chapter 10
10
基地の外は、完全に暗闇だった。
湖の向こう側にある温泉街から明かりが見える。天井には寂しい星空。
ジュリエットはすでに、フレームワークという概念機関に火を灯している。
耳に取り付けたインカムからは、作戦室と繋がっている。交信相手は管制官ではなく、ESU隊長だった。
「いいか、ジュリエット。貴官が力一杯戦闘を行えるのは屋外のみだ。それも、許される時間は十分間。花火時期には少々早いが、地元住民を欺くにはこの手しかない」
「了解した」ジュリエットは短く答える。彼女にしては真面目な返答だ。
ジュリエットは腕組みをしたまま、合図を待つ。
日が落ちてしまえば、まだ風が冷たい。
「隊長」
「どうした。ションベンにでも行きたくなったか」
「名前、まだ聞いていなかった」
「石造大尉だ」
「ファーストネームは」
「……大作」
「オーケイ、タイサク。君のチームを挑発して、悪かったね」
「かまわんよ。事実、敗北した」
「なら今度は、一緒に勝とう」
それから若干の間があって、
「配置についた。準備万端だ。開始のタイミングは貴官に任せる、ジュリエット」
ジュリエットは顔を上げる。冷えた風が赤毛を揺らし、しかし通り過ぎる風は暖められていることは彼女だけが知っている。
「そうさ。ぼくはジュリエット。闇夜の王さえも裸足で逃げ出す、焔のような赤髪をもつ少女、ジュリエット・メアリ・キャプレットだ」ジュリエットが人差し指が天を指す。「信号弾――ッ」
そのスピルは、黄色い閃光と長い尾を引く、まさしく信号弾だった。
これを合図に、中島の部隊が一斉に花火をあげる。
周囲の住人は盛大な花火に大盛り上がりだろう。
これに便乗し、ジュリエットの赤髪と深紅のマントを燃え上がらせる。彼女は一蹴りで数メートルを飛びはね、さらに空中をジグザクに蹴り、湖全体を見下ろせる上空にまで飛んだ。
「どこだ。パック。ぼくはここにいるぞー」ジュリエットは大声でパックを呼ぶ。
その彼女の背後、耳元で――、
「うん。知ってる」
ジュリエットが振り返るよりも早く、パックの足が振り下ろされた。恐ろしいことに、正式兵装版に追加された自動防御スキル〈バックファイア〉が起動して彼女を守った。つまり、パックの体術は『この世界の銃火器並の破壊力をもっている』のである。
「パック――」ジュリエットが叫ぶ。
「はっはーん。待っていたよ。探す手間が省けたりー」パックは空中に浮かんでいる。いや、静止している、と表現する方が的確かも知れない。まるで、パックの足元に透明な踏み台があるようだ。
対してジュリエットは、空中戦は不得手である。『空気を蹴る』ことは出来ても、『空気に乗る』ことはできない。つまり、ジュリエットは空を飛べない。
だから空中にとどまるためには、つねにせっせと跳び跳ね続けなければならなかった。
「せわしないねー、ジュリジュリ。まだ十二月じゃあないよう」パックは余裕で、ジュリエットを見下ろしている。
「どういう意味だよ」
ジュリエットは落下しながら拳を固める。
時間は限られているんだ。
奮闘しつつ、彼をうまく基地内に誘導して、さらにワルキューレの庭園には行かせない。
これがジュリエットの戦略目標であるが――。
「こういうの、『言うは易し。やるは難し』だっけ」ジュリエットは固めた拳を突き出した。「ゆけ、密集砲撃〈ファランクス〉」
「それ好きだよね。近距離じゃないと、たいした効果はないと思うけど」パックは回避する様子もない。「〈何者おも防ぐ妖精の左手〉」
〈ファランクス〉は強烈な速度と熱を持った軽質量スピルである。特徴的なのは、近距離ではあるものの散弾で貫通力をもつことだ。これならば、パックの不可視の防御も突破できるのでは――、という狙いでは実はない。
ジュリエットの目的は――。
「っ――くう。やっぱり、鉛玉よりはずっと威力あったよ、ジュリジュリ……って」パックはジュリエットの目的に気づき、慌てて逃げの体制をとるも間に合わない。
爆ぜた〈ファランクス〉の閃光から視界が開放された瞬間、パックの目に映ったのは、拳に灼熱の焔を貯めたジュリエットの姿だった。
〈ファランクス〉はただの目隠し。
ジュリエットは得意技の決め台詞を一つ。
「銀河の産声――、スター・バースト」
ジュリエットが放った戦略級のスピルは、パックを呑み込むほど巨大な焔の渦だ。
「間に合わない。くっ――」パックが防御の左手をつきだした。
パックは防御はしている。だが、スター・バーストほどの熱量を一瞬でかき消すことはできなかった。ここから判断するに、パックのスキル――魔法使いではないためこう表記しよう――〈何者おも防ぐ妖精の左手〉は、質量や速度を相殺することで身を守っているのではないか、ということだ。しかしスター・バーストには質量がない。『現象』である。
効果はありと見た――。
ジュリエットは勝機を見いだしたとしても、手をやすめる彼女ではない。
「燃え上がれ、大志の炎」
「――って、ジュリジュリ」パックから余裕の表情は完全に消え失せていた。
スター・バーストすら囮に、ジュリエットは瞬時に跳躍。
パックより上空に位置取ると、さらに追撃の一手を撃った。
「銀河の産声――」
「ちょ、ちょまっ――」
「スター・バースト」ジュリエットはパックの背を狙って放った。
パックは下から射る炎の矢と、上から降る炎の矢の、両方に挟まれた。
「嘘でしょー」
パックの悲鳴は、スター・バースト同士の衝突によってかき消えた。
ジュリエットはスカートと乱れる髪を押さえつつ、砂辺に着地。
少々、派手すぎた花火かも知れない。
「一日二度もスター・バーストを撃ったのははじめてだな」
「ジュリエット、やったか」インカムから石造大尉が呼びかける。
「タイサク。そういうときはね、たいていやってないないものさ」
「それはどういう意味だ」
「といっても、パックだって無事だはないだろう。いちおうのところ第一フェーズ完了だ。第二フェーズに移る」
「いや――」インカムの先の石造大尉は、その先を行く返答だった。「第三フェーズだ。〈ツバメ〉の侵入を確認した」




