するのは老紳士ではなく、フリルとレースを豪奢にあしらった漆黒のドレスを着こなす十歳前後の幼い少女だった。

「やっと振り向いてくれましたのね、灰炎のジュリエット」少女の声は少々頭に響いた。年頃の少女特有の甲高さがあって、さらに圧力を感じる喋り方だ。苦労を知らず、わがままに育ったお嬢様然としている。

「軍事基地に豪奢な洋服の女の子。怪しい奴め」

「それ完全にブーメランでしてよ」

「何者だか知らないけど、これはきみのしわさかな」

「お邪魔な男達は安全な場所で眠っていただきましたの。これからわたくしたちの、死闘が始まるのですから」

 のんきなジュリエットですら、背筋に冷たい汗が流れた。

 初見から感じていた違和感の正体に気づいたからだ。

「あらやだ。わたくしたちの死闘ですって。間違えました。貴女だけ必死に地を這う一人だけの死闘でしたわね」そう言って、少女は小指を立てた右手を頬に添えて、「おーほっほっほ」と典型的な高笑いをみせた。

 なのに……、

「口が動いていない。君は――」

「あいにくと皮膚は熱硬化樹脂、骨格には強化炭素繊維を使用した、ごくごく普通の高級人形でしてよ」彼女は足を一歩引いて頭を下げた。

 ぱっと詰め所の明かりが付いて、彼女の真の姿をよく照らす。

 少女は見事な縦ロールを上下に揺らし、幼げな顔立ちに上品に微笑んでいる。が、その顔から感情が読み取れないのは、彼女が人形であり、表情と心が一致していないためである。

 彼女は人形の躰で、それでも声が聞こえるのは錯覚だ。空気の疎密波による音声ではなく、おそらくミュセドーラス=アマダイン・モードを介して、ジュリエットの言語エンジンに働きかけているのである。だから認識している相手にしか声を届けられず、ジュリエットをステッキで振り向かせたのだろう。

 つまり、超通信現象を駆使した――、

「ワルキューレ様、か……」ジュリエットは一歩後ずさる。

「正しくは、わたくしは彼女の意識領域にパーティションした一部にブートした人格。自覚的な多重人格とお考え下さいませ。名はおりと申します」

「織ちゃんの用件は」

「あなたがこれからなさろうとすることの、阻止」変わらないはず織の顔が、不敵に微笑んで見えた。

「いいだろう。だれが相手でも臆せず真っ向勝負。それが、ジュリエット・メアリ・キャピレットだ。ライドー」

 これは再演の拍手。

 ジュリエットは情報という概念の兵装をダウンロードする。

 頭の高い位置でくくった自慢の赤髪に、黄金のティアラがそっと乗る。

 花咲くように広がるドレスには繊細な花の刺繍が刻まれて、羽織ったマントは炎のようにゆらいでる。

 ヒール紐は白い腿までリボンのように結い合わせ、オトナセクシーに演出した。

 瞳の星はやっぱりおまけ。

 そして決まりのセリフで締めくくる。

「不屈の光は赤の焔。魔法男子、ジュリエットPM。バージョン1.07」

「さあ、人払いも欺瞞迷彩も済ませてあります。存分に力を振るってみせて、灰炎のジュリエット」

「お望みどおり」ジュリエットは腰を据えて拳を引く。その構えから放たれるのは、彼女の得意技。「密集砲撃――」

 それと同時、織も同様のポーズをとる。

「密集砲撃」

「〈ファランクス〉――ッ」二人の魔法使いが同時に同種のスピルを発動した。

 轟音とともに、膨張した空気によって詰め所の窓という窓が破裂する。

〈ファランクス〉は拳大のミサイルを十数個同時発射する、複門擲弾発射に分類されるスピルだ。そのため、発射されるミサイルの数と速度が大きいほど、優れた魔法使いといえるミリタリ・スピルである。

〈ファランクス〉対決は、織に軍配があがった。

「ちぃ――」ジュリエットは舌打ちし、詰め所の窓から跳躍。躰に纏わり付くような煙の尾を引きながら、狭い屋内から広い敷地へ逃げ出した。

「〈ファランクス〉の密度は、わたくしのほうが上のようでしたわね」そして織の高笑い。

 対して、ジュリエットに余裕の表情はなかった。

 奥歯をかみしめ、ジュリエットは次なる手を打つ。

 両手を広げ、両サイドの腰に日本刀を帯刀するように二本の槍を創造する。

「あらまあ……」織は感心したように呟く。

「生身の躰じゃあなけりゃ手加減なしだ」ジュリエットは覚悟を決めて放つ。それはミリタリ

・スピルのなかでも極めて殺傷力の高いスピルだ。「行け、対地雷撃砲〈サイドワインダ・ブロック15〉」

 首輪を外した猟犬のごとく、二門の雷撃砲は驚異的な初速で織に向かって空を駆けた。

〈スーパシー〉の国軍採用の〈サイドワインダ〉対地砲に、追尾能力を持たせた上位スピル。たとえ織が空を飛んで逃げても追いかける。が――、

「その程度で、この織がどうにかなるとお思いカシラー」織はアスファルトに、左足を軸に右足で半円を描く。すると描いた弧から光のナイフが勢いよく飛び出した。「対空防御〈ペートリオット〉」

 ジュリエットの〈サイドワインダ・ブロック15〉以上の初速で、それは織に届く手間で迎撃に成功する。

 ジュリエットのミサイルは爆参。

 爆風だけがむなしく織を暖める。

「こちらもお返しに」織はジュリエットがそうしたように、両手を広げ、両サイドの腰に日本刀を帯刀するように二本の槍を創造する。「行きなさい、対地雷撃砲〈サイドワインダ・ブロック30〉」

 強烈なアフタバーナを挙げて、織のミサイルが発射される。

「くっそぉ」ジュリエットもまた、織に習って片足で地に半円を描く。「対空防御〈ペートリオット〉」

 だが、織が放ったブロック30の追加武装は回避能力。最短距離を直進するだけのブロック15以前の〈サイドワインダ〉よりも被弾率は低い。

 それを証明するかのように、ジュリエットの〈ペートリオット〉を一つ、二つを蛇行回避。

「しまっ――」

 その言葉は爆音にかき消される。

 真っ黒な煙が地面から生えるように天に昇り、ジュリエットは呑み込また。

「あらやだ。やりすぎたかしら」織は呟く(その言葉はジュリエットには届かないのだが)。

 かつ、かつ、と十センチほどの上げ底ブーツで足音を鳴らしながら、織は黒煙に歩み寄る。

「ふん……」織が片手で空を薙ぎ払うと、そのモーションに連動して強烈な風が黒煙をかき消した。中からは、両腕をクロスさせて、身をかばうジュリエットがいた。

 外傷はないものの、衣装の端に焦げ跡みられるし、灰を頭から被ったように煤まみれである。

 両腕の奥から、ジュリエットは碧い瞳をぎらつかせて睨む。

「テレビのコント番組みたいに、自慢の赤毛がチリチリパーになってくれたらどうしてくれる」

「あら感心。攻撃一辺倒の灰炎のジュリエットも、ちゃんと防御系のスピルを会得していらしたの」

 織が察するとおり、ジュリエットは〝爆発する盾〟という相殺爆反系スピルによって身を守っていた。これは運動エナジィの相殺による絶大な防御効果を期待できる一方、そのエナジィの一部が自身に跳ね返る諸刃の盾でもあった。

 ダメージは皆無ではないが戦える。

 ジュリエットはくらくらする頭を振って気を保つと、なにもない空間を握りしめ、それを一気に引き抜いた。

「焔の刃、ジュリエット・レーピア」

「飛び道具で駄目なら接近戦。まあ、短気な貴女らしいですこと」織はステッキで空を切る。すると、あるはずのないステッキの先端がさらに伸び、巨大な鎌が現れる。「オリ・デスサイズ」

 織の胸元に飛び込んだジュリエットの焔のレーピアと、織の巨大な死に神の鎌が衝突した。

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