chapter 3
3
「あのー、これはなにかの間違いかしら……」天宮羽衣はこんなハズじゃなかった感が否めない空気に、昼の弁当に箸が進まなかった。
せっかくのお昼休み。
雲一つない快晴の天候にも恵まれ、心安まる屋上の開放的なランチタイムは珍妙なメンバによってトンデモ空間になっていた。
パーティメンバとしては次のとおり。
まず親友のウェスカー。変わり者キャラで認知されているが、いたって普通の女子高生である。
二人目は留学生のジュリエット。ここ最近は、三人でつるむことも多い。
さて、ここまでなら仲良し女子グループという体でなんら問題もないだろう。ちょっと毛色が変わってくるのが、彼らの存在。
ジュリエットに釣られて、なぜかこの女子グループにさも当然と加わる男が観月智一。
「わたし、実は隠れ料理研究家……」と言って豪勢な重箱を持ち寄る猫山曹長。
JKの隣で筋トレをはじめる事案レベルの兎田軍曹。
さらにさらに、一流のモデルか俳優か、と見間違う美貌の駿河少尉の存在感もハンパない。
おかげで、ほかにも屋上にいた生徒たちはそそくさと逃げ出て行った。絶好のランチスポットを、はからずも天宮羽衣を含む七人が占拠したわけだ。
「ああ……、なんかこういうのにも、慣れはじめている自分がいる……」
「どしたの羽衣ちゃん」
「あんたはいつもマイペースねぇ」羽衣は犬のようにウェスカーの顎の下の撫でた。
「そうそう。人間、たいていのことは慣れちゃうもんだよ」ジュリエットは横になりながら、ポテトチップスを一枚ずつ手づかみで食べている。その様は、まさにナマケモノ。
「あんた、三十過ぎたら急に太るタイプね。せいぜい、いまのうちに美少女だのとのたまってなさい」
恨めしく忠告する羽衣の隣で、観月と駿河少尉は無音通信をしていた。それは、実は今日の目標がジュリエットの年齢を尋ねることなのだ。ちょうど羽衣がそういった話題に触れたため、よい機会ではないか、というアイコンタクトなのだが――。
(まだです。まだ機を待ちましょう)
(そ、そうか。でも、ぜっこうのシュートが打てそうだったような)
「トモ、なにやってるの……。気持ち悪い……」事情を知らない羽衣は、ウィンクしあう野郎二人に見える。「でも、イケメン軍人さんは別でぇす」これぞ女子のウィンクだ、と言わんばかりの手本を見せた。
「日差しが強いですな。あまり日焼けをしすぎると、うむ、あれですな、博士」駿河少尉の芝居じみた微妙なパスが届く。
「そ、そうだね。うん。若いうちから肌をあんまり焼かないほうだいんだよねえ」それフリなの、フリなのか少尉、とアイコンタクト。「日光浴もほどほどにしないとなあ、天宮。うん。ところで、天宮って、いまいくつだっけ」
「……は。いくつって、なに、歳のこと」露骨な怪訝顔で羽衣が睨む。
「羽衣ちゃんはねぇ、精神年齢はお母さんくらいで、肉体年齢は、うーん、中一くらい」
「幼児体型で悪かったわねー」
「へ、へぇ……」さあ、肝心のジュリエットにシュートだ、というとなかなか勇気がでない観月であるから「猫山曹長は、いま、おいくつでしたっけ」と逃げる。ゴールを目の前にパスばかりまわす気弱なサッカー選手のようである。
「いくつに、みえる」猫山曹長がうっとり妖艶に微笑えんで返す。
「姐さん、たしか今年の九月で三十じゃなかったか」悪意のない兎田軍曹の横やり。あまりにも的確だったらしく、曹長はむっとして立ち上がった。
「いくつに、みえるって、聞いてるの」
「年相応だよ。なんであんたはいっつも急にキレんだよ」
駄目だ、うまく会話をつなげられない、と肩を落とす観月に、さすがの羽衣も彼がなにか企んでいそうだと訝しむ。相変わらず駿河少尉は観月にアイコンタクトをしているし……、ウェスカーはニコニコ顔で人の弁当を勝手につまみ食いしているし……。
こんなカオスな状況ですら気にもとめない問題の赤毛の中心人物は、やはり横に寝そべったまま、空になったスナック菓子の袋を逆さに、最後の残りカスを口に投入していた。
「もうなーい」
「はあ……」羽衣はため息を一つ。「まあいいや。とっとと食べよ……」
さて、羽衣があきらめて進まぬ箸を進めたとき、ジュリエットがさらっと場の空気を変える一言を発した(姿勢は相変わらずナマケモノだ)。
「ねえ、みんなはさあ、『羽衣伝説』って知ってる」
みな彼女の言葉に傾注する。
「どうしたんだよ、急に」面食らった観月が言う。
「ちょっと気になっちゃって。よっと」ジュリエットが躰を起こし、あぐらを掻く。「このあいだ、ちょっと聞きかじったんだけど、『羽衣伝説』ってタイトルのくせにさ、羽衣要素がなくってさ」
「そう、言えば……」考えもしなかったことに、観月は小首を傾げる。「天女様が失望してバットエンドって話で、たしかにハゴロモが登場しない」
ほかのメンバも同様なのか、だれも答えられなかった。
だが、その名をもらう羽衣だけはちがった。
「あれ、みんな知らないの。その話の部分、起承転結でいうところの、『承』なのよ」
「なーに。キショーテンケツって」ジュリエットが質問する。
「物語を作るときの、ひな形みないな感じのやつ」やや疑問系で説明する羽衣。「『起』がプロローグで、『承』が事件発生、『転』で事件が解決して、『結』がエピローグよ」
「つまり、ワルキューレ様が未来予知の力を悪用されて、火山の噴火の際に姿を消したって部分には、その前後のエピソードもあるってこと」
「ワルキューレって……、うん、まあ天女様がね。あと顔近い。ジュリ恵ってば、ずいぶん食いついてくるのね――」羽衣は自分のほか、六人全員じっと傾注していることにじゃっかん引くほど驚く。「みなさんも……」
「聞かせて、いただけますか」
駿河少尉の求めに応じて、羽衣は頭のなかで物語を整理しなおす。
「それじゃあ……、こほん」羽衣は咳払いを一つ。「月に住まう人と書いて、文字通り月人の、その王様と女王様の夫婦喧嘩から、この『羽衣伝説』ははじまるの――」
喧嘩の原因は、〝取り替え子〟であった。この取り替え子というのは、月人はある時期になると地上人の躰と取り替えて、一定期間、地上で生活する風習のことである。
さて、王様と女王様の娘――、つまり王女様をどの地上人の娘と取り替えるかで、二人は言い争いをしていた。
王様は代わりにこちらに来る地上人の子供に優れた知性を求めたし、女王様は取り替え先の地上人の娘の躰に、美しい髪を求めていた。
二人に眼鏡に叶う地上人の子供はなかなか見つからなかった。どちらかの要望を満たせば、どちらかが妥協しなければならなかったからだ。
しびれを切らせた女王様は、なんと家臣の月人を使って、王様の目を盗み勝手に取り替え子を断行してしまった。取り替えられらた王女様は、月の記憶を忘れ(あるいは幼すぎて覚えていない)地上人の子供として生活することになった。
ただし、取り替え子した月人は一目で地上人ではない特徴をもって地上に降り立つのだ。
「予知能力……」ジュリエットが呟いた。
「そ」羽衣は頷く。「でね、出し抜かれた王様は、次は第二王女様の取り替え子のときには、逆に女王様に黙って取り替え子をしたのよ。さて、二人の王女様が取り替え子によって地上に降りたわけだけど、ひとつ問題が発覚しました。なんと、王様が命じた第二王女様の取り替え子相手の地上人を、家臣の月人が間違えてしまいました。王様に怒られた家臣の月人は、自ら地上に降りて、本来の目的の地上人と再度、取り替え子をしようと奮闘することになりました。
「さて、さきに取り替え子した第一王女様はその後どうなったでしょうか。物語の舞台は地上に移り、第一王女様の地上での暮らしを見てみましょう――、っていうところでプロローグが終了ね」
羽衣は長い語りに疲れて、いちど呼吸を整える。
「この続きが、みんなが知ってる『承』の部分。地上人として生活する第一王女様――、つまり天女様は、その月人としての能力を悪用されて、絶望のなか世捨て人になってしまいましたとさ」
「そのさきは」ジュリエットが幼子のように続き急かした。
「うん。でね、天女様はその予知能力で、本当は自分が月人であることも思い出したの。ただ、月に帰るためにはある道具が必要なの」
「それが『ハゴロモ』か」観月が古いジェスチャで手を叩く。
「そゆこと。でもね、やっぱりここでも、悪い地上人がハゴロモを奪っちゃうわけよ。さらに、いくつかの国の皇族や貴族が、天女様の予知能力の噂を耳にして集まってくる。ぜひとも我が国へお越し下さい、ってね」語りはじめると、意外に気分がノってきた羽衣である。
「天女様は言ったわ。そんなにわたくしの力が欲しいのなら、つぎに言う法具を集めてきなさい。その法具ってのは――」
観月は先んじて答えた。
「もしかして、『蓬莱の大樹の杖』と『人形の二個の心臓』とかか」
「なんだ、トモ。知ってんじゃん」
「『前翼竜の化石』……」小さく発言したのは駿河少尉だ。
「ええ。それもあります」羽衣はよそ行きの声で答える。「ほかには、えっと、『大地を穿つ光の剣』と『赤の魔女の外套』、で全部だったはず。いやちがうな。うーん、もう一つあったようなぁ……。あー、なんだっけ。喉まで出かかってるんだけど」
『赤の魔女――』
観月はその単語に反応してジュリエットに視線を向けた。
ジュリエットの目が、彼女の心の内の驚きを表してた。
「で、ワルキューレ様はどうなるの」ジュリエットが前のめりに詰問した。
「うん。そんな感じで求婚者の皇族・貴族に無理難題ふっかけるわけだけど、天女様の元々の国の人達は大慌て。天女様が他国へ亡命でもされたら一大事。でも、小国の彼らは軍事力では立ち打ちできない。どうするか――」
「どうするの」
「それは……」
みなが注目する中、羽衣の口から出た言葉は――、
「ごめん、忘れた」愛嬌たっぷりの照れ笑いで羽衣はごまかした。
「ズコー」すかさず、ジュリエットは古い漫画でよくみかける、肩で逆立ちする見事なコケを披露した。ブレイクダンスの倒立に似ていなくもない。
観月は口に含むお茶を吹き出し、
駿河少尉はずり下がるジュリエットのスカートを紳士的に押さえ、
その瞬間をカメラで激写する猫山曹長。兎田軍曹はそんな姐さんにツッコミ。
ウェスカーは通常営業でにっこりスマイルだった。
「どうだった。ぼくの『ズコー』は」起きあがるなり、主人に褒めてもらいたい犬のようなジュリエットに、羽衣は冷静に窘めた。
「スカートのときはやめような」
ジュリエットは不服そうだった。
羽衣はあきれながらも、しかしいくつか腑に落ちない談笑となった。どうしてあんな有名な『羽衣伝説』をみんな知らないのだろうか。そして、こうも思った。『そういえば、昨日の夢でも、ジュリエットに羽衣伝説を話したな』と。




