chapter 1
Aパート
1
バグフィルタ計画にて主導的な立場にある実行部隊・イノヴェーションズの代表CEO会議は、第三世界から帰還したパックの報告が主な目的であった。
「まずは無事、帰還したロビン=グッドウェロウ殿に賞賛の言葉を送りましょう」ハムレットは短く拍手で賛辞した。
「うん、送って。あとパックって呼んで」
「成果はあったのだな」結論を急ぐのは、〈思念の世界テンペスト〉代表CEO、嵐の頭脳を持つ男、ドクタ・プロスペロである。
「え、成果って」
「惚けないでいただきたい。貴殿を送るために、我々が囮になったことをお忘れですか」パックの愛嬌に、真顔で苛立ちを訴えるのは、〈螺旋の世界フィア・ノウ・モア〉代表CEO、超人フィディーリだ。
「やだなー。ちょっとしたちゃめっけに本気で怒らないでよ。フィフティ・フィフティさーん」
「フィディーリです。もう『フィ』しか合ってない……」
「で、どうなのかしら」目を鋭く細めて、彼女はパックを睨み付けた。長い金髪をアップルパイのように編み込んだ髪型の彼女は、〈鬼石の世界エレガントキメラ〉代表CEO、悪夢の王女コーディリアだった。
パックは微笑みを蓄え、全員が自分の発言に注目しているのを確認してから口にする。
「いたよ。ワルキューレ」
パックの発言に、言葉にならないどよめきが広まった。
ワルキューレは第二世界にとって――、否あらゆる世界にとって、世界そのものを覆すほど絶大な力を保有する存在なのである。代表CEOらの反応は、むしろ冷静すぎるくらいである。
「第三世界も一応はワルキューレの希少さに気づいて、お姫様待遇だったね。っても、戦力はたいしたことないし、やっぱ問題はジュリジュリをどう説得するかだよね」
「ええ、彼女をこちらに取り込まない限り、ワルキューレも手に入らない……」ハムレットはパックの意見に同意する。
「簡単なことですわ」ばっさり議題に切り込んだのはコーディリアだ。「これまでと変わらず。やることは同じ。銀河舞踏会に現れるジュリエットを、力でねじ伏せる」
「コーディリア姫らしいご回答です」ハムレットが涼しげに微笑んだ。「そうですね。しかし、正式兵装版は思いの外やっかい。徐々に微細ながらブラッシュアップを繰り返しているようですし、時間をかけるほど手強くなる……。プロスペロ殿、銀河舞踏会のメジャップデートの予定は」
「もう時期、とだけ言っておこう」
「仕事が早いですね」フィディーリが確認する。「スループットの改善状況は、いかほどになりますか」
「大いに」
プロスペロはコーディリアに目を合わす。
「もっとも情報量の多い〈エレガントキメラ〉ですら、R3状態への移行が可能になる予定だ」
「いつですの」コーディリアがテーブルを拳で叩く。
「そう急くな。俺は慌ただしい仕事は嫌いだ」
「いつですの」コーディリアは唸る獣のように、再度、低い声で問いただした。
「灰炎のジュリエットが開催する舞踏会の周期を予想すれば――、次回までには」
コーディリアが笑った。それは物語のお姫様ではなく、そのお姫様に悪事を働く悪い魔法使いの笑みである。
「ついに、ついに……。次回の舞踏会で最終回というわけですのね」コーディリアはパックも尻込みするような邪悪な微笑みを蓄えて申し出た。「勝手は承知のうえです。次回の踊り手は、この〈エレガントキメラ〉に」
「いつだったか、それで敗北した回もあったが」
「R3に敗北はありません」コーディリアは毅然として言った。彼女は立ち上がる。「みなさまは一度でも、R3の戦場をお目にしたことがございましょうか。いいえ、ありません。〈スーパシー〉の傘下に入り、六世界技術連携協定がなされた平静の世で、R3がその真価を果たしたことはないのです」
「いまがそのとき、ですと」ハムレットが静かに聞いた。
コーディリアが頷く。
「えっ。いいの。順番的に、次はぼくかハムハムじゃないの」パックはぐるりと全員の顔を伺うが、異を唱えるのは彼だけだった。「だって、さすがのジュリジュリもR3相手には、どうにもならないよ。ホントに次の舞踏会で最後になっちゃうよ。あっ、でも、いつものジュリジュリの大技で情報崩壊になって、『次回へつづく』ってなるオチか」
「それはない」プロスペロが断言する。「R3状態の維持と、灰炎のジュリエットが放つ〈スターラヴバケーション〉の同時通信ですらダウンしない容量に拡張される」
「マジかー……。こりゃ本格的にジュリジュリ終わったなー」
「よろしいじゃあありませんか。フィナーレは〈エレガントキメラ〉に飾っていただきましょう。おっしゃるとおり、およそR3の実戦を目にする機会など、今後またあるとも限りません」ハムレットが紫色の瞳を輝かせる。「地上最強を誇る、R3の実力――、鬼神エドマンドの本来の力を披露していただけるとは感激の至りですではありませんか」
「ありがたく存じます」コーディリアは優雅に頭を下げた。
「しかし――」とハムレットは意味深な間を置いてから続ける。「惜しい。実に惜しい。鬼神エドマンド殿もさることながら、わたしが本当にこの目にしたいのは、キング・リアさえも悪夢に陥れた翼竜のアンドロメダ。コーディリア姫のR3なのですが……」
水面が一瞬で凍り広がるように、緊張感がまたたくまに支配した。殺気というものは、宇宙の壁を越えるらしい。
コーディリアの貫くような視線に臆することなく、ハムレットは続ける。
「アンドロメダは封印され、いま姫様がお持ちの鬼石は、姫様の出力ならばR1にも絶えられぬ安価な人工の鬼石と聞き及んでおります。姫様も、獲物は自らの手で王に献上したいでしょうに」
コーディリアは細く、できるだけ長く息を吐いてから答えた。
「おっしゃるとおり……」コーディリアは顔をあげる。「ただ、わたくしがR3になりましたら、皆様も踏みつぶしてしまいますもの」
透きとおるコーディリアの声がよくとおった。
四人は言葉を忘れて、なんのリアクションもとれなかった。
はじめに我を取り戻したのは、パックだ。彼は腹を抱えて、無邪気な笑い声を響かせた。目元には涙を蓄えて、人差し指でそれを拭った。
「いいね。いいよう、王女さま。やっと君の本音が聞けたような気がするよ。たしかに、君が全力をだしたら、ぼく以外じゃあまず勝てないだろうね。うん、最終回は〈エレガントキメラ〉にお任せするよ」
「ぼく以外、ですって。ふんっ、あなたも蹴散らしてさしあげるわ。ロビン=グッドウェロウ殿」
「そこは頑なにパックって呼んでくれないんだね、王女様」
「こちらは王女と呼ばれたくないのよ」
ひとしきり笑い終えたパックが静かになったタイミングで、ハムレットは会議の締めにはいった。
「よろしい。いよいよ盛り上がりをみせる舞踏会のフィナーレは〈エレガントキメラ〉にお任せしましょう。最後の踊り手が『鬼神』ならば申し分なし」ハムレットはちらりと横目でコーディリアを流し見る。「可能ならば、美しき翼竜のアンドロメダにも期待して……、また最後の夜にてお目にかかりましょう。フィラメントを突き抜けるのは、我々イノヴェーションズです」
おきまりの台詞で閉会した。
ぼん、と照明を切る音がして、異世界を繋いでいた通信が途絶える。
五人の第二世界の代表CEOの姿は消え、完全な闇となった……、かと思われた。
再び現れたのは、まずハムレット。頬を拳に乗せ、あらゆる女性を虜にする柔和な微笑みを浮かべている。
次はフィディーリ。どこか緊張した面持ちで、生真面目な内面をよく映す瞳はいまは閉じている。
三番手はプロスペロ。愛用の縁なし眼鏡のレンズを柔らかい布で拭きながら、こちらはむしろリラックスしている様子である。
四番手がパック。悪戯を成功させた子供か、あるいは陽気な子猫のように、口元を手で隠してはいるが、クシシッという独特の笑い声を漏らしている。
最後は――、コーディリアではなかった。
〈エレガントキメラ〉の席は空白のまま、円卓のデスクに欠けを残したまま〝本題〟の議論が交わされる。
「――と、いうことです」ハムレットは頬杖の格好のままだ。「コーディリア姫は、あのようにおっしゃるが、内心どうだか」
「いやいや、ぽろっと本音でてたじゃん」ツッコミを入れるのはパックだ。「ぼくらを踏みつぶしちゃうってさ。やる気満々じゃん」
「わたしは、いまだに気乗りしません」その言葉どおり、フィディーリの顔色は曇っている。「協力はできたはずです」
そんなフィディーリの意見を両断するのはプロスペロだ。
「これは彼女を代表に据える以前から決まっていた事項だ。いまさら異議を唱えられてなんの益がある、フィディーリ代表」
「いまさら降りるつもりもありません。王女は本意ではないでしょうが、前任者の意向でもあり、たしかに第三者的にも、最適でないにしろ最善ではあります」
「そう、これがたった一つの悲劇を回避する台本です」ハムレットは舞台役者の独白のように言う。「彼女はいま、遠く手の届かない儚い希望を一生追い求め、人生を彷徨っているただなかです。人の想いとやらは、よいところだけを縫い合わせた継ぎ接ぎだらけの古着にすぎないというのに……。人は所詮、記憶の奴隷ということでしょうか」
ハムレットの独白は続く。
「ならば、我々が彼女を解放してやらねばならぬ。これは我々の慈悲、彼女にとっての救いである。コーディリア姫を縛る楔を断ち切るのは、彼女にとって、もっとも信頼が厚い人物が下すべきでしょう」
ハムレットは、確かめるように――事実、これが最終確認である――ゆっくりと発音した。
「よろしいですな、エドマンド殿――」
ぽん、と〈エレガントキメラ〉席に現れたのは、コーディリアではなく、前任者のケント伯に仕える筆頭騎士・エドマンドであった。
「よろしい、ですな」
エドマンドは影のある面持ちのまま、沈黙のまま小さく、しかし確かに頷いた。




