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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第八話 「銀盤の天使は煤まみれ : vs. Miranda」
55/112

chapter 5


     5


「あの、お二人はジュリエットのボディガードでしたよね……」羽衣が引きつった笑顔で話しかけたのは、例の軍人二人である。

 一人は、ツンツン頭の短髪にスーツの上からでも隆起した筋肉を強調する兎田軍曹。

 もう一人は、モデルのようにすらりと背の高い、切れ長の瞳が蠱惑的な美人の猫山曹長。

 その二人が、羽衣の両サイドにそびえ立っているのである。

 が、当のジュリエット本人が不在。

 羽衣の質問にはいっさい答えず、ずっと無言の二人に挟まれて、正直、ひじょーに気まずい。

 これじゃあ、わたしがボディガードを連れ従わせるお嬢様ではないか。しかも、ここは日曜日の駅前で人通りの多い時間帯。行き交う人々の視線が気になってしかたない。みなさん、意識的に目を合わせないように足早に過ぎ去っているのは気のせいだろうか……。

 もう二人のことは忘れよう。

 羽衣は嘆息してから、ショウウィンドウに映る自分の姿を改めて確認した。気温が高くなる予報だったから、羽衣は膝上のプリーツスカートに、上はタンクトップに透けるくらい薄いシャツを軽く羽織る。ちょっと普段の自分らしからぬ格好かもしれない。

 あまり友人の前には出られない、気合いの入れたファッションとこの状況には、ちょっとしたわけがあった。


 さかのぼれば数日まえのこと、羽衣が中途半端に『羽衣伝説』を語ったせいで、ジュリエットの好奇心を強く刺激してしまった。そこで放課後、学校の図書室で文献を探したのだが、これが不思議なことに参考になる文献が一切みつからなかったのだ。

「ウィー、どこにもないよぅ」と肩をすぼめるジュリエットに抱きつかれ、

さらに「じゃあ日曜日、中央図書館、行ってみよー」とウェスカーが余計な提案をしてやがる。

「それイイー」

「それイイー」

「じゃあ行けばいいじゃん」完全他人事な態度の羽衣に、ジュリエットとウェスカーが目を合わせ、示し合わせたように物理的な抱き落とし作戦で迫った。

「ウィーも一緒にー。ねーねーねー」

「ねーねーねー」

「やめろー、暑苦しいぃ」友人二人に左右から抱きつかれ、むさ苦しさ耐えかねた羽衣は、安穏とした日曜日を返上する覚悟を決め「あーわかった。じゃあ日曜、駅前で集合ね」

 

 こうして現在に至る――、ということだった。

 ただし、救いというか、お楽しみはあった。

「あっ、少尉さん」羽衣が恋する乙女のような、普段よりワントーン高い声を出す。

「お待たせしました、天宮嬢」

「いえ、たったいま来たところです」まるで少コミの決まり台詞。羽衣は左手を胸に置いて返答する。これが、羽衣がとびっきりのおしゃれを決め込んだわけである。

 瞳はキラキラ、星が輝いていていて、一緒に現れた赤毛の少女とでっぷりな腹の男は映っていない。

「なんか、気持ち悪い。ウィー……」

「天宮は少尉の前だと、いつもこうだよな」

 ジュリエットと観月智一である。

「あ、いたの」

「冷たい……」

「冷たい……」

 まるでいまさら気づいたように、羽衣はあらためて連れの二人を認識する。

 ジュリエットの服装は、デニムのショートパンツに、白いTシャツの飾り気の欠片もない服装だ。自慢の長い赤毛だって束ねてキャップにしまっているから、まったくおしゃれに興味がないらしい。

「なんか、男子中学生っぽいね」

「まーね」笑顔で答えるジュリエット。なにがまーね、なのかはわからない。

 ジュリエットは猫山曹長と兎田軍曹にも声をかける。

「おっす」

 二人はむっつり厳めしい面をしたままだ。

「勝手に先に出掛けんなって、あれほどいったよな」と兎田軍曹。

「発信器、レンチンしないでくれる」つぎは猫山曹長。

「ご、ごめんなさい。なんか、監視されているみたいで……」

「してんだよ」「してるのよ」息のあったツッコミは、さすがに名コンビであった。

「一人でお散歩したい気分だったから。あっ、あー、髪抜けるぅー。アホ毛をひっぱらないでー」

 二人がご機嫌斜め、かつ、ジュリエットと一緒でなかったのはそういう事情らしい。気の毒な仕事を任されたな、と羽衣は同情した。

 ところで、観月のほうは深夜ゴミ出しにでかけるおっさんのような格好をしていた。人目をまるで気にしていない様子だ。まあ、羽衣にはどうでもよいことである。

 最後の一人は、もはや慣れたが、やはりツッコミ待ちのようなファッションを決めて現れた。

「羽衣ちゃーん」

「ウェスカー……」

 彼女は鮮やかなピンクのティアードワンピースを風に揺らしながら、紐がじゃらじゃら付いたおしゃれサンダルを歩きずらそうにしながら駆け寄ってきた。

 ウェスカーの私服は、いつも全力投球なのだ。

「なに、ランチパーティにでも参加するつもり」

「でへー。似合うぅ」

「あんたはいつだってキメッキメよね。ホント派手だわ」

「こういうのはぁ、若いうちにしかぁ、できないからねえ。いまのうちに楽しまないとっ」

「まあねえ……」羽衣は生返事を返しつつ、でもぜったいにあんたのその帽子は無意味だろ、と思った。だって、穴だらけの刺繍で、日光ダダ漏れだもん。

 さらによく見ると、ワンポイントアクセサリとして、胸には碧く輝くネックレスがぶら下がっている。これが本物の宝石の類いだとしたら、高校生にしては高価すぎる代物だ。家が裕福なのだろうが、それにしても金銭の使い道がファッションに全振りな気がする。

「うーん、謎だ……」

「なにが」

「まあ、このメンツは謎ばかりだから、気にしない気にしない。じゃあ、みんな揃ったし、さっさと用件を済ませましょ」

 集まった七人は、羽衣を先頭に中央図書館へ出発した。

「……あの、あたしの後ろに一列で続くのやめてくれない。昔のRPGみたいっしょ……」

 

 そんな勇者羽衣一行が図書館に到着すると、さっそく駆け回りそうなジュリエットの首根っこを掴んで忠告。

「図書館ではお静かに。うるさくしたら連れ帰るからね。いい」

「了解っ」

 羽衣は、ジュリエットから超軽いノリの了解を得る。

 案の定、速攻で「わーい」なんて言いながら走って行った。

「ちょ、おま――」

 観月はその後ろからゆっくり付いてくる。すでに体力的に限界な彼であった。

「お、俺、ちょっと休んでるわ……。少尉は」

「ジュリエット嬢の監視を――、とも考えておりましたが、彼女に任せます」

「彼女って」

 駿河少尉は答えず、すっと広い館内のどこかへ行ってしまった。

 羽衣ら女子三人は、肩を寄せ合って一枚のモニタを眺めている。目当ての書籍の書架を検索しているようだ。

 軍人二人はなにか話している。

「ねえ、兎。あなた図書館、に漫画、貯蔵するの、反対派。賛成派」

「図書館そのもののいらねー派」

 なんとなく、ケンカが始まりそうなので他人のふり、他人のフリ……。

 ジュリエットは遊園地の子供のようにはしゃいでいる。

 観月はというと、彼はジュリエットの背中を眺めながら今朝のことを思い出していた。

「君らの世界には、やっぱり図書館なんてないんだろうな」

「えっ、図書館くらいあるよ。心外だなぁ」

「いや逆さ。この世界ですら、いまさらペーパメディアで情報を保存するなんて、もはや慣習的な意味合いしかないんだぜ。ジュリエットの世界なら、なおのことだろう」

「紙の本はどこの世界でも現役だよ。一般的ではないけどね。違いを強いて言うのなら、防湿・防虫に強い素材で造られている、ってくらい。それにしたって、ここの技術でも可能なレベルだよ。単位コストは別として」

「そういうもんか……」

「紙のページを指先で感じながら、一枚、一枚、捲っていくのが好きな人もいるんだから」どこか遠い目をしながら、ジュリエットはそう語っていた。

「しかし――」観月は呟いた。付いてきたものの、結果はわかっていた。

 軍部の端末を通じて、観月はあらゆるサーバに潜って探っていた。それでも、やはり観月が知る以上の『羽衣伝説』の情報はみつからなかったのだ。羽衣が先日の昼食に語った『羽衣伝説』は、これを元ネタにした創作物を勘違いしているにちがいない。

 はずなのだが――。

「いや、これは悪い癖だな。いつだって俺は、悲観的な物の見方ばかりしている……」頭のなかの靄を払うように、観月は首を振った。

 顔を上げると、羽衣たちは席を離れて、姿は見えなくなっていた。

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