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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十話 「ダークファンタジへの招待状 : vs. Pack Robin-Godfellow」
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chapter 8


   8


 隊長は学校の駐車場に駐めた偽装バンのなかで一報を受けた。

「出てきたか、〈ツバメ〉――」構内中を監視するモニタのうち、屋上を捕らえた映像を眺めながら隊長は独りごちた。

「本当に釣れやがった……。てかだれなんですか、あのJKは」電子戦支援担当の部下が質問する。

「貴様は知らなくてよい情報だ」隊長はインカムで現場の隊員に短く指示をだす。「あとお前。いまどき女子高生をJKなどとは略さんぞ」

「えっ、じゃあなんて言うですか」

「貴様は知らなくてもよい情報だ」

「それは教えてくださいよっ」

「大尉」もう一人の男が声をかける。ただでさえ機材を詰込み狭くなった偽装バンに、この男は1.5人分の空間を占領していた。「天宮を囮にするなんて、俺はきいちゃあいませんよ」

「観月博士」隊長は観月を一瞥する。「あなたの許可は必要ありませんのでね」

 にらみ合う男の間に挟まれて、隊員は気づかれないように小さく嘆息した。

 さて、そんなやり取りがあった偽装バンから屋上へと視点を移すと、そこでは天宮羽衣とパックの出会ってはならないイベントが、まさに発生しているところであった。

「わーびっくりした。あんた音もなく忍び寄って」羽衣は胸をなで下ろす。

 彼は愛想よくにこっと笑い、両手を後ろに、羽衣の正面に回った。

「ぼくは邪悪な妖精パック・ロビン=グッドウェロウ。気軽にパックって呼んでね」

「で、パックは学校になんの用。その自由気ままな感じ、ジュリ恵にそっくりね。弟くんかしら」

「ぼくが、ジュリジュリの、弟」パックが陽気に頭を傾ける。「やだなあ、ぼくみたにシャイボーイな常識人が、あんな破天荒娘な娘の弟とか冗談でもないよう。もう、ウイウイったらさあ」

「ウイウイって、また新しいな……」

「それにね、今回、用事があるのはジュリジュリのほうじゃなくって、君だよ。ウイウイ」パックのライトグリーンの瞳が迫った。

「あたしに」

「うん」

「なんの、用なの……」

「ぼくの国の王様――、キング・オーベロンから役目を果たすまで戻ってくるな、っていわれてるんだけどう、ウイウイが思い出してくれないと、物語は進まないんだよねえ」パックの笑顔に影が掛かる。

 その顔に、羽衣は不気味さすら感じた。

「さあ、思い出して」

「思い、出だすって……」これはつい以前にも投げかけられた問いである。羽衣の脳裏には、夢とも現とも判別のつかぬ図書館で起こった、〝銀色の乙女〟との出会いがよぎった。

「なーんとなくでもさ、思い出しつつあるんでしょ。心当たりはあるんでしょ」パックと名乗った少年は湖――、ではなく中島を指さした。「ほら、あっちから誰かが呼んでいる、よね」

「あなた、知ってるの。あの〝銀色の乙女〟のこと」

 にやぁっと、パックは粘りけのある笑いを見せた。

 ただの少年ではない。

 本能的に危機感を覚えた羽衣がベンチから腰を上げる。

 そんな羽衣の肩をぐっと押して、パックは無理に座らせた。

「まあゆっくりしていってよ。ほら、ぼくの目を見て」

「目、を――」

「そう。このサファイヤみたいな美しく、子猫のように愛らしい、ぼくのライトグリーンの瞳を」

 羽衣は不思議と目が離せなかった。

 駄目だと思っても、意識と躰の指令が乖離している。

「思い出してよ。『羽衣伝説』の最終章。この戯曲は、いったいどんな結末を迎えるの。悪い地上人にハゴロモを奪われ、天に帰れずなくなった天女様は、〝7つの法具〟を集めてなにをする気なのかなぁ。ってか、法具ってなんのこと。こっちの世界にあるものなの」

 羽衣の唇が、喉が、意思に反して動こうとしている。

「し――」

「しぃ」パックは彼女の唇の動きを真似る。

「し……」羽衣はツッコミ――、ではなく単純にキレた。「知るもんかよっ。こっちが聞きたいわクソガキ」

「うそっ。〈ダンシィングウィル〉の〝思考潜入〟が利かないだって――ッ」

「やっぱり。あんた、あたしになにか仕掛けたわね。ガキだからって嘗めてるとゲンコしてやるからこっちこいよや」

「しかもチョー怖い」

「うるせー」

 羽衣が立ち上がったその瞬間、彼女は首元に刺さる小さな痛みを感じた。

「なに、いまの。蜂……」羽衣の言葉はそこまでだった。倒れるような勢いでベンチに腰を落とし、彼女はそのまま深い眠りに沈まされた。

「あっちゃぁ……、時間切れか」パックがぱっと後ろに二、三メートル飛んだ。それとほぼ同時か数瞬遅く、たったいま彼がいた床に弾丸が着弾した。

 異変は怒濤の勢いで続く。

 校内に火災警報が鳴り、屋上唯一の出入り口からは強襲用の装備で完全武装した兵士たちがなだれ込む。

 空中からは八人の兵士がパックを取り囲むように着地。彼らはパックに気づかれぬよう、超高高度から傘下した空挺降下部隊である。しかも、彼らは着地の衝撃を吸収するために〝セカンドアーム〟と呼ばれる、一種の強化外骨格を下半身に装備している。その機動力は、二足歩行の装甲車だ。

「ウイウイの魂にはプロテクトかかってるし、おじさんたちはしつこいし。マジ、ハッピーパティって感じ」パックがやれやれ、と肩を竦める。

「撃てぇー」

 指揮官の合図とともに、一斉掃射が開始しされる。

「懲りない人達だなぁ」パックが左手を構える。「〈何者をも防ぐ妖精の左手〉」

 しかし、今度の弾丸はひと味違った。

 パックが不可視の障壁で、死角からすら放たれるすべての弾丸を弾くも、それは一瞬で膨張、硬化した。すなわち、超即効性・硬化樹脂弾頭である。いわば鋼鉄並に硬いチューインガム入り弾頭だ。これによって、彼の足は瞬く間に地面と一体化。動きを完全に封じ込めた。 

「なーる」パックが妙に感心する。

「全体、打ち続けろ」

 容赦ない弾丸の嵐によって、パックは見る間に彫刻と化す。それもきれいに人の形を残した彫刻ではない。なんとなく頭や手足の形を判別できるていどの、スライムのような状態である。

 指揮官がハンドシグナルで『打ち方やめ』を指示する。

 現場は一瞬にして静まった。

 これをモニタしていた偽装バンの隊長は『禁句』を呟いた。

「やったか……」

「大尉、それフラグです」

 観月の懸念通り、現場では2コマで伏線が回収される。

 すべての隊員が自分の目を疑った。

 大昔の特撮映像のような――、あるいは素人のできの悪い加工動画とでもいうような――、ともかく、隊員達の目にはパックの姿が硬化樹脂の塊を中心に何重にもダブって見えたのだ。

 やがて無数のパックは、ある一点に収束する。

 硬化樹脂の塊のほんの一メートル隣に、である。

「ウェーイ。奇蹟の大脱出ぅ」パックが舌足らずの声で、拍手喝采を求める奇術師のごとく両手を広げた。もちろん、拍手などはない。

 隊員達の動揺だけは充分に広がった。

「あー、ちなみに。この塊の中を掘り出しても、中に人なんていませんよ」パックは硬化樹脂の塊を指で突く。「だって、ぼくは『はじめっから、こっちにいることにしたんだから』」

 パックは身軽に宙を飛び、屋上の鉄柵の上に着地する。

「ああ、君たちは急がなくてイイよ。ゲートの部屋に戻るから。そろそろ、ぼく、帰ろうかなって。職場のみんなに連絡しておけばいいんじゃないかな。あっ、でも、せっかくだから特産品でも食べてからにしよーっと。もうお昼だし――」パックの足元に特殊弾頭が着弾する。スナイパの一撃だった。しかし、とうぜんのように彼は軽やかなステップで回避する。

「そんじゃあねー。バッハハーイ」

 パックが屋上から飛び降りる。

 あわてて隊員達が地上をのぞき込むも、パックの姿は、もうどこにもなかった――。

 作戦は失敗した。

 ジュリエットの指摘どおり、パックの脅威は、魔法使いにも理解不能な〝独特の歩法〟だった。否、あれを歩法と呼んでよいのかも疑問ですらある……。

 しかし、この屋上の戦いを終始モニタしていた観月には思いつきがあった。

「縄で縛っても抜けられる……、ナイフで刺しても防がれる……」観月はぶつぶつとつぶやいた。「なら、その前提で攻めてやればいい」

「なにか良策でも、博士」

 偽装バンの中で、口惜しくも撤退を指示する隊長に観月博士は提案した。

「大尉、用意して貰いたい物があります。たぶん、こんな武器は存在しないだろうから、急ごしらえで作らなくてはなりませんでしょうが」

「……というと」

「最強の楯と、最強の矛。それを装備するはどんな檻からでも脱出できる最強の奇術師……。ええ、ありますとも。それでもあいつに、一撃食らわせる冴えたやり方が」

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