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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第八話 「銀盤の天使は煤まみれ : vs. Miranda」
51/112

chapter 1

     Aパート


   1

 

 観月智一かんげつともかずの頭の中では、なんども同じ台詞が繰り返し再生されていた。


『このジュリエット、ロメオなどという男には、これっぽちの愛情もない』


 前回の舞踏会で、敵側の金髪美少女――たしか名をコーディリアといった――にカンパされ、ジュリエットが語った真相の一部の台詞だ。

 当初、ジュリエットが戦う目的は、恋人ロメオの救出にあった。事実、ロメオは氷付けで発見され、彼女は我を忘れて戦いを挑んだ。

 しかし、それは欺瞞行動に過ぎず、狙いはロメオとともに凍らされた世界地図だけだという。

 本当だろうか。

 観月には、これすらも嘘のように感じられた。

 なにか、もっと巨大ななにかを隠したいがための小さな嘘のような気がするのだ。

 それなのに、自分たちも、イノヴェーションズも、目に見える情報に振り回されているばかりで、彼女の背後に隠された真実に影すら気づいていないのではないか。

「いったい、あいつのなにを信じてやればいいのやら……」観月は独りごちながら、会議室の扉をノックした。

 会議室には、基地司令の宝亀将軍ほうきしょうぐん、副官の平田大佐、観月とともに銀河舞踏会へ参じる駿河少尉するがしょうい。そして、意外なメンツとして軍医の天宮医師がいた。天宮羽衣の父である。

「全員揃ったな。でははじめてくれ」

 観月が腰を下ろす間もなく、将軍は会議をはじめた。

 プレゼンテーションの主役は天宮医師だった。

「ええぇ、こういうのは苦手なんですが……」歯切れ悪そうな天宮医師の前置きから始まり、彼は巨大なスクリーンに数字の羅列をモニタする。「ご覧下さい。注目していただきたいのが、ここと、ここと――」

 事前知識もないプレゼンに、観月は要領を得ず手を上げた。

「はい、観月博士」

「お話を遮って申し訳ない、天宮先生。まず確認したいのですが、えっと、これはなの会議です」

 天宮医師は困り顔で宝亀将軍に目配せする。

「すまない。博士にはまだ知らせていなかったな。これは先日、レッドマジシャンが意識喪失・覚醒後に際に得た、彼女の生理・検体検査の結果だ」

「ちょ、ちょっと待って下さい」観月は目の前が暗くなるような気を感じた。「ということは早い話、ジュリエットの診療情報ということですか。ヒポクラテスもなにもあったもんじゃない。ぼくは退室させてもらいますよ」

「了承は得ている」そう言ったのは平田大佐だ。人の良さそうな笑みを浮かべながら、書類を観月に見せるように持ち上げる。

 言われてみれば観月は、怪我その他、緊急救命時には治療を施す同意書にサインするジュリエットの姿を隣で見ていた。彼女はろくに書類に目をとおさず「あーはいはい。オッケイ」と。

「……もしかして、『公開の自由』との文言もあったとか」

 平田大佐は満足そうに頷いた。

「彼女がこの世界の人間じゃないにしたって、まったく……」観月は頭を抱えながら着席する。「それで、わたしを同席する以上、それなりに興味深いデータがあったということですか。それこそ、我々とジュリエットで、人間として種の違いがあった、とか」

「魔法を使える人間と、そうでない我々に、いったいなんの違いがあるのでしょうか。興味深い題材ですが、残念ながらそこまでは……」咳払いしてから、天宮医師の説明が再開する。「ざっくりとですが、気になる点としてはコレステロール値がやや高めというくらい。自覚的な症状としては関節の痛み――、指先に関してはエストロゲンの減少によるものでしょう。専門医に相談した方がよろしいでしょうな。それ以外は、疾患値なく、健康体といってさしつかえないかと」

 観月は眉間を人差し指で押さえながら、年に一度聞く台詞に頭が痛くなった。

「なぁんだ、俺と一緒でドロドロ血液かぁ――、ってだからなんだよ。これ重要。なんの会議ですか」

「おっしゃることもさもありなんですが、つぎが重要なのです」天宮医師がレントゲン写真をスクリーンする。まさに歯医者で撮られる顎のレントゲンだ。

「なにかお気づきでしょうか」

「歯並びも美人だ」観月は投げやりに半目で言う。

「そうですね。第三大臼歯も抜歯等の処置の必要も無いほどまっすぐに生えています」

「虫歯に悩まされる俺にはうらやましい限りだ……、ってちょっと待ってくれ」観月がプレゼンの正体に気づきはじめた。

「親知らず、ですか」駿河少尉が答えを射る。

「正解。個人差はありますが、一般に十代後半から生え始める親知らずが、ジュリエットは上顎、下顎ともに生えそろっております」

「生えそろってるって、えぇ……」現場に不在でここまで人を脱力させられるとは、ジュリエットってやつは途方もなく破天荒な人間だ。観月は、もはや義務感――ツッコミのための質問をする。「つまり、あいつは見た目よりずっと歳食ってると……。先生の見立てでは」

「若くとも三十近いかと」

「自称美少女が聞いてあきれる」駿河少尉が、隣でボソッと酷い。

「仮にだ」宝亀将軍は腕組みをしながら言う。「レッドマジシャンの実年齢と見た目が大きく離れているのが、彼女の世界では一般的な美容の類いであれば興味は無い。しかし、これがなんらかの意図して外見を偽っているのならば、我々はこれを無視するわけにはいかんだろう。博士なら、言われて胸に打たれるところがあるのでは」

 観月はその発言には答えず、

「ほかにも、あるのでしょうね」

 観月の予想どおり、つぎに天宮博士は胸部レントゲンをスクリーンする。医学の知識がない一般人ですら、その異常さを一目で理解できる写真だった。ジュリエットの胸の中央部、ちょうど左右の鎖骨の間のあたりに、親指の爪ほどの影がある。体内に人工物が埋め込まれているのだ。

「医療用インプラントか……」

「あるいは、彼女の若さの秘訣。そして――」平田大佐は佳境に達したプレゼンを締めくくるよう大仰に言った。「オーバテクノロジ。この手に欲しいとは思わんかね。観月博士」

「俺は回りくどいのは苦手です。聞いてみればいいんでしょう。彼女に、年齢と、胸の中の宝石についてね……」

 観月は平田大佐の狂気じみた弁舌に、若干の冷や汗を掻いた。

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