chapter 4
4
授業中の羽衣は、ちょっとした気がかりがあって思考があさって方向を向いていた。
観月智一の席は空席で、やはりジュリエットも欠席だ。
あやしい……。
黒板でも教科書でもなく、二人の席に視線を行き交っていると、ウェスカーと目が合った。彼女は謎のキス顔。
とりあえず無視しよう。
そう思って窓の外を見ると、完全なるデジャヴがそこにいた。
今朝、校門で見かけたおかっぱ頭にタキシード姿の少年である。彼は木の幹を鉄棒のように、足だけで逆さまにぶら下がっている。
『ほわー』と奇声をあげそうになる口を両手でぐっと押さえる。
教室中を見渡しても、だれも気づいていない。
さきほど目を合わせたウェスカーも、いまは授業に集中しているようだ。
もう一度外を見る。
少年は、木の幹の上で、片手で逆立ちをしている。
『すげー』音声には出さず、しかし漫画的な吹出しの声をあげた。
やばいヤバイ。
この驚きをみんなに知らせねば、というどこからか使命感がこみ上げる。
とりあえず、隣の席の男子に腕を突いてみる。
「窓、見てみ」早く、早く、と焦る心を抑えつつ、羽衣は窓を指さす。
彼は訝しげに顔を曇らせながら外を見る。しかし、そのときにかぎって少年がいないのだ。
「いねーし」羽衣は小声でツッコんだ。
男子は小首を傾げて授業に戻る。それ以上、羽衣に構うつもりはないらしい。このマジメ生徒め、と羽衣は心で彼を非難する(男子生徒へのいわれのない風評被害)。
そしてもう一度窓を見ると、タキシード少年がまたそこにいる。
『いるし――っ』羽衣は漫画的な吹き出しで――(以下略)
今度の彼は曲芸を披露するわけでなく、両手両足を使って、なにかメッセージを送っている。
ジェスチャーゲームの要領だ。
ヒント1、羽衣を指さし、手招き。
ヒント2、ジャブ、ジャブ、ストレート。ボクシングの真似。
最終ヒント、親指を立てて、空を指さす。
総合すると、『おい、そこのお前。屋上でボコボコにしてやんよ』
少年は情報が伝わったとみたのか、満面の笑顔で手を振り、ぱっと木の幹から飛び去っていった。
「あれ、ここ、三階じゃなかったっけ……」
ふとウェスカーに目をやると、教諭に隠れるように、視線は黒板に、膝元では超高速でケータイをフリック入力していた。
『あいつはあいつですげー』羽衣は漫画――(以下略)
さてその頃、ジュリエットは中島の基地のある意味特別な一室で、猫山曹長と兎田軍曹の三人仲良く軟禁されていた。
自由人きわまりない三人の異様なこの空気感を、もし一般人がのぞき見したら、なんとツッコミを入れるのだろうか……。
短く刈ったツンツン頭が特徴的な兎田軍曹は玉の汗を流しながらスクワット。
猫山曹長はベッドで電子書籍(漫画)を読書。
ジュリエットは椅子の上であぐらを掻き、露骨に不機嫌そうなむすっと顔をしかめて鉄格子のはまったドアを睨んでいた。




