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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十話 「ダークファンタジへの招待状 : vs. Pack Robin-Godfellow」
77/112

chapter 7



 Bパート


   7


 猫山曹長が軽食とお菓子、飲料を持ってきてくれて、三人は小部屋(独房)で無言のパーティをはじめた。三人とも、自分でも知らぬほど腹を減らしていたようだった。

「なあ、なんか俺たちさ」最初に腹を満たした兎田軍曹が言う。「『友達の家に来て、別に一緒に遊ぶわけでもなく、好き勝手にごろごろする家族感覚の友人』、みたいだな」

「それは、言わない、約束」猫山曹長がそっと呟いた。彼女が口にするピザのチーズがみょーんと伸びる。

「ああ、でも、お腹いっぱいになったら、すこし落ち着いたよ。やっぱり、人間三大欲求が不満足だとイライラしちゃうよね。睡眠、食欲、あと、性欲っていやぁん」ジュリエットは普段よりワントーン高い黄色い声をあげる。ちなみに、彼女はいまだばっちりドレス姿(ジュリエット仕様にデコったフレームワーク)である。

「安心しろ。俺はお前みたいな薄っぺらいガキは好みじゃあねえ」

「薄っぺらいだって、まっくぅ」ジュリエットはスナック菓子の袋を逆さまに、口に注ぎ込む。「もったくぅ」

「食べんながらしゃべんな」兎田軍曹は大の字に横になる。「にしても、いつまでこうしてなきゃいかんのかね」

「パックが戻ってくるまでだよ」ジュリエットが答える。「あの子を捕獲することは不可能だ。ゲートを開いて、向こうに突っ返すほかない。歓迎もされてないのに異世界に居座るとか、ずうずしいにもほどがあるし」

「お前が言うか」兎田軍曹は、さすがにこれにはツッコんだ。

「あ、それ、わたしも言おうと思った……」さきを越されて、すこし残念そうな猫山曹長。

「じゃあいつ戻ってくるんだよ。あしたか、あさってか。すくなくとも今日中には戻ってこいよな」

 軍曹は腕を枕に目を瞑り、それっきり喋らなくなった。

 ジュリエットも腹を満たし、眠気が襲ってくる。ぼくも眠ろうか、とジュリエットも横になったときだ、めずらしく猫山曹長から話しかけてきた。

「ねえ、ジュリエット。あなた、本気で、恋、してる」

 ジュリエットは思いも寄らぬ話題に、高速腹筋で起きあがり、うとうとしていた寝ぼけ眼を見開いた。猫山曹長を見つめ直す。彼女はちょっと切れ長な目をして、緑の長い髪が美しい、背の高い東洋の美人。

「多趣味で、最近歳を気にして、口数は少ないけど読点は妙なところで入れる、あの猫山曹長。あ、下の名はまだ聞いてない……」

「あなた、途中から、声に出している」

「こ、恋って。いやあ、その手の話は苦手だなぁ」ジュリエットは無意識に後頭部を掻いた。

「不思議なことを言うのね。ついこの間までは、『行方不明の恋人ロメオ様を助ける悲劇のヒロイン』だったん、でしょ」猫山曹長がちらりと瞳だけを動かす。

「まあね、そういう設定だったね」ジュリエットはそっぽを向いてポテトチップスをぱくりと一口放り込む。

「で、〝第二の設定〟では、ロメオってのは恋人でもなんでもなく共犯者。一緒に凍りづけにされた世界地図がだけが目的で、彼はどうだっていい」

「まなね」

「わたしたちはね。いちおう、あなたの監視って任務で、ある程度、情報の上階層に手が届くの。とくにあなたの行動原理、については、ほぼすべて閲覧可能。そうじゃないと、あなたの行動が、予測、できないから」

「といって、ぼくに振り回されているわけだけど」

「だからお前が言うか」兎田軍曹、目を閉じたままのツッコミ。

「そこで気がかり。世界地図が目的で、あなたはなにを、しようとしているの」怖いくらい、猫山曹長はジュリエットの碧眼を見据えた。

 絶えかねて、ジュリエットは目をそらす。

「教えられないね」

「あら、解答が変わった。観月博士の報告によれば、ロメオ、とやらが世界地図奪取の首謀者って話。で、あなたはただ恋人の手伝いをしただけの、哀れな女」

「ああ、湖でのことか」ジュリエットは観月にも同様の質問をされたことを思い出す。「博士がそう聞こえただけでしょ。ぼくもロメオ様の話に乗っかったんだよ」

「恋人でもない共謀者を、『様』ね」猫山曹長が睨みを利かせる。「語るにボロが出る」

「設定を間違えただけだよ」負けじとジュリエットがにらみ返す。

「で、世界地図を奪って、なにをする気……。いえ、問い方を、変えましょう。世界地図には、なにが載っているの」

 ぐさり、とジュリエットは胸にナイフが刺さる思いを感じた。

「あら、やだ。わたし、確信を突いてしまったかしら」

「そ、そんなことなーいよ……」冷や汗を掻きながら、ジュリエットは視線を逸らす。とっくに空になったポテチ袋のなかに手を突っ込み続ける。

「どこへ、いくつもり、なのかしら。いえ、そこに、なにが隠されているのかしら」

「も、黙秘」ジュリエットは両目をバッテンにする。

「あそう」案外、あっさり猫山曹長は引き下がり、別の質問に移る。「つぎ、はロザラインについて」

「ロザラインね……。うん、知ってる。あの、憎き、氷結のロザライン……」

「なぜ、氷結の焔塊を発見して、第一声が『ロザライン』なの」

 びくりとして、ジュリエットの肩がわずかに上下に震えた。

 猫山曹長はずっと目をそらさないし、兎田軍曹も寝そべってはいるが、視線だけはちゃんと向けている。

「それが、一番、引っかかった」猫山曹長はゆっくりと確かめるように発音する。「どうして」

「どうしてって……」

「しかも、氷結の焔塊で、ロザラインは、『ロメオのほうから手を握られていた』。邪魔なロザラインを単身連れ出してから始末するつもりだったって理由、本気で信じると思っている、わけ」

 ジュリエットは背筋が凍るような感覚に襲われる。

 答えを間違えれば、連鎖的にこれまでの苦労が瓦解してしまいそうだったし、それに猫山曹長の言葉には、ただ核心を突かれて動揺を誘う以上のなにかがあるように思う。

「ロメオと叫ばないのは〝第二の設定〟から理解できる。しかし、だからといって、敵方のロザライン、の名を呼ぶ理由だけは、腑に落ちない。憎いから。いいえ、ちがうわ」

「ちがうってのは……」

「あなたが天女様に眠らされているあいだ、わたし、思いついたの。とってもシンプルな優れた解答――。〝恋人なのは、ロメオではなくロザラインの方だった説〟」

「おいおい姐さん」軍曹が慌てて身を起こす。

「あんたは黙ってて」

 ジュリエットは両手で顔を隠した。

「沈黙もまた、立派な、肯定」

「なーわけないじゃんっ。女の子同士だしっ、それだったロザラインよりぼくのほうがかわいいしっ」

「本当にあなたが助けたいのは『ジュリエット』ってのは、どういう意味かしら」

「おい、猫山曹長。それは――」あわてて兎田軍曹が会話を中断させる。彼が『猫山曹長』と呼んだのは、ジュリエットが知る限りはじめてのことだ。

「昨日の、占いの館は、軍の仕込み。学友を利用して、あなたを、あそこに誘導した。嗅覚と視覚と、音響催眠と、あと〝あれ〟は、魔法使いでも防げなかった、ようだけど、余計に疑問が増えた次第」

 ジュリエットはなおも黙秘を貫く。

「自分を助けたいって、どういうこと」

「ふん。そりゃあ、そのまんまの意味だよ。我が身が一番かわいい。なにがおかしいっていうのさ」

 言った瞬間、ジュリエットの頬を猫山曹長が掴んだ。否――、そんな乱暴な感触ではなく、包み込む優しさすら感じられた。

 ぐいっと首をまっすぐにむき直される。

 詰問されてから、ジュリエットははじめて彼女と目を合わす。

「う・そ」猫山曹長のきれいな焦げ茶色の瞳には、ジュリエットが映っていた。「あなた、嘘をつくとき、ぜったい目をそらす。人の目を見たまま嘘をつけない、優しい子」

 猫山曹長の瞳に、ジュリエットは自分の涙を見た。

 彼女はジュリエットを胸に抱き寄せる。

「ごめんなさい。泣かせるつもりは、なかったのよ」

 ジュリエットは頭を撫でられる。

 もう自分では涙も鼻水も、つっかえるような乱れた呼吸も整えられなかった。けれど冷静な部分の自分もあって、兎田軍曹がおろおろたじろぐ独り言を聞いてすこし笑っていたりもする。

「ごめん。これ以上、曹長の立派な軍服を汚すわけにはいかないから、真実を、一つだけ話すよ」ジュリエットは涙を拭って、呼吸を整える。「上層部に報告してもいいし、しなくてもいい。真実を話すと言っておきながら、やっぱり嘘かもしれないけれど、それでいいのなら」

 猫山曹長が頷いた。

 ジュリエットは顔を伏せる。

「ぼくが本当に救いたいのは――」彼女の声は、絞り出すようにか細かった。「ジュリエット……」

 そして顔をあげ、涙を瞳に蓄えながらも、いつもの明るいチャーミングな笑顔で猫山曹長を見据えて告白した。

「微笑み一つで世界を滅ぼしかけ、どんな逆境に置かれようとも、圧倒的な不利を悪魔的なひらめきで圧倒的な有利に変えて駆け抜る。ときには、ぼくらの仲を引き裂こうとする壁もあるけれど、そんな苦難こそ普通の女の子より愛を三倍早く成長させて、これを原動力に戦う世界一魅力的な女性――。ぼくが助けたいのはね、そんなジュリエット・メアリ・キャピュレットだよ」

「あなたのこと、すこし、好きになった、わ」猫山曹長は女性的に微笑んだ。「すこし、だけね」

 ジュリエットも涙目のまま微笑み返す。

 ただ状況を飲み込めない兎田軍曹だけがボソッとつぶやいた。

「いやなんナンお前ら……」

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