chapter 7
7
「さあて、まずは小手調べじゃ」モーガンが巨大斧を振りかぶる。
「いいえ、こちらが先手ですわ」
ジュリエットががつん、と踏み込みヒールで敷石を砕く。かと思えば、その細かな破片をサッカーボールのようにシュートすると、空気を焦がしながら灼熱の石つぶてとなってモーガンに射出した。
「単純な質量投擲スピル、短距離フラグメンテ〈レッドストーン〉、ですわ」
細かな破片も含めれば十数はある、それら投擲を、モーガンは両腕をクロスさせて防御した。
「どんどん色んな技を見せるな」観月は歓喜の声で呟いた。
「たしかに、正式兵装版は伊達ではないらしい。しかし、有効手ではありません」駿河少尉が冷静に分析する。
事実、モーガンは防御を下ろすと、不敵な笑みを浮かべているだけだった。
「これが灰炎のジュリエットの魔法かの。揚げ物料理でちと油が手にはねた程度だわい」
「あらあら、これは新しく実装したスピルを試したに過ぎないご挨拶がわりでしてよ。わたくしとてやはり、近接戦が本分ですもの」言うとジュリエットはなにもない空間に手を伸ばし、〝それ〟をぐっと引き抜いた。
ジュリエットのためだけに作られた灼熱色の刺突武器。
「ジュリエット・レービア、ですわ」
ジュリエットが決めポーズをとった瞬間、モーガンが一気に攻める。が、その歩方が実に妙だった。まるで床を滑るように距離を詰める。
ジュリエットは追撃するつもりであった――、が相手の踏み込みのタイミングを見誤り、モーガンの大ぶりな斧の一撃をバックステップで回避に急変更する。
「ええい、やりにくい――。いえ、やりにくいですますわ」
「どうしたんだジュリエット。あの大斧が、そのスマートウェポンってやつの効果なのか」観月の疑問に、隣の駿河が推論を口にする。
「おそらくですが博士、仕掛けはむしろ鎧のほうでしょう」
少尉の推測はおおむね合っていた。
特別観覧席からフィディーリが見下ろす。
「灰炎のジュリエットよ、スマートウェポンの神髄はこれだけでないぞ。その程度で苦戦しているのならば、モーガンを出すまでもなかったか」
「ふん、種はわかってますことよ、フィディーリ代表」
「しかし、対処するまでにはいたらぬ見える」すると、モーガンの両足を保護する鎧・グリーブが目に見えぬほど小さな粒子となって分解した。しかしよくみれば、肩から上腕までの防具・リアプレスも消失していることに気づくだろう。
モーガンは言った。
「グリーブとリアプレスをリリースし、わしは〝大鷲のグディリアス〟を召還する」
「――しまった、ですわ」とたん、ジュリエットの体勢が揺らぎ、彼女は崩れ落ちるすんでのところで足を踏ん張った。
なんと、どこからともなく出現した大鷲の像がジュリエットの肩に止まっていた。小顔のジュリエットよりもあたま一つ分は大きく、その重さは彼女の苦悶の表情から察するほどだ。
「こ、ん、な、ものー」ジュリエットがシャンプーのコマーシャルに出てくる女優さんのように髪を宙に振る。すると生まれる焔の素。「爆ぜろ、フロギストン」
指を弾き、ジュリエットは自分ごと爆破する――、が。
「はっはっは。その程度でどうにかなるサイキックマターではないわ、灰炎のお嬢ちゃん」
粉塵と黒煙がジュリエットを包んでいる。
それが晴れると、頬を煤で汚したジュリエットが現れた。自爆覚悟の策も効果はなく、彼女の肩に居座る大鷲には変化はみられない。
ジュリエットは片膝をついた。
「ええい――」
だが、わずかだが大鷲にもダメージはあった。それでも目をこらせば理解する。欠けた鷲の像が、時間を巻き戻すように修復されていくことに。
「そうか……、モーガンとやらのスマートウェポンは、いわゆるプログラマブルマターの一種か」観月博士が真相に達した。
「プログラマブル、マター……」駿河少尉が尋ねる。
「名前のとおりさ。金属分子を連結するほどのメムスが、マクロな構造物としての金属機器の物性や形状を変化させる。まさにプログラム可能物質ってことだよ」観月の心の中は、嬉しさと悔しさが半々でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。「俺らの世界でも開発中だけど、ご老人のスマートウェポンには遠く及ばないおもちゃみたいなレベルだよ」
「ほほう、よう理解したの、第三世界のお兄ちゃんよ」モーガンが顎髭を撫でる。「そのとおり、我が世界のAI技術の神髄は、なにも単に武器に仕込むだけにあらず。この鎧は、アンドヴァラアナウトという微少なAI素子と金属との合金で仕立ててある。お嬢ちゃんの肩にのった鷲は、鎧の形状から分子レベルで分解、再構築して取り付いた、というわけじゃ。むろん、鎧として着込むことで、身体能力強化という側面もあるがのぅ」
「ジュリエット。余裕がないのはわかるが、余裕があったら破片でもいいから回収してくれ」観月博士が片膝をつくジュリエットに無茶降りする。
「ちょっと博士、それはさすがに酷な命令だよ」
「なんなら片にのってるその鷲そのものでもいいよ」
「もう、博士ったら、あたらしい技術を目の前にすると我を忘れるんだから……」ジュリエットが顔を顰めながら、ゆっくりと立ち上がる。「じゃなかった。お忘れになるんですからっ」
「ほほう……、まだやるか」モーガンは顎髭を撫でる。
「まあね。動けなくたって、飛び道具はいくらでもあるんですから」ジュリエットが右足を踏み込み、鍵を閉めるようにきゅっと足首を捻る。「〈Hハープーン〉対地飛翔体、ですわ」
ミランダ戦でも使用したスピル、垂直発射型降下砲である。
焔の矢が上空に射出し、モーガン目がけて急降下――。のはずだったが、老獪の経験値が第一世界の魔法使いを上回る。
モーガンが叫ぶ。
「〝大鷲のグディリアス〟の効果発動。装備された敵機の攻撃対象を任意に移す」
ジュリエットに取り付いた大鷲が彼女の肩をぐっとを押す。スピル発動の直前に体勢を崩した彼女は、攻撃目標を見誤る。
「しまった――」ジュリエットが観月・駿河を振り返る。「そっちいった。避けてぇー」
「はぁあなんだって――ッ」
観月が驚愕の雄叫びを上げるよりも早く、駿河少尉が観月の上着の襟を掴み、引きずるように舞踏会を駆けた。
五本の焔の矢が、彼らが一瞬まえまで存在した空間に次々と着弾する。
「ひぇええー」観月が身を震わせながら悲鳴をあげる。
最後は二人とも、野球のヘッドスライディングの要領で地に伏せ、爆風から身を守った。
「観月博士、適正体重に落とす努力を進言いたします」
「そ、そうするよ……」
二人の無事を確認したジュリエットの安堵は一瞬だ。
すぐに視線を狡猾な老人に移し、ピンヒールに突進のための予備点火する。
「やってくれましたですますわ。ピンヒールブースト、イグニッション」戦闘機のようにバーナを噴出し、ジュリエットは得意のレーピア戦を仕掛ける。
ジュリエットは舞踏会場を強烈なアフタバーナで焦がしながら、滑るようにモーガンに突撃する。
「懲りないお嬢ちゃんだ」
モーガンは再度――正確にはAIが戦況を理解し自動で――ジュリエットの肩の〝大鷲のグディリアス〟が重さを加える。
とはいえ、肩の異物が邪魔をするのをはじめから想定しているのなら話はちがう。
「右に傾くなら左側の出力を上げればよろしっ――、ですことよ」
ジュリエットは肩が地面に付くすれすれの姿勢を維持したまま、それでも構わずモーガンに突進。
「なんと――ッ」
ジュリエットの突き上げるようにレーピアを一閃に、モーガンはたまらず大斧の柄で受け止める。
弾き返されたジュリエットは、ピンヒールブースタの勢いを殺さず舞踏会場を円形に滑走する。ここで、彼女はまた一つ気がついた。
モーガンの豊かなひげの隙間から、緩んだ口元が覗く。
今度はモーガンの鎧――サイキックマター製――の胸当てが消失していた。
「鈍感といういうか、懲りないお嬢ちゃんじゃ」モーガンが頬を人差し指で掻く。「アーマをリリースし、〝大食らいのアーヴィラガス〟を召還」
ジュリエットはブレーキ替わりにレーピアを地面に突き立て停止する。
右足首から腿に掛けて、銀色の大蛇が巻き付いていた。ずっしりと重く、関節を曲げることもできない。それだけでない。その力は徐々に増し、右足を引きちぎらんばかりに締め上げていく。
「ぐぁ……」たまらずジュリエットが苦悶の声をあげた。
「辛いかの、お嬢ちゃん」
「へっ。これが辛いだって。恋人が捕らわれた辛さに比べれば――、ってその設定はこの間だばれちゃったんだよね。うーんと、次はなににしようか……。えっと、とにかく、我が覇道の行く手を阻むもの何人も容赦せぬ……、ですわよ」
「かわいらしい顔をして、その実、中身はなんとわしより頑固ときた。イモー――、ではなくフィディーリ代表」あやうくフィディーリの本名を言いかけて、モーガンは上官に指示を仰ぐ。「よろしいですかな。このまま捕獲……、ということで」
「ほう、これはずいぶんな展開だな」白衣姿のドクタ・プロスペロが他人事のように囁いた。
焦っているのは、剣の王子様だけだった。
「フィディーリ殿……」ハムレットは――威嚇ともとれる――低い声で言う。
「陽動の目的は承知しております。が、我が配下の方が優秀だったということで」フィディーリが口元を緩ませる。
「ジュリエット、しっかりなさい」叱咤激励するのは、意外にもコーディリアだった。「これでしまい。はっ、それではまるで、〈エレガントキメラ〉が劣っているようではありませんの」
コーディリアがフィディーリをはっきりと見据え、気の合わぬ女子同士の視線のやり取りを交差する。そこには、さすがのハムレットも隙入る余地はなかった。
「勝算もなしに、銀河舞踏会に参じる赤の魔女ではありませんでしょう」コーディリアは冷たい瞳で、しかしある意味戦友よりも信頼を寄せてジュリエットを鼓舞する。「フィディーリ代表。貴公も、捕獲などするつもりがないのなら、出し惜しみなどせず、きっぱりと全力であの女をたたきつぶしてしまいなさいな。レディ……」最後の『レディ』の単語は、フィディーリへの挑発とも皮肉ともとれる言い方だった。
これに対し、フィディーリは悪夢の王女に応じる覚悟を決めた。
「そうですね。コーディリア姫のおっしゃるとおり」フィディーリが部下に指示を出す。「モーガン」
その一言で老獪は理解した。
「よろしいのですな。ならば」モーガンは全身の甲冑、さらにジュリエットに寄生する肩と右足の拘束、〝大鷲のグディリアス〟と〝大食らいのアーヴィラガス〟を分子レベルまで分解する。
「すべてのリソースを捧げることにより、わしは最大戦力を召喚する。獲物を追えば狐のように敏捷で、餌食を前にすれば狼よりも獰猛な鋼の大熊――。アヴァロン・デザイン、ベレリアス」
顕現したのは、自然界には存在しないほど巨大な大熊。
さきの戦闘で対峙した、R2状態のエドマンドすら凌駕する巨体である。
「さあ、いつもの大技を放つがよい。灰炎のお嬢ちゃん。どのみち、氷結の焔塊にはシールドは張ってあるうえ、このベレリアスも立ち塞ぐ。なにかできるとも思わんがのぅ」
「せっかくここまでぼくを追い詰めたってのにね。油断したのが運の尽きだよ。……ですわよ」ジュリエットは拳を胸に叩く。「集いませませ、狂熱の焔」
呼ばれた光がジュリエットの拳に集中する。
すると生まれる、彼女の新たな焔の矢。
「銀河の衝突――」
「ふん。さあ、こい」モーガンは、大熊のベレリアスを氷結の焔塊を守るように立たせる。
そこにジュリエットは、飛び上がった。
「なにを――」
「スター・ラヴバケーション」
二本指で銃を作ると、蓄えた大量の焔を解き放った。
「そうか、ベレリアス――ッ」モーガンはジュリエットの狙いを読んだ。だから強大無比な威力を持つスピル、スターラヴバケーションを正面から受け止めた。
巨大な熊が、まるで天から地上を砕く隕石を食い止めるかのような光景。
さしものサイキックマターも修復が追いつかず、燃えかすとなって剥がれ朽ちていくのが見て取れた。
轟音と灼熱の熱風が舞踏会を席巻する。
「これが狙いか――、灰炎のお嬢ちゃん」
「ああ、そのとうりだ。氷結の焔塊に張られた光学防壁はしかし、〝その接地面を砕いてまでは保護できない〟ってね――。ですわ」
ジュリエットの狙いは正しかった。
イノヴェーションズが氷結の焔塊をジュリエットに回収させないため、光学防壁〝アマデウスの盾〟によって四方を厳重に保護するも、正しくは『床よりも上部のみ』なのである。
つまり、アマデウスの盾を突破できずとも、床を破壊し、防壁ごと氷結の焔塊を持ち去ることは可能である。たとえるなら、金庫の分厚い扉が壊せないなら、金庫ごとお持ち去ろう、という窃盗犯の手口のようなもの。
そのため、モーガンは奥の手のベレリアスを、ジュリエットの主砲を真正面から受け止めるほかなかったのである。
「絶えろ、ベレリアス――」
猛烈な空力加熱によって、渦を巻くような熱風がモーガンを暴力的に撫でる。
肌を焦がすほどの熱線を至近距離で浴び、なおも彼は、まさにインパクタと立ち向かうベレリアスを最後まで見守った。まるで強大なチャンピオンに挑戦するボクサのセコンドのように。
だがそれもむなしく、ジュリエットが放ったスターラヴバケーションが舞踏会の床に衝突した。
衝撃波で吹き飛ばされたモーガンが顔を上げると、黒煙のなか胴体に大穴を開けたベレリアスの姿があった。大熊は形を保てず、粉雪のように躰を崩れ去っていった。
「ベレリアス……」モーガン老人の悲しげなささやきだった。
だが、その勇姿は無駄ではなかった。
「ちぃ――。浅い……、ですわ」ジュリエットが空中から着地する。標的として氷結の焔塊の、その手前に巨大なクレータができあがりはしたが、肝心の光学防壁は未だ万全の状態で設置されている。防壁ごと持ち去ろう、という算段は失敗に終わった。
「最後の仕事じゃ」モーガンは目に力を取り戻す。「ベレリアスの効果発動。〝大熊のため息〟」
モーガンは、ベレリアスを構成するすべてのサイキックマターをガス状にして舞踏会場にちりばめた。
会場は、たちまち雲のなかのように真っ白い霧に包まれた。
「撤退、か……」ジュリエットが疑問系で呟く。
銀河舞踏会の情報崩壊がはじまりつつある。
天井の銀河が緩やかにだが、まるで早送りの天体動画のように動き出した。
それにしても……、
「なにかが、おかしい」
ジュリエットは違和感を覚えていた。
「狙いはこれだったんだね」観月が横に並んで言った。
「地面からえぐって、防衛装置ごと回収……、ですか」駿河少尉が続く。「しかし、そもそも、あれだけ巨大な物体をどうやって運び出す算段だったのですか」
「あっ……」ジュリエットが硬直する。
「考えなしだったんか……」観月の額に脂汗が浮かんだ。「でも、帰還の際、ジュリエットが作るハゴロモと同じ門を、あの氷結の焔塊の下に作って、落とし穴の要領で持ち帰れないのか」
「マクロな物質が邪魔をして、ミュセドーラスが通信できない。だから、こういう――」
ジュリエットはなにもない空間に輪を描き、そこに通常空間へと繋がるゲートが開く。
「こういう場所でしかゲートは作れないんだ。それに、ぼくが作れる三次元プレパラートは人間サイズだ」
「三次元プレパラート」観月は首を傾げるが、なんとなく納得したようである。「そうそううまくはことは運ばない、か。さあ、こっちも撤退しよう。長居は無用だ」
観月が一番手にゲートを潜った。
「なにか引っかかりますか、ジュリエット嬢」
「少尉も」
「ええ。しかし、反省会は戻ってからです」
「うん、そうしよう……」
次に駿河がゲートを潜り、自分の世界へと帰還した。
晴れない白煙のなか、最後に残されたジュリエットは考えていた。
なぜモーガンは戦況が決定したあとで、このような煙幕をつくったのか。
なにか狙いがあって……。
思い出せば、モーガンはいったん有利になったとき、代表のフィディーリに伺いを立てた。
――よろしいですかな。このまま捕獲ということで――
そう、そんなことを。
ドクタ・プロスペロはいつもどおり、いっさいの表情を変えず舞踏会を見守っていて、ハムレットはモーガンの――、正確にはフィディーリに異を唱えていた。コーディリアは祖国の矜恃から、ジュリエットの敗北を認めようとはしなかったが、真意はそれだけでもなかったようにも見える。まるで責務を果たせ、と予定調和を崩そうとする協力者への糾弾ともとれる発言だ。
そして、パックは……、
はっとなって、ジュリエットは自分の愚かしさに頭を殴ってやりたくなった。
「パックが、いないッ」
「ここにいるよぅ」
びっくりして背筋が凍る。
彼女の腰に両手を回し、ぎゅっと抱きついた少年は、ただ悪戯好きの好意によるものではない。彼はライトグリーンの瞳を邪悪に輝かせ、口の端だけを持ち上げて笑った。
「さぁあ、ダークファンタジへようこそ」
「パック――ッ」
ジュリエットは、邪悪な妖精パック・ロビン=グッドフェロウに、引きずられるようにして第三世界へのゲートをともに潜っていった。




