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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第三話 「白鳥処女 : vs. Iachimo」
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アバンタイトル

   アバンタイトル


 朝靄が視界を覆っている。

 早朝に特有の冷ややかさ、これから日が昇りはじめる、という生命の活動の予兆。耳を澄ませば、小鳥の歌が聞こえる。

 しかし、観月智一(かんげつともかず)はそんな情緒に浸っている暇はなかった。息を切らしながら足場の悪い斜面を駆け下りて、やっと見失った女の子の姿を捕らえた。それでほっと一息つける、と思った瞬間、いやちがうだろう、と女の子を再度、目を見開いて凝視した。

 彼女が、湖の上に――、水面の上に立っていたのだ。

「おいおい、ジュリエット」観月は、あわてて駆け寄りながら声をかける。

「ん、なあに」真っ赤な髪を靡かせて、ジュリエットはのんきに振り返る。その横顔も、後ろ姿も美しく、この湖に住まう美女の精、という題材でひとつ絵画が描けそうだ。

「なにじゃないだろう。だめじゃないか」

「だから、なにが」

「水の上に立つなよ」

「なんでさ」

「だっておかしいだろう」

「へへぇ、まあ、これにはコツがあってね――」と照れるジュリエット。

「そんなこといいから、ほら、早く。一般人に見つかったらおおごとだ」

「わかったよう……」ジュリエットはしぶしぶ浜辺に戻る。「妙な世界だね。基地の存在は隠さないのに、魔法使いは隠すのか」

「普通だろう」

「ううん」ジュリエットは首を振る。「どこの第二世界もゲートは最高機密だったよ。一般の人間が知るまでの機密レベルが下がったのは、第一世界の傘下に入ってずいぶんしてから。その組織や、当然、基地も機密扱い。だから、この湖周辺を完全閉鎖しないこの世界が不思議でならないよ」

 この世界のゲートは、カルデラ湖の中島で発見されていた。結成された管理組織は、持ち運びできないゲートを調査・運営するために、中島の地下部に基地を建設している。しかし、基地周辺を厳重管理下におかず、あまつさえ、湖周辺のキャンプ場、温泉街等、まるで民間人に対する交通規制を敷かないあたりが、ジュリエットには奇妙にみえたのだ。

「お国柄というか、民族性というか、その世界に住む人によって性格的な傾向があるからね。そういうのの一つなのかな」

「それはまあ、うーん……、とくに、この場所がそういう規制を働かせるには、世論が許さない場所だからかもしれないな」

「どゆこと」ジュリエットが顔を傾ける。

 おもわず、観月はかわいいな、と思ってしまう。美人は三日であきるというが、まだ観月は、彼女の美しさに慣れていなかった。

「ここは千年以上もまえからゲートの存在を示唆した伝説がある土地なんだ。羽衣伝説っていってね。それもあって、ぼくらはゲートをハゴロモと呼んでるし、それに……」観月は声のトーンを落として話し始めた。「それに、異能の力を持つ女の子を、伝説からとって天女と敬っている。聞いた。きのう、その天女様に会ったんだってな」

「きれいな人だったよ」

「彼女が狙いか」

「うん、そんなところ。ぼくの世界でも、あの方は貴重な能力なんだっ」

「その様子を見る限り、あれか。天女様に難題をふっかけられた口だろう」

「え、なんでわかるの。常習犯」

「ぼくらもそうとう苦労したよ」観月の頭脳は、思い出したくない苦い記憶を読込みする。「仏の御石の鉢やら、蓬莱の玉の枝やら。そう、燕の産んだ子安貝ってのもあったな。このあいだは火鼠の裘だった。ジュリエットはなにを“おねだり”されたんだ」

前翼竜(ぜんよくりゅう)の化石……」ジュリエットは口を尖らせる。

「ご愁傷さま。完全に“おねだり”モードだ」

「どっかで売ってない」

「そんなん売ってたら怖いわ」

「コミケで見かけました」

 突然の声に、うわっと驚いて二人は振り返る。

 軍人よりも雑誌モデルがアイドルが似合いそうな男、毛先を内巻きにカールさせた駿河少尉(するがしょうい)がそこにいた。

「嘘です」

「少尉、気配なさ過ぎ」すかさずぼやきを入れる観月。

「ジュリエット殿。我々はまだ、あなたを信用したわけではありません。しかし、歩み寄る余地はあるかもしれない。だから、一つ、訪ねてもよろしいだろうか」

「なんなりと」

「昨夜の戦闘……。あなたが追われる立ち位置。理解したつもりです。まだ聞いていないのは、事件の動機と経緯です。なぜ世界を滅ぼしかけたのですか」

「世界を滅ぼすなんて、あれはコーディリアが大げさに言っただけだよ。さすがに狂乱のロザラインといえども、宇宙を凍り付かすまでの力はない……。まあ、星一つは凍らせられるかもしれないけどね」

 ごくり、と観月は唾を飲む。

「世界地図を盗むだけだったんだ」

 ジュリエットは淡々とヴェロナ事件の経緯を話し始めた。

 他世界の位置情報を記録した世界地図のこと、ゲートで〈スーパ・シー〉を脱出しようとしたやさきに待ち伏せされていたこと、ロザラインのこと。そして、行方不明になった恋人のロメオのこと――。

「結局、ぼくのわがままは大罪であることにはかわりないんだ。それも覚悟したうえだから、なにも文句なんて言うつもりはさらさらないんだけど」

「と同時に、謝罪や弁解もする気もない」

「誤るなら、最初からやらない」

「あなたという人が、すこしわかってきたかもしれない」駿河少尉が珍しく笑った。「それで、その世界地図を盗んで、あなたはなにをしようとしていたのです」

「フィラメントを突き抜けるのさ」

「フィラメント……」観月と駿河の、疑問の声が揃う。

「うん。フィラメントってのはね」と口にしながら、ジュリエットはこりもせず、また湖の水面を歩き始める。「説明すると長くなるけれどう」

「それは、システムかなにかの名称か」

「いや、ちょっとちがうかな」

「あの、ジュリエット」

「なんといったらいいかなあ」

「おーい

「うーんとねえ」と唸りながら、どんどん湖を歩いて、観月らから遠ざかっていく。

 見守る男二人。

「えっとねえ」振り返って、ジュリエットはニカッと少年ぽく笑った。「脱走ぅ」

 腕を振って、全力で走り去るジュリエットの後ろ姿は、すぐに霧の中に見えなくなっていった。

「逃げたぁ」観月の叫び声は、早朝の鶏よりもやかましかった。

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