chapter 2
2
羽衣が興味もなさそうに、その立て看板の文字を読み上げた。
「でー、ここがその、『占いBBAの館』」
「占い馬場ね」
羽衣、ジュリエット、ウェスカーの三人がいるのは、市の商店街の一角。半地下へ続く階段の先で経営しているらしく、小さな立て看板に怪しく『占い馬場の館』と書いてある。料金は十五分で二千円。一般的な高校生――否、興味の無い高校生にはお高い料金かもしれない。
「館じゃないよね」ジュリエットの的確なツッコミ。
「ブランド名みたいなもんじゃなぁいのー」ウェスカーの舌足らずな解答。
「まあなんでもいいけど。え、本当に行くの」この後に及んで乗り気でない羽衣は、対照的な二人を前に怖じ気づく。
ジュリエットなど、すでに階段を三段下って待っている。
「行かないのー」
「あたし、占って貰いたいこともなんもないし」
「こないだのぉ、『羽衣伝説』の資料はどこにありますかって占ってもらったほうがいいんじゃなぁい」
「それならいっそ、馬場さんに『羽衣伝説』の全貌そのものを尋ねるわ。ジュリ恵は。なんかあるの」
「あっ、ぼく『シャンデリアの壊し方』について」
「凶器準備集合罪。ウェスカーは」
「職場環境の改善について」
「労基行け」
「レディゴー」ジュリエットが期待ワクワクで、先陣を切って階段を下った。
さて、店内は羽衣の想像と真逆の雰囲気だった。怪しげな空気で曖昧な占いをカモフラージュするものばかり決めつけていたが、明るく清潔感のある店内はこじゃれたカフェのようだった。
受付には普通のスーツ姿の若い女性がいて、にっこり営業スマイルをして出迎えた。
「いらっしゃいませ。三名様ですか」
「はい。仲良し三人組です」ジュリエットははきはきと答える。それに対して、ウェスカーはなぜか尿意を催したようにもじもじと照れる。どこに照れる要素があるのかはわからない。
二人に任せてもお店の迷惑になりそうだから、羽衣が代表して答えることにした。
「あーいや。あたしは付き添いで、占って貰うのは二人なんですけど。三人一緒でもいいですか」
「はい、構いませんよ。そういた方達も多いので」
羽衣の怪しげな先入観は的外れのようで、悪い意味で期待外れを感じた。むしろ予想通り、おどろおどろしい空気を醸し出していたほうが、ホラーハウスのようでおもしろかったのだが。
三人は二人分の料金を支払い(合計三十分コース)、奥へ通される。
部屋を仕切るカーテンを潜ると、六畳ほどの部屋に円卓が置かれ、正面に紫色のセンスゼロのTシャツ姿の、年齢六十ほどのおじさんが待ち受けた。
(あっ、やっぱり怪しかったです……)
羽衣は心の中で呟いた。
「こんにちわー。占いお婆さんですかー」
「おばちゃんじゃないんですねー」
天然な二人は、躊躇なく思ったことを口にした。初見で失礼な一言を発しないとどうにかなる病気なのかもしれない。
「よくぞこられた。若い娘子らよ」おじさんの声色は、たぶん無理して低い声を出している。
なんか、勇者を出迎えるラスボスの魔王のような感じだ。
三人は占い師のおじさんの前に座る。羽衣が真ん中で、両脇にジュリエットとウェスカーに挟まれる形だ。
さっそくジュリエットがエサを前にする犬のように笑顔で食らいつきはじめる。
「えっと、ぼくの専門は双数計算幾何学なんですけど、余剰化するにあたって効率的な解法とかご存じありませんか」
「うむ。宇宙についてだな」
「ちがいますよ」
「人はとかく科学の力ですべてを知りたがるが、それだけが唯一の術ではないのだぞ」
「科学でないものは、ふつう非科学っていいますよね」
「あらゆる生命には善きエナジィが詰まっておる。我々は、このエナジィを読み取ることで、どのような道を進めばよりよくなるかを示すのだ」
「読み取れるんですよね。エナジィがあるんですよね。その方法を科学っていうんですよね」
意味不明なやり取りをする友人に、羽衣は小声で耳打ちをする
「あんた全否定しすぎよ」
ジュリエットは笑顔のまま、小首を傾げた。
天然ってのは怖いわ、と羽衣は思った。こういう商売の人も、まったく信じない人やクレーマなどよりも、ジュリエットのように素で正面衝突してくる人種のほうがやっかいだろう。
「ではお二人とも、こちらに基本情報の記入をば」
ジュリエット、ウェスカーは渡されたタブレットに素直に記入をはじめた。
最近の占い屋さんは電子機器を使うんだ、という変な残念感。
ジュリエットは小声でぶつぶつと呟いている。
「駄目だ。反応しずらい。指が乾いているからかな」
(それウチの母ちゃんと同じや……)
いそいそとタブレットをタップする友人達を橫目でちらちと眺めつつ、羽衣はその合間に軽いジャブを放ってみた。
「あのー。こういの、わたしあんまり肯定的じゃないんですが」
「必要なことです。とくに若いうちは。あなたも、お悩みですな」
「悩みにことかかない年齢ですから」
「あ、ぼくは恋人が冷凍食品状態なんですけどー」
「なんなりと」
「いや、わたしは付き添いで――」
「それも余計な人まで一緒にです。まとめ買いしたお肉がくっついて必要分だけ解凍する主婦の技ってご存じですか」
「三人で三十分です。料金は、あとでご友人に払い戻せばよろしいでしょう」
「それも、まあありかも……」
「で、そのまえにバリアがあって、あっ、冷凍庫の底に水がたまって凍っちゃったみたいな」
「ジュリエットあんた横から口挟まないでくれる」
またジュリエットは笑顔のまま小首を傾げた。
羽衣は仕切り直す。
「えーっと。で、ですね。白昼夢っていうか、なんか巫女さん的な女の子の夢を見るんですけど、夢占い的にどういう意味があるのかなーって」
「ほう」占い師のおじさんは、興味深そうに頷く。「その巫女とやらは、なんと言っておられましたかな」
「なんとも……。あ、そーいえば『思い出して欲しい』とかなんかそんな気がしなくもない」
「顔に見覚えは」
「ありませ――」言いかけて、羽衣は自分の想像に恐ろしさを覚えた。
わたしに、似ている――。
「はい、できました」ウェスカーが自信満々でタブレットを提出する。
「ウチ、結婚できますか」ウェスカーが尋ねる。
「うむ。これを見よ」占い師は、タブレットを何度かタッチして見せる。
(ってアプリかーい)
羽衣の無言のツッコミに、だれも気づかない。目を見開いて両サイドの友人に訴えるも、まったく疑問にも思わないらしい。
「すでに思いを寄せている人物が職場にそばにおるでしょう」占い師のおじさんは、ぬけぬけとそんな当たり障り無いことを言う。
「職場じゃなくて学校です」たまらず羽衣が指摘する。
「恋愛成就」ウェスカーは目を輝かせて喜んでいる。
「仕事運は上々」
「学業成就ですよね」さらにツッコミ。
「ただし」と占い師は前置きをして、「命に忠実にあること」
「あ、はい。それはもちろん……」急に小さくなるウェスカー。
「あんたバイトでもしてたっけ」
「具体的にだれから好意を寄せられているんでしょうか」
「うーん、施設科の梶上等兵あたりかの」
「めちゃくちゃ的確――ッ。ってか名指し――」羽衣が白目をむく。
「マジでッ」机を両手でバーンっと叩いて、ウェスカーは立ち上がる。
「落ち着けウェスカー」
羽衣が興奮する友人の背中を『どうどう』とさするなか、隣のジュリエットはマイペースにまだ入力中である。
「年齢、四十七歳――っと。いや十五歳にしようかな」
(聞こえんふり、聞こえんふり……)ツッコミに疲れた羽衣は耳を塞ぐ。
「できました」やっと入力を終えたジュリエットがタブレットを返す。
「えーっと、なになに……」タブレットを受け取った占い師は、やはりアプリを起動し、熱心に読み込んでいるようだ。
それにしても……。
なにか妙な臭いがする。
嫌な臭いではない。
タバコの臭いや、体臭などではない。病院の臭いというのがしっくりくるような、そんな臭いだ。
どこかで嗅いだことがあるような、ないような。
羽衣は確かめるように、鼻でゆっくりと空気を吸った。
ぼんやりするような気がする。
「では、えー、赤毛のお嬢さん。こちらを耳に」占い師が取り出したるはオペレータのような片耳のヘッドホン。
ジュリエットは素直にヘッドホンを耳に掛ける。
「オッケイでーす」
「うむ。えーっと。お嬢さんのお悩みは、なんだったかな――」
ジュリエットの目が見えない。燃えるような赤い髪が顔にかかっている。
反対側のウェスカーは頬を若干赤らめて浮かれている。
彼女は言った。
「世界から、追われています」
「ジュリ恵……」
口調がちがった。
なんというか、すこし、ふだんの彼女よりもゆっくりとしたペースで、寝ぼけているような感じだ。
「あなたも恋煩いですかな。して、本当に助けたい人は」
「ぼくが助けたいのは」
「ジュリ恵……」
「ロ――」
ジュリエットは、鍵盤に指をおくピアニストのように、優雅に両手を動かす。しかし、その動作はピアノの演奏ではなく、なにかしら目的ある行為のようだ。
視線は真っ直ぐの様子。
頭が動いていない。
ただ手だけが動いていて、突然始まったジュリエットのパントマイムに困惑しながら、羽衣はその意味を理解した。
左手でなにかを押さえ、右手はそれより少し高い位置から、輪に掛けたような人差し指の形で、そっと角度をつける。
「お茶を、注いでいる……」
「一番、助けたい人は」
再度、尋ねる占い師の言葉に、ジュリエットはこう、答えた。
「一番は……、ジュリエットです」
羽衣は異常を察して、ジュリエットの肩を強く揺らした。
「ちょっとあんた、なんかおかしいよ」
ジュリエットは目を見開き、首だけを動かして羽衣を見る。
「ぼくはなにを言ったんだ……」
「自分大好きってことは、もう知ってるから」
「いやそうじゃなくて……」
「あー」とウェスカーが大声を上げる。
今度はこっちの天然娘か――、と振り返るとウェスカーが眉を垂らして、やってしまった……、と後悔の顔をしてた。
「お財布……、定期しか入ってない……」
あとはおみくじのような当たり障りない占いを告げられ、羽衣はただつまらない思いをするだけだった。
ウェスカーはたいへん喜んでいる。こういう彼女の性格は得だろうな、と皮肉ではなく思う。自分のような懐疑的な性分では、きっと彼女より人生の何分の一かは損をしているに違いない。もちろん、その分、安全側の道を辿っているのだろうけれど。
こうして、よくわからん占いBBA――、ではなく占い馬場さんのお店を後にする。
店を出て地上に戻れば、夕食準備の買い物客で賑わう、日常の商店街の光景があった。
なんとなく、不思議の夢の国から生還したヒロインの気持ちだ。
「なんか、すごく疲れたんだけど。どうだった」羽衣は二人の友人に感想を聞く。
「梶さんから気を持たれてるんだって、ウチ」とウェスカー
「知らんがな。ジュリ恵は」
ジュリエットはまだ、狐につままれたような顔をしている。手品を見せられて、どうしても仕掛けがわからない観客のようだ。
「大丈夫、ジュリ恵」
「うぃー。ぼくは……、ジュリエットだよね」
羽衣はバッグから手鏡を取り出して、ジュリエットに自分の顔をみせてやる。
「あんたは焔のような赤い髪の、世界一の美少女ジュリエット。でしょ」
ジュリエットが頬を緩ませる。
「うん。そのとおりだ」ジュリエットが元気を取りもどした様子だ。
「どうするぅ。まだどっかよってこっか」ウェスカーの提案に、羽衣は首を横に振った。
「ごめん。あたしきょうは早めに帰らないといけないのよ」
「なんかあるの」
「いやー、恥ずかしい話なんだけど……」羽衣は頬を人差し指で掻きながらよそを見て、「あたしの誕生日……」
「えー、いくつになったのー」
「いや十六だけども」
「お祝いしないと」
「ありがと。でも大丈夫。そのかわり両親が誕生日会開いてくれるから。もう高校生なのにいつまでもさぁ。こっちはお金だけもらえればそれでいいのにね」
「ははは……、羽衣ちゃんったら……」
「じゃあ行こっか」
「え、どこへ」羽衣とウェスカーが同時に首を傾げる。
「バースデイパティでしょ」ジュリエットも首を傾げる。
こうして、女子高生三人(?)が首を傾げたままで時が静止し、その世界で羽衣は冷静なツッコミを呟く。
「この話の流れで、どうしてそうなった」




