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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第八話 「銀盤の天使は煤まみれ : vs. Miranda」
56/112

chapter 6


     Bパート


   6


 羽衣はジュリエットをウェスカーに預け、一人で『羽衣伝説』の資料を探していた。実はあらかじめ、彼女はネット上でさんざん『羽衣伝説』を調べていたのだが、奇妙なことに自分が知る『羽衣伝説』がどこにも見つからないのである。出てくるのは、観月らが知っている起承転結の『承』――、つまり天女様が悪い大人に予知能力を利用され、火山の噴火とともに姿を消した、という部分だけだった。

 いまさら勘違いでした、とは言えず、なかばムキになって羽衣は証拠資料を探す。

「ぜったいにみつけてやるわ」

 羽衣が目指す先は、本館から繋がる連絡通路を通ったさきの旧館である。郷土資料関係は、すべてこちらに集められているらしい。旧館はずいぶん古い作りで、かび臭さがすぐに鼻を刺激した。くしゃみが出そうだ。

 背の高い書架に並ぶ背表紙のタイトルを横目でスキャンしながら歩く。

 もうどこになにがあるのかわからない。

 一応、書架の番号は控えてあるのだが……。

「こっち、かしら……」羽衣は、ふと真っ赤なビロードのカーテンで閉ざされた部屋の入り口を発見する。なにかを隠しているようでさえある。一般閲覧者立ち入り禁止等の警告は見当たらない。

「まるで古いビデオ屋の18禁コーナのような……」

 などと訝しげにも羽衣はカーテンを手で払い、中を覗いてみる。

 不思議な空間だった。

 天井は高く、三階建てくらいありそうだ。その天井から、舞台の幕間のようにカーテンがつるされているから、部屋の奥までは見渡せない。

 羽衣の背筋に冷たい汗が流れる。

 一度、背後を振り返った。古くさい本の墓場。利用者はほぼ全員本館にいるらしく、旧館のこちらに人気はまったくない。

 ぜったい、引き返すべきだ。

 だが、本能が前進を求めている。

 よくホラー映画などでみかける『そのさきで化け物が待ち構えている』というシーンに似ているな、と思った。羽衣はいつも「なんでそこで引き返さないかなぁ。襲われるフラグ、ビンビンじゃん」と高をくくっていたが、その立場になって理解した。引き返す方が恐ろしいのだ。得体の知れないなにかに背を向けるのが恐ろしい。そのとき逃げ仰せても、あとから追いかけてくるかも知れない恐怖がつきまとう。なら、勝負を決めてすっきりしたい。そういうことなのだ。

 一歩、

 そっと一歩を踏み出す。

 何度も遮るカーテンを払いながら、少しずつ、周囲を警戒しながら奥へ進む。

 足元は薄いカーペットから、厚い絨毯に変わり、いまは造花の絶景が広がっていた。

 そして、最後のカーテンを捲ると、その造花の中央に人影を見咎めた。

 羽衣はつばを飲みこんだ。

 女性のようだ。長い、長い白銀の髪をもつ女性。わずかに覗かせる横顔から、思いの外、年は若そうだった。肌は白く、しかしジュリエットのような健康的な美しい白さというより、人形のような人工的な白さである。それが動く、奇妙さ。

 もはや後悔しても遅い。

 羽衣は意を決して、その背中に声を掛ける。

「あの……」

 白い女性の手の動きが止まった。

 振り返った。

 瞳すら銀色だった。

 直感した。

「あなた……、あなた中島から呼んでいた人でしょ。あたしを何度も」

 いつのまにか恐怖は消し飛んでいた。

 代わりに、苛立ち、不安、焦燥――、それらの感情が色濃くなる。

 羽衣は大股で、造花を遠慮無く踏みつけながら駆け寄った。

 徐々に、徐々に歩速をあげて、彼女に手を伸ばす。

「あんた、いったいだれなの――」

 白銀の女性の口元がわずかに開いた。

 音にならない言葉は、しかし概念通信のみが羽衣の意識へ流れ込んだ。それは羽衣の感覚質によってコンパイルされ、コードの一部が言語変換に成功する。

 羽衣は理解した。

 女性はこう言ったのだ。

 

 ――思い出して――

 

「思い出すって、なにを――」

 はっとなって気づいたとき、まったく別の空間に羽衣はいた。

 手を伸ばしていた。

 その手がどうも女の子の顔面に張り手のようにぶつかりそうだったようで、彼女は目を見開いて驚いている。

「ど、どしたの、羽衣ちゃん……」

「ウェスカー……」

 本館の多目的ホールだった。

 ここでは持ち込んだノートパソコンを広げる人もいるし、軽く食べのみをすることもできる。羽衣のテーブルにも、自販機から買ってきたらしい、飲みかけの紙コップがあった。しかし、ジュースを買った記憶も、この席に座った記憶もない。

「寝ぼけてるの。おっかしぃんだ」ウェスカーはお気楽そうに隣に腰掛ける。

「うん……、なんか変な夢をみていたみたい……」

 いや、夢だけならそれでいい。

 しかし、記憶の欠落は、どうやっても納得できない現象だ。

「どんな夢みてたのよう」

「なんでもない……」

「えー、だって気になるっしょ」

「なんだっていいでしょ」羽衣は語気を強めてしまう。

 ウェスカーの表情が固まる。

「いや、ごめん。なんか疲れてるみたい……」

「う、うん。そういうときって、あるよねー」ウェスカーは笑って許してくれた。「ああ、ところで、見つかったの」

「なにが」

「なにがって。やっぱり疲れている、羽衣ちゃん」

「ああ」と思い出す。「『羽衣伝説』の資料……」

 そのとき、自分の直感に恐ろしくなった。

 あの白銀の女性は、もしかして天女様……。

「ハッ、まさかね……」羽衣は自分の妄想に冷たく笑って、集合時間までその席を一歩も動かなかった。

 

 結局、『羽衣伝説』の完全版は見つからなかった。観月はずっと冷房の効いた休憩ルームで寝ていたし、駿河少尉は遊戯室で卓球の壁打ちでひたすら遊んでいたらしい。ジュリエットは修学前の幼児と一緒になって、お座敷に座り込んで絵本を読んでいた。ウェスカーは一人でぶらぶらしていたとか。

 兎田軍曹は羽衣の前に顔を出し、博士に先に帰還する旨を伝えて退館した。手には、一冊本を持っていたから、なにかお気に入りを見つけたらしい。

 つづいて猫山曹長も、軽く頭を下げて出て行く。

「ほんと、あの二人って、ボディガードする気、あるのかしら」

「ボディガードってより、監視役だったはず」観月は感心もなさげにいう。

 ということで、全員がそれぞれ、当初の目的を外れて、勝手気ままなに図書館を楽しんだということだ。

 その帰り道、五人はラーメン屋に寄ってから解散となる運びとなった。

 ただ、観月に薦められた「麺固め、油多め、味濃いめ。ニンニク増し増し辛み追加」を食したジュリエットは、気分悪そうにしながら「今夜、胃もたれで眠れなさそう……」とこぼす。

「わかるー。ウチも焼き肉でカルビとか肩ロースとか、脂っこいの受け付けなくなってきちゃってぇ」と謎の相づちを打つウェスカー。

「二人とも中年やね。歳ごまかしてるんじゃない」

「げっ――」

 反応したのは、ジュリエット、観月、駿河、ウェスカー。つまり四人全員だった。

「……え、なに、みなさんそのリアクション……」

 羽衣と奇妙な一日は、こうして終了した。

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