chapter 4
4
「おっじゃましまーす」
「おばさんこんばんはー。お久しぶりです、覚えてますか」
予期せぬ来訪者の登場に、娘の帰りを待っていた天宮母は目を丸くした。
「なんか、ついてきちゃった……」羽衣は苦笑い。しかし母は、優しげににっこりと微笑んだ。
「お二人とも、今夜は食べていくでしょう。羽衣、準備できるまでお部屋へ案内して」
「やったぜー」遠慮ないジュリエットはもはやその気である。
「羽衣ちゃんのお部屋は二階なのぉ」空気を読まないウェスカーは、勝手に部屋を案内する。
「ちょーい。ってまったくもう……」
状況に置いてけぼりなのは羽衣だ。どうやら母は心から歓迎しているようだし、友人二人は――たぶん遠慮というものを知らないから――素直に喜んだ。
部屋にあがると、マイペースな彼女たちが感動の声をあげる。
なにがそんなに嬉しいのかはわからない。
「中学いらいー。部屋いっぱいに羽衣ちゃんのにおいー」ウェスカーはラジオ体操のように深呼吸。
「やめなさい」
「せまーい」ジュリエットは部屋に入るなり、速攻でベッドにうつぶせで飛び込んだ。
「これが標準的な広さです」
羽衣の部屋は小物が多い。基本的に物を棄てられない性分の彼女は物がたまる一方なのだが、整頓しているため散らかっているようにはみえない。
「ねーねー、二人っていつごろからお友達なの」ベッドに横になり、足をばたつかせながらジュリエットが尋ねる。
「えー、それはねぇ」両手を頬に添えながら、なぜか顔を赤らめるウェスカー。
「中一のとき、この子が転校してきたのよ」
「チューイチって。テンコーって」
「十三のときに、同じ学校に移籍した」羽衣が翻訳する。
「なるほどなー」
「羽衣ちゃん、アルバムあるー」ウェスカーが余計な提案をした。
「ええぇ、見るの……」
「なになに、アルバム」ジュリエットがむくっと身を起こす。
「ほらぁ、ジュリ恵が反応したじゃない」
「むふふ、観月君も写ってるよ」
「見たい見たい」
「まぁったく。ごはんできるまでよ」しぶしぶだが、羽衣は中学校の卒業アルバムをクロゼットから引っ張り出す。「ほらよ」
わーと喜んで、ジュリエットとウェスカーは床に広げたアルバムをのぞき込む。
「えー、どこにうぃー写ってるの」
「うーん。まずは若かりし中一のころから。あっ、ウチ発見。若いわー。いまも若いけれど-」
「えっ、どれどれ」
「ここー」
「三つ編み。いまより子供っぽいね」
「三年もまえだから」羽衣の呟きは、二人には届かない。
「ちなみに、これが観月君」
「ぷー、お腹いっぱい。かわってない」
「しゅごいよねー。このころから立派なお腹してたんだもーん」
「あー。これ、うぃーと博士、一緒の写真だねっ」
「だからねによ」羽衣がそう言うと、二人が同時に振り返る。「いいじゃんべつに。三年間ずっと同じクラスだったんだから。同じ写真に写るんだって必然でしょーに」
「もう、羽衣ちゃんはいつだって観月君のことになると照れるんだから」
「て、照れてないし。あのデヴがなんだってのよ」
「だってー」
旧知の親友のじゃれあいを横で眺めていたジュリエットが、その手の話には案外疎いにもかかわらず察して言った。
「そっか。うぃーって、博士のこと好きなのね」
「ちがうよ」
「えっ。なんでそんなに必死になの」
「なんでもよ」
「博士、いい人じゃん」
「趣味じゃない」
「趣味」と首を傾げる。
「もう。わたしにはすてきなおじさまがいるんだからー」
羽衣が頭を抱えたちょうどそのとき、階下から母が三人を呼ぶ声が聞こえた。
その後はごく普通の、ちょっといつもとちがう夕食になった。
食卓にはいつの間にか帰宅していた父・天宮医師が座っていて、母、娘の三人のホームパーティは、マイペースな二人の友人によって、ずいぶんと賑やかになる。
天宮医師は口数が少ないし、母はにこやかだが、多くは聞き役だった。天宮家では娘の羽衣がいつも話し手だが、今夜はもっとおしゃべりな友人が二人もいるから、会話が絶えることはなかった。
食後のお茶を飲み干して、うるさい友人達はやっと帰る気になったようだ。
天宮医師が車を出して二人が乗り込む。
ジュリエットは車の窓を全開にして、見送りの羽衣に声を掛けた。
「ごちそうさまー。また明日ね」
「明日ねー」ウェスカーはその隣から手を振っている。
「さっさと帰れ」
頃合いかと見計らった天宮医師が、車を発進させる。
羽衣はテールランプを見届け、妙に疲れた夕食の終わりに安堵した。
「はー、なんか疲れたわ」
「羽衣」振り返ると、母が玄関から手招きしている。
なにかと思い近づくと、母が言った。
「おじさまからプレゼント、届いているのよ」
髪の毛が逆立つほど、羽衣は胸の中心から沸き満ちていく感情を自覚した。
プレゼントはそっと母がよけていて、友人が帰宅した後そっと居間に移していた。それは一メートルほどの高さの段ボールに包まれている。
焦る気持ちを抑えつつ、梱包用のバンドとガムテープをカッタで切断する。
そうやって外装の段ボールをはぎ取ると、やっとプレゼントの全貌が露わになった。
「すごい……」思わず息をのんだ。
Lアロセス社製大口径望遠鏡――。価格は四十万円を超える一品である。とても高校生には手が出ない本格仕様。重量があって屋外への持ち運びには不向きだが、設置場所さえ確保できるのならば、お値段以上の満足を得られること間違いない。
プレゼントにはレターが同封されてあった。
羽衣は破かないようそっと封のシールを剥がして目を通す。
――遅くなったが、高校入学おめでとう。アンド、十六歳の誕生日おめでとう。
外に出掛けるのもよろしいが、こいつなら部屋のベランダからでも充分だ。
いつだってきみの自室は天体観測所なのだから。
「おじさま……」恋する乙女のように――、もしからしたら本当に恋心を抱いているのかも知れない羽衣は、まだ見ぬ紳士にハグする代わりに、そのレターを胸に抱いた。




