chapter 7
7
「やっぱり、なんか胃がむかついているぅ」ジュリエットは腹をさすっている。
「調子が悪いようでしたら、今夜は中止なさっては」駿河少尉が提案する。
「弱い胃だなあ。うまかっただろう」同じ物を食べた観月は平気そうだ。
起動中のハゴロモを前に、三人はとりとめのない会話をはじめる。作戦前によくある、緊張をほぐすための雑談だ。
「観月博士もさ、駿河少尉もさ、若いから平気なんだよ。どんどん脂っこいもの、食べられなくなるんだから。本当だよ」
来たー、と観月は絶好の好機を確信した。
駿河少尉が目配せしている。
観月は頷く。
「そ、そんな、俺らが若いって。いやいや、ジュリエットだって、中高生が年寄りなわけないだろうに。おかしなこと言うよなぁ、君ってやつは(まあいつもだけど)」
「チューコーセーって」
「中学生、高校生の略。つまり、十三歳から十八歳までのティーンエイジャを指します」駿河少尉が説明すると、ジュリエットは首を振った。
「なら、ぼくチューコーセーじゃないよ」
「というと……、歳いくつなんだ」
「気になるぅ」ジュリエットはおどけて口を尖らせる。
「すまない。悪いとは思っていたが、先日の、君が昏睡状態だったときの診療記録を見させてもらったんだ」
「あー。それで、小皺とか見つかったとか」
「肌はきれいだ。肌だけは。でも中身は違う。あと、ここの部分」観月が、自分の首元を人差し指でノックする。
「それね。それはさすがに内緒だ。でも年齢ならいいよ。べつに教えて減るもんじゃあないし。いや減ってくれたほうがいいのかな」
「いくつだい」
その想像を超えた返答に、観月はぽかんと口を開きっぱなしになった。一部始終をマイクで拾っていた司令室の宝亀将軍以下士官たちも、同様に固まった。
彼女の年齢は――、
「シジュウ・ナナ」
観月らに反応がなかったから、ジュリエットは親切に、もう一度答えてくれた。
「だから、四十七歳だよ」
「ちょ、え、冗談だよな……」
ジュリエットはくるりと回り、ビシっとポーズを決めて言う。
「ジュリエット・メアリ・キャピュレット。四十七歳、美少女です。ノウ・ウェイ」
なんとなく、場の空気が冷え込んでしまった。
言葉を発するのもためらい、雰囲気を掴まないジュリエットですら、なんとなく気まずさを感じたらしい。
三人は無言で光の中へ飛び込んだ……。
さて、まばゆい閃光を通り過ぎ、天地に銀河を敷き詰めた幻想的な舞踏会場に着地する。その周囲をぐるりと囲む観客席には、期待を裏切らないイノベーションズの面々が腰を下ろしていた。
舞台の中央には、前回のまま、ロメオとロザラインを凍らせる〝氷結の焔塊〟が存在感を放っていたし、天井にはシャンデリアに見せかけたジュリエット探査装置――ヴェステブルマルクシステム――が吊っていた。
観月は心配になってジュリエットの顔をのぞき込む――、が杞憂だったようだ。
ジュリエットは自信に満ちた顔で、冷静に会場を見渡している。
「こんばんわー、来たよー」
アポなしで遊びに来た友人のノリである。相変わらず緊張感の欠片もないジュリエットであるが、どうやら、今夜は敵さんも同様のようだった。
急に照明が落とされる。
舞踏会場は足元を確認できる最低限の光量に絞られ、つぎに、ボンッとスポットライトが満月のように照らされる。ホバーリングする茶碗型の乗り物にパックがいた。隣にはドクタ・プロスペロ。なんとなく眠たげな目をしていて、パックのハイテンションについて行けず、めんどくさそうにしている。歳の離れた弟に付き合わされるお兄ちゃんの図だった。
パックはマイク片手に、高らかに開会の宣言をした。
「レディス・エンードゥ・紳士達よ」
「紳士達……」観月の呟き系ツッコミ。
「お待たせしました。銀河舞踏会第七夜――いや八夜かな、うん、まあ、細かいことはさておき、ついにはじまります。エアリエル・ペロ、スペシャルエキシビション・マッチ。審判台、向かっては左側は〈超通信の世界スーパシー〉より、赤の魔女こと〝灰炎のジュリエット〟」
すると、スポットライトがジュリエットを照らす。
ジュリエットはわけもわからず、とりあえず愛嬌満面に両手を振った。
「どもー」
しかし、どこからとものなくブーイングの効果音が鳴る。
「えー……」
「お相手は、向かっては右側〈思念の世界テンペスト〉より、銀盤の天使こと〝女帝ミランダ〟」
拍手喝采の効果音が響き渡ると、空中からフィギュアスケータのような動きやすくも煌びやかな衣装を纏った金髪の女性が舞い落ちる。そこに装飾を施されたエアリエルが、彼女を追って滑空。その勢いを殺すことなく、女性はエアリエルに着地し、「ハアーイ」なんて愛想と手を振りながら会場をくるりと一周飛行した。
「いつもながら調子狂うけど、なんの余興だよ。なあ、ジュリエット――」と観月がジュリエットに理解の助けを求めると、彼女は目を輝かせて、躰を小刻みに振るわせていた。
「ジュリエット……」
「ミ……ミミミ――」
「ミ」疑問系で、小首を傾げながら観月と駿河が顔を見合わせた。
「ミランダちゅわーん」ジュリエットは目をハートマークにして、歓喜の黄色い声をあげた。
「ミランダちゅわんて……、おいっ」
くわっと血相を変えて振り返るジュリエットは力説する。
「知らないのかい、ミランダちゃんといえば、ミランダちゃんじゃあないか」
「いや知らんし……」早口で興奮気味のジュリエットに、なんとなく観月はオタクのにおいを感じ取った。
「説明しよう。エアリエル・ペロってのは、〈テンペスト〉発祥のスポーツとはいつか話したのとおり。そのスポーツのスーパスターがミランダちゃんなのです。なんと、十三歳にしてプロ転向後、現在まで五年間、ただの一度として公式戦で負けたことはないである。世界選手権最年少覇者にして三年連続の優勝、現世界ランク一位。〝シングル〟、〝クローバ〟、〝タートル〟のタイトルホルダ。〝フィギュア〟への転向も噂されるも本人は否定。しかし、過去、開会式のファンサービスで披露したフィギュアは、本職のスケータにも勝る美しさであった……。であった……」
歓喜に瞳を涙ぐませ、ジュリエットはミランダを崇高な天使をあがめるように見つめつづけた。
「ジュリエットって、こういうところあるよな。なあ少尉」
「いまさらですよ、博士」
ジュリエットと愉快な仲間達の反応はざっとこんなもので、当の本人――、女帝ミランダは、いまさら黄色い声を浴びせられるのも慣れた様子だ。
「赤の魔女さん、わたしをご存じ。光栄だこと」ミランダがエアリエルにスーッと空中を運ばれて、ジュリエットに近づいてくる。
「は、はい。大好きです」
「あなたが戦う理由なんて、わたしは知らない。知る気もない。ただ強ければそれでいいわ」ミランダが握手を求めて手を伸ばす。「せいぜいわたしを楽しませない、灰炎のジュリエット」
「こちらこそ、感激でござる」ジュリエットは、ぐっと両手でミランダの手を握り返した。
そこから数秒、ぎゅ、ぎゅっと手を握り続ける。
「あの、そろそろ……」
ぎゅ、ぎゅっ、と放さないジュリエット。
「えっと……」
ぎゅ、ぎゅっ、と。
「ええい。あなたいつまで握ってるのよ。ファンだからって、今夜は対戦相手よ。あと、握り方がなんか嫌らしいわ」ミランダが強引に手を放す。
「はぁ、この手はもう洗いませんぞぅ……」
「おーい、ジュリエット、キャラ変わってるぞー……」いちおう、親切心からツッコミをした観月である。
「ふんっ」ミランダはエアリエルに飛び乗ると、そのまま舞台の反対側へ飛んでいく。
「はい、ではでは。今宵の実況はこのぼく、悪戯好きな妖精パックと――」
「解説を押しつけらたプロスペロ……」
「で、お送りいたしまーす。試合形式は完全フリー。エアリエル・ペロといいながら、エアリエルを使ってもいいし、使わなくてもいい」
いいんかい、と内心ツッコむ観月。
「ミラミラの勝利条件は、ジュリジュリを無力化したのち我々第二世界にご招待すること。対するジュリジュリの勝利条件は、〝氷結の焔塊〟のお持ち帰り。両者、よろしいでしょうか」
「やることは変わりないわ。ただし――」ミランダが右手を真っ直ぐに伸ばす。「今夜は、これを使わせてもらうから。エーテル通信」
青白い閃光がほとばしると、そこに新たなエアリエルが一機、物質召還される。
美しい白銀の光沢を放つ、流線型のフォルムが特徴的なエアリエルだった。
「〝白銀のエアリエル〟。わたしが使うのはこれ一機のみ。あなたが前回相手した青銅のエアリエルよりも、もっとクールな機体よ。その使い手がこのわたしなら、どう。心躍らない」
「もちろん。わくわくドキドキで胸がいっぱいさ。いつも憧れていたし、いまも憧れている。エアリエル・ペロの選手になろうかって、本気で考えていた時期もあったくらいだよ」
「いまは、その夢をあきらめたのかしら」
「うん。もっとおもしろいものを見つけたからね。だけど、憧れの銀盤の天使を忘れたつもりはない。強敵を追い求め、そのさきにのみ到達しうる自己実現。そうさ、ぼくも君と同じ種族、戦闘民族ジュリエット・メアリ・キャピュレットだったってね。ライドー」
これは再演の拍手。
ジュリエットは情報という概念の兵装をダウンロードする。
頭の高い位置でくくった自慢の赤髪に、黄金のティアラがそっと乗る。
花咲くように広がるドレスには繊細な花の刺繍が刻まれて、羽織ったマントは炎のようにゆらいでる。
ヒール紐は白い腿までリボンのように結い合わせ、オトナセクシーに演出した。
瞳の星はやっぱりおまけ。
そして決まりのセリフで締めくくる。
「不屈の光は赤の焔。魔法男子、ジュリエットPM。バージョン1.02」
「ワンゲームかぎりのベストマッチ。ミランダ、サービス。トゥ、プレイ」
パックの開会宣言の、その瞬間――、ミランダの白銀のエアリエルの先端が光った。
ジュリエットの足元が轟音を上げ爆ぜる。
エアリエルの砲撃だ。
身を翻さなければ直撃していた。
だが驚愕は連続で襲いかかる。
「よく躱した、灰炎の――」
背後から女の声。
「ミランダ――」
上空から振り下ろされるミランダの足技。ブーツは特別製で、ブレードが装備されている。
ジュリエットはそれを、空中に半円を描くように空間を蹴り、そこに焔の障壁をつくって防御した、が――。
ミランダが釣れた、と言わんばかりに不敵な笑みをこぼす。
「しまっ――」
ジュリエットは失念していた。
上方から強襲するミランダの死角となって、床から這うように白銀のエアリエルが襲いかかる。
肉薄するエアリエルを眼前に、ジュリエットは一瞬を永遠に引き延ばすほど集中力が極限まで高まった。エアリエルの機動を予測。冷静に、腿から腰へ、腰から胸へ。順に躰を捻り、紙一重――、否、背をかすめてエアリエルが猛スピードで飛来して通り過ぎた。
そのまま、旋回、
ターンオーバ。
ジュリエットはピンヒールブーストを点火させて、ミランダから距離をとった。
喉を詰まらせ、ジュリエットは肩で呼吸する。
忘れていた冷や汗が、たったいま首筋を流れた。
冗談抜き、開始一秒未満で負けるところだった。
「ミランダちゅわん、手強すぎてワロれない……」
そのミランダは目を伏せ、肩を震わせた。従順な猟犬――、エアリエルはそんな主人の横にそっと舞い降りる。
彼女は、純粋に笑っていた。
まるで念願の子犬を飼ってもらった少女のようにだ。
「嬉しいわ。嬉し過ぎる。誰も攻略できないから、この即死コンボは封印していたんだけれど、こんなにも期待通りなんて。いえ、期待以上よ」ミランダは両手を組み合わせ、天に向かって祝福を感謝した。「第一世界には、まだ知らぬ人たちが住んでいて、魔法を駆使してわたしをもっともっと苦しめてくれるのね。ああ、なんて素晴らしき新世界」
上空から観察していたプロスペロは、短く笑った。隣のパックすらも気づかないくらい、短い笑みだ。
「す、すっごーい。息をのむ暇もない攻防。これが女帝ミランダ。銀盤の天使の実力。第一世界の魔法使いにだってひけをとりません。よい人材を確保しましたなぁ、解説のメガネさん」パックはマイクをプロスペロの頬にぐっと押しつける。
「勧誘は簡単だった。利害ははじめから一致していたのだから、な。おい、いいかげん、マイクを離せ」
そう――。プロスペロの誘いの手を、ミランダは当然にして来たるべき祝福として受け入れたのだ。
プロスペロは、彼女に念願の祝福を与えたからだ。
二つの、祝福をだ。




