chapter 11
11
基地内はすでに交戦状態にあった。
隊員達が応戦しつつ、隔壁を封鎖。パックはハゴロモのハンガの扉を切り裂いたように、あらゆる隔壁を攻撃スキル〈何者おも貫く妖精の右手〉によって破壊し、侵入していた。
ジュリエットは乱れる髪もいとわず、パックを追う。
突破された隔壁を追えば、じきパックに追いつくだろう、という考えは甘かった。
無事に降りた隔壁があるいっぽうで、その先の隔離地区でパックが出現するのである。
「扉を透きとおったとでもいうのかよ。タイサク」
ジュリエットの要請に、管制は彼女の行く手を阻む隔壁を順次ロック解除していく。
「パックはどこにいるの。庭園へかい」
「いまだなんとも応答しかねる。我々の防衛戦が順調に下がっているとだけ伝えておこう」
「こりゃ急がんとね。ああ、それにしても忙しい一日だ。ぼく、きのうからまだ寝てないんだけどー」やけになりつつ、ジュリエットは走る。「パックー、待ってろー」
予想に反してパックの進路は、まっすぐハゴロモのハンガだった。
まるでワルキューレには、目もくれずに……。
ちょこん、とかわいらしく美少年はハゴロモを背にあぐらを掻いた。
兵士達は彼を半円に囲み、銃口を向ける。
「ちょっと早く到着しちゃったかな。ジュリジュリが来ないと、ぼく、帰られないんだけど」パックは年頃の女の子をきゅんとさせる笑顔で手を振るも、残念ながら戦士達はきゅんとはしない。「ねえ、おじさーん。ジュリジュリって、いまどのへーん」
二階に位置する防弾ガラスの向こう側から、宝亀将軍が答えるまでもなく、赤毛の彼女は到着した。
「お・ま・た・せ……。はぁあ、走ったぜ」
彼女は両膝に手をついて呼吸が荒い。額には玉の汗を浮かべ、乱れた赤い髪が汗で張り付いている。
「やっときた。遅いよう、お姉ちゃーん」迷子の子供が、愛しの姉に出会ったようなパック。
「待たせたね、弟よーい」そんな寂しい思いをさせた弟を慰めるようなジュリエット。
二人は駆け寄り抱きしめ合う。姉弟の感動の再会――、はとうぜんなく、二人は二頭の熊かプロレスラのように両手をつかみ合い、手四つ状態の力比べになった。
「ちょっとー、パックくーん。どうやってぼくのスター・バーストを防いだのかなぁ。上下から挟み撃ちしたんですけどぅ」魔法抜き。腕力のみで取っ組みあうジュリエットの額には、古風な漫画のように『お怒りの血管ぶち切れマーク』ができていた。
「そっちこそさあ、もうぼく帰るっていってるのに、イイカゲンしつこくなーい。髪の毛、ちょっと焦げちゃったんですけどぅ」パックはパックで、やはり不可思議な力は使わず、こちらも腕力で応じているようだった。
「パックもたいがい自由人じゃん。ワルキューレ様が心配だから、言葉どおり信用できないんだよねぇ。普段の行いってやつぅ」
「自由人なのはジュリジュリのほうでしょ。こっちの世界の人達も迷惑がってるんじゃあないかなぁ」
「大丈夫。ぼく、美少女ですからぁ」
「ぼくも大丈夫。だって、美少年ですからぁ」
二人は腕力の限り『ふおー』と低い雄叫びを上げながら押し合い引き合いを続けている。
なんとなく、女子中学生と男子小学生の相撲のようで、ある意味微笑ましい。
そんな均衡を崩したのは、観月博士の声だった。
「ジュリエット、遊んでいる暇はないぞ」
ジュリエットがぱっと手を離す。ピンヒールブーストを点火させ、華麗にバックステップ。
「パック、決着はやはり、銀河舞踏会でギャラリがいる前でしよう」はぁはぁ、とジュリエットは肩で息をする。
「賛成。ぼくも、うん、腕力はやめよう。腕力は……」パックも一緒になって肩を上下させて呼吸する。
「将軍、ハゴロモに電力供給を」
その合図で、ハゴロモが光り、起動する。
布のように宙に浮くハゴロモが、徐々に輪の形をつくり、三次元プレパレートの膜を生み出した。
パックは大人しく帰ると言う。だが、ここで安心してはいけない。次の瞬間、ワルキューレ様を攫い、開いたゲートから誘拐しないとは言い切れない。
「で、どうする。また火薬を爆ぜて鉛を飛ばすの。無駄だよ。ってか帰るからさあ、ジュリジュリ、座標を入力しておくれよう」
「ああ、するさ。だけど」ジュリエットは顔を伏せ、小声で呟いた。「これ、一度やってみたかったんだよね」
「ん」パックが小首を傾げる。
ジュリエットはパックを指さし、警備隊員に発砲の号令を出した。
「撃てぇー」
その瞬間、ジュリエットの指示に忠実に従った隊員がライフルを連射した。
激しい銃声。
放たれる毎秒十発以上の発射回数が、さらに十丁以上。
つまり、この瞬間、百発を超える弾丸が正確にパックを狙い直進していた。
パックはやれやれ、とあきれながらも例の予備動作をとっていた。
「〈何者をも防ぐ妖精の左手〉」
網にかかった――。
隊員すべてが、心の中で拳を握った。
この特殊弾頭は、通常の貫通弾頭でなければ、屋上戦で使った超高速硬化樹脂弾ですらない。
観月博士の妙案。
この弾丸は、着弾と当時に、中に仕込んだ微少な液体が噴射される仕組みになっている。その効果は――、鼻をもぐほどの強烈な悪臭だ。
「くっさー」パックが両手で鼻を押さえながら猛烈に叫び声を上げた。そうやって指で鼻を押さえると、その指に付着した『弾頭の中身』がさらに嗅覚を痛めつける。
〝悪臭の弾丸〟を全身に浴びたパックは、まさに動く悪臭……。
「なんなんだよこれー」あまりの耐えがたい臭いに、パックは極度の混乱に陥った。右往左往しながら、衣服に付着した悪臭の原因である液体を払おうとするが、無駄なあがきである。
その隙を見逃すジュリエットではない。
「捕まえた」にやり、とジュリエットが口元を釣り上げ、パックの腰に両手を回した。
「ジュリジュリぃ……」パックは鼻を押さえるのに必死で手が使えない。
「どうだい。君が軽んじる第三世界に、一杯食わされた気分はさ」
「なんなんだよこれー」
「ネタは簡単。超臭いだけの、『安全な毒ガス』だよ」
「安全な毒ガスとなねーし――ッ」さすがのパックも、ジュリエットの前ではツッコミ役に回った。
「絶対防御を突破できないならしなくていい。防がれたあとで噴射される、二段構えさ」ジュリエットは力いっぱい、逃げられないようパックの腰を締め上げた。「〈何者おも防ぐ妖精の左手〉だっけ。臭いまでは防げなかったね」
「くっそ」パックが口惜しく呟く。「臭い的にもクッソ」
ハゴロモはすでに起動状態だった。
発地座標と着地座標も入力済み。
ジュリエットはパックの持ち上げ、
「こーんのワルガキめえ。よそ様の家に入ったら――」
ぐるぐると振り回し、
「お家の人の言うことは――」
その勢いで、彼女はハゴロモへぶん投げた。
「聞きなさーい」
「オマエモナー」パックは謎の遠吠えを残して、異次元の向こう側へ消えていった。
将軍の指示の元、瞬時に電源が落とされる。
ハゴロモが定常状態になり、異次元との交信の道は塞がれた。
これでまずは一安心、ということだ。
ジュリエットは不寝の連戦の終わりに安堵して、ぺたりとその場に尻餅をついた。
「ああ、これで、やっと、寝られるぅ……」ぱたり、と横になった瞬間「――って臭ーい」飛び跳ねる勢いで身を起こす。
「ありがとう。ジュリエット嬢。貴官の働きに感謝する。せめてもの礼だ、受け取ってくれたまえ」将軍のアナウンスで、防護マスクとボンベと背に抱え、対化学兵器処理班がどこからともなくハンガに集結する。
両手で抱えるのは銃火器ではなく、消毒・消臭のガンホースだ。
彼らはこれを、ジュリエットに頭から足先まで浴びせまくった。液体だったり、気体だったり、ちょっと粘性のあるゲル状だったりするものを、そりゃあもう、容赦なくあびせまくった。
洗車機で洗われる車を想像してもらえればわかりやすいかと思う。
ひとしきりいたぶられた――、訂正……処置されたジュリエットは、『けほっ』と口から白い煙の息を吐く。宝亀将軍以上の世代には、なじみのあるコントの様式美を連想させた。
全身ずぶ濡れ、汗まみれ。
白い対化学物質まみれに、ちょっと粘っこいなにかが頭からぶらーんと垂れている。
でもまだ臭い。
「水もしたたるいい女、っていうじゃん……」ジュリエットの声は小さい。「こういう場合は、なんていうんだろうね……」
対化学兵器班は顔を見合わせるばかりで答えず、なにごともなかったように去って行った。
「ジュ、ジュリエット……」観月博士が恐る恐る声をかける。悪い予想は的中した。
観月はぎゅーとジュリエットに抱きしめられた。
ふつうの男子なら至福のひとときだろうが、観月智一は『ぴぎーッ』という出荷される豚のような悲鳴をあげた。
「くっさ……」という最後の言葉を残し、観月はその場に巨体を倒し気絶した。
「よーし、この基地にいる全隊員に告ぐー。みんな、ぼくとハグしよーう」
「ハンガの扉を閉めろ」将軍が慌てて命令するが、
「うむ。扉はまだ破壊されたままですなぁ」平田大佐が呑気に答えた。
「わーい、鬼ごっこだぁ。ぼくに捕まったら、みーんな臭くなっちゃうぞー」満面の笑みを浮かべながら、赤毛の魔女は幼女のように中島の基地を駆け回り、手当たり次第に隊員とハグしては二次被害を広めたという……。
ちなみに、そんなジュリエットの強烈な臭いがとれたのは、その一週間後のことだった。
それでもまだ臭いには臭くて、
「ジュリ恵。あんた一週間も休んでどうーしたん。あたしなんか、変なことに巻き込まれたんだから」
「ぼくだっていろいろ大変だったさあ」
「てかあんた、なんか臭わない……」
「うぃーのそういう正直なところ、大好きっ」
第十一話「魔法使い 対 魔法使い : vs. Valkyrie Ori」へ続く。




