chapter 4
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バグフィルタ計画にて主導的・実行的な部隊であるイノヴェーションズの代表会議は、やはりさきのジュリエットの告白が主題となっていた。
コーディリアは三つ編みにしたお下げを振り、苛立ちを露わにする。ここ数日、彼女はずっとこんな調子だ。
「先日、わたくしが申し上げたとおりでしたわね。あの女がどのような人物か、ご理解いただけたかと存じますわ」
「すべては世界地図のため、か」フィディーリは顎に指を当てる。「そうなると、かえって気になりますね」
「なんのために世界地図を求めるか、か」プロスペロが正解を言い当てる。
「旅行に行くなら必要じゃあん」陽気なボーイソプラノはパックである。
「ならば、その世界地図すらも我らの手中に修めようではありませんか」ヴァイオレッドの瞳を輝かせ、ハムレットが冷たく微笑む。「それぞれ思惑はお持ちでしょうが、正式兵装版へアップデートを完了させた灰炎のジュリエットは、これまでと格段に捕獲が難しくなりました。それこそ、〈エレガント・キメラ〉のR2ですら互角。安全側へ軌道修正せざる得なくなりましたな」
「どいういう意味かしら、剣の王子様」コーディリアがにらみをきかせる。
たしかに、さきの戦闘は相打ちともいえる結果に終わったが、しかし押し負けていたわけではない。力は勝っていた。
コーディリアは朱色の唇を噛んだ。
「急ごしらえですが、〝アマデウスの楯〟も完成しました。下手に隠すより、防御を固めるほうが賢明でしょう。ヴェステブルマルクシステムの復旧も間に合いましたし、いつなんどき、赤の魔女が来訪しても手厚く歓迎できましょう」
「ハムレット様。確認いたしますが、銀河舞踏会での殿下の目的は灰炎のジュリエットの捕獲ではなく、優先するのはそのさきのワルキューレ、で間違いありませんのね」
「氷結の焔塊を目にしてもなお、ワルキューレの存在を疑いますかな。コーディリア様」ハムレットには自信がありそうだ。
「さしものジュリエットといえど、氷結の焔塊にはワルキューレの助力なしに目的は果たせん」プロスペロも同意見であった。
「しかしジュリエットに、借宿の第三世界にワルキューレの存在を尋ねても答えてくれるわけもありません」フィディーリが問題点を指摘する。
「そーお。ジュリジュリなら正直に答えてくれそうだけど」パックは楽観視するが、ジュリエットの性格を鑑みれば、案外、的確だったりする。
「ならば殿下にはおありなのですか。次元の壁を越えて、ワルキューレを手にする手段が」コーディリアが詰問する。
「ええ、ありあすとも。この膠着状態を打開する回天の策が」
「それは――」
「しかし」ハムレットはコーディリアを言葉をぴしゃりと遮る。「さきの戦闘はパスされた。ルーレットは回らず、番台はまだ〈テンペスト〉にあります」
コーディリアが小さく舌打ちする。
「承知しておりますわ」
「つぎの夜こそ。待たされた分、期待が高まりますな、ドクタ・プロスペロ」
「ああ。柄にもなく、心躍る自分を自覚している」プロスペロが眼鏡を光らせた。「世界一強く、速く、冷酷な銀盤の天使――」
「ついに彼女のご登場ですね」フィディーリは頬を緩まして、
「なになに、もしかして有名人なーん」パックはそわそわと落ち着きなく、
「興味ないわ」そっぽを向くコーディリア。
ハムレットは一同を見渡し、会議に締めくくりの台詞に入る。
「いよいよ手強くなる灰炎のジュリエットに、我々は手をこまねくばかりでしょうか。否、こちらとて全力を出し切れないことをお忘れなく。策ならばいくつかあるが、まずは小休止。銀盤の天使と赤の魔女の舞踏会を観戦しましょう。きっと、すばらしい夜になるはずです」一呼吸の間を開けて告げる。「フィラメントを突き抜けるのは、我々、イノヴェーションズです」
その台詞とともに、明かりかがしゅんと小さくなって消えてしまった。まるでろうそくの炎を消すように。
完全な暗闇。
真っ暗闇で、ただ自分の姿だけがはっきりと映る。
コーディリアは深いため息を吐いた。
「もどかしい……。そうは思わない、エドマンド」
声を掛けられた騎士は、会議の終了をじっと主人の背後で待っていた。
「返す言葉もありません、姫様……」コーディリア唯一の騎士・エドマンドは、心の底から申し訳なさそうな声をだす。
そんな彼が気の毒になり、コーディリアは自身の態度を自省するとともに、つまらない言い訳をした。
「ごめんなさい。責めているわけではないの。きっと運が悪かっただけよ」
「姫様……」エドマンドは幼い妹を愛でる兄のように、コーディリアの金髪をそっと撫でた。
「エドマンド――」
「ことがうまく運ばなくなると、人はとかく星のせいにしがちです。たいていは身から出た錆なのに。ならば、本当に降り注いだ禍いならば、払いのけることは可能です。わたしの力足らずだったのです。であるからこそ、勝機はあります」
「次は勝ってくれるのね」コーディリアは、エドマンドの手に手を重ねる。
「姫様のためならば」
コーディリアは飛びつくように、エドマンドの胸に体重を預けた。
「ひ、姫様――」
目は瞑っていたが、コーディリアには彼がたじろぐ姿が手に取るようにわかった。
「昔はよくこうしていたわね」
「昔は、です」
「あなたが頭を撫でるからよ。思い出しちゃったじゃない」
ひとしきりエドマンドの体温を堪能すると、コーディリアは顔を上げた。照れているような、困っているような、エドマンドはそんなお転婆な妹に振り回される兄の顔をしていた。
もう一度、彼の胸に顔を埋める。
「おじさまの容態がこれ以上悪化するまえに、決めたいわね」
エドマンドはその問いには答えられず、ただ黙ってコーディリアの頭に手を置いた。




