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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第二話 「信仰の世界 ヒダカミドウ : vs. Ophelia」
5/112

Aパート

   Aパート


  1


観月博士(かんげつはくし)の予言は正しかったわけか。まさかハゴロモ最初のトラベラが向こう側からやってくるとは。危険はないのだろうな」男の胸には、いくつも勲章が輝いている。幾千の修羅場をかいくぐり到達し手にした地位だろうが、その代償か髪の毛は少ない。彼はこの基地の司令官だった。

 そんな基地最高位の男が危惧するもの――、それは天井から支持されたモニタに映っている。

 ただの女の子だ。

 歳は中学生か、あるいは高校生くらい。

 特徴は、燃えさかる焔のような赤い髪に、恐ろしいほど整った顔立ち。

 彼女は自分の腕を枕にベッドに横になっている。部屋には窓がなく、切れかけた電球だけが唯一の光で薄暗い。ベッドを二つ並べただけで床が埋まってしまうほど狭く、お世辞にも宿初施設と呼べるような代物ではない。事実、それは客人の滞在に使われる部屋ではなかった。むしろ、捕虜を収監する空間。彼女はその理由によってこの部屋に押し込まれていた。

「将軍。報告書です」将軍の右腕というべき将校が天板に挟んだ書類を渡す。「彼女、調べ物があるからここからだせ、の一点張りです」

「唯一まともに答えたのが名前だけ、とは笑いだな」

「ジュリエット・メアリ・キャピュレット……。姿形に変わりありませんし、名前も普通です。まったく自分は、異世界人なんてのはイカのようなバケモンを想像していたんですが、ハリウッド女優と紹介されても信じてしまいますよ。見た感じただの女の子だ。それも、とびっきりチャーミングなね」冗談めかして、副官は片目をつむる。

「B級ホラームービーの見過ぎではないか」将軍は受け取ると書類に眼を落とす。「まあいい。観月博士もまだ到着していない。それからでも遅くないが……、いや、まだ博士にどの程度知らせてよいものかもわからん」

「将軍。もしかしたら、そんな猶予はないのかもしれません」さきほどから沈黙を貫いていた若い士官がモニタを睨む。将軍を振り向くと、わずかに内巻きにカールした髪がふわりと揺れた。

「どういうことだ、駿河(するが)少尉」

「やられました」駿河少尉は舌打ちすると、冷静に将軍に報告する。「あの映像はループしているだけです。コップの水が増えている」

「まさか逃げられた」

「お忘れですか。彼女は基地コンピュータに侵入し、ハゴロモの留め金を解除させた異世界人です。監視カメラの映像をすり替えるくらい、比べればわけもない」

 将軍は顔を青くさせて、スピーカのスイッチを押してマイクに叫んだ。

「だれでもいい。B―1の尋問部屋を至急確認しろ。最優先だ」

 隣で平静さを失いつつある将軍を尻目に、駿河少尉の冷たい頭脳はクールな結論を導き出していた。「いずれにせよ。その調べ物とやらを見つけ終えれば戻ってくる」と。


     2


 腹が減った。

 昼休みまえ、午前中最後の授業ほどつらいものはない。

 教科書を片手に、教壇で文章を朗読する教諭。

 きまじめなクラスメート。

 そして、静かな教室。

 そのなか、一人すっかり集中力を切らした彼女は、学食のメニューを思い出しつつ、お昼はなにを食べようかなあ、と乙女心全力にいっこうに進まぬ時計の針を見詰めながら小さく溜息をついた。

 古典というのがまったくつまらない。というよりも、難解すぎる。数十年まえですら、旧仮名使いなどによってまともに読めないのに、それが数百年、千年もまえの小説ならばもはや外国語と同等である。現代語訳したって、文章として理解できても、時代背景が違いすぎて登場人物に感情移入もできない。

 現に、きょうの授業は古くからこの地に伝わる羽衣伝説、という地元ネタを取り扱っているのにまったく興味が湧かないではないか。「七不思議」とか「都市伝説」とか「学校の怪談」ならば食いつくが、天女がどうの、羽衣がどうの、などといわれても、どうせ科学的に未発達だった古い時代の迷信でしょ、の一言で片付いてしまう。

 自分の名が、その羽衣伝説に由来していても別段なんら感慨もわかなかった。

 はあ、とため息。

 天宮羽衣(あまみやうい)は、このままチャイムが鳴るまで寝ていようか、と顔を外に向けて机に突っ伏した。

 その姿勢のまま、外をぼんやり眺める。

 すると、ばさっと校庭の木が大きく揺れるのを見た。葉が何枚も舞い落ちている。動物園から脱走した猿でも枝に飛び乗ったのだろうか、と思ったほどだ。

 顔をあげる。

 むむむっと、目を細くして窓の外を観察。

 なにか変だぞ。

 羽衣のレーダがぴこん、ぴこん、と目標を捕らえようと電波を放つ。

 さらに目を細める。

 限界まで細める。

 わっと彼女の視界に現れたのは、真っ赤な髪をした女の子だった。

 両足を枝に引っかけて逆さにぶら下がっている。

 目があった。

 確かに羽衣を見詰めながら、赤髪少女はにこっと笑いかけた。

「ホワァイ」つい脊髄反射的に、羽衣は己の混乱を大声で表してしまった。

 教師およびクラスメート全員の視線が、羽衣に集まる。

 時がとまった。

 背中の体温が下がった、気がする。

 すごく注目されてるな、あたし、いや、当りまえか、ところでどう言い訳する、と彼女の冷静な部分が脳内を疾走していた。

「どうしました、天宮さん。一人学級崩壊ですか」

「あ、いえ……」もう一度、窓の外を見る。校庭の木の枝に、赤髪の女の子はいなかった。「すみません、半分寝てました」絶対見間違えじゃないのに、と腹のなかで消化不良物質をぐつぐつ煮込みながら、しぶしぶ羽衣は肩を狭めて、大人しくチャイムが鳴るまで小さくなっていた。


     3


「絶ぇ対いたの。てか、あたし寝ぼけてたわけじゃないんだからね」

「はいはい、わかりました。一人学級崩壊さん」

「なんか変なあだ名つけられてんですけど……」羽衣は取り合わない友人に口を尖らせる。

 昼食後、腹を満たした天宮羽衣はコーヒー牛乳の紙パックを片手に、友人と中庭を歩いていた。ときおりストローに口づけしながら糖分を摂取しつつ、先刻の少女について思い巡らせる。

 赤髪の少女は、見たところ地元民ではなさそうだった。

 おおかた観光客だろう、と思う。

 というのも、この土地にはヒダカミドウでも三番目に広い面積を持つカルデラ湖がある。その周をぐるっとキャンプ場が囲み、夏になれば陣取りゲームをするようにテントが立つ。時期的にはその前哨戦。まだ暖かくなり始めたばかりで、桜はやっと八分咲き。それでも、平日に休暇をとってやってくる観光客はちらほらいるから、あの赤髪少女は、そんな観光客の一人だろう、と考えたわけだ。

「きれいな子だったなあ……。あたしもあの子の半分くらいかわいくなれたらねぇ」

「赤い髪してたんだっけ」

「うん。ありゃ地毛だね。染めたんじゃ、あんなきれいな色でないよ」

「あたしもちょっと染めようかなあ」と友人は前髪をちょいとつまむ。

「きれいなのはさ、髪だけじゃなくて、なんかこう、目がきらきらって感じだった」

「わけわかんない」

「純粋無垢っての。もう一度会えたらいいけど」

「恋でもしました」ぷぷぷ、と含み笑いをする友人。

「そじゃないよ。かわいい子がきらいな人がいるか」と言い返す羽衣。

「まあ、男子ならよからぬことまで妄想しそうだけど。あいつら、基本頭悪いから」

「うん、そだねぇ」

 と北校舎と南校舎を繋ぐ中通路で、そのバカな男子のひとかたまりが見えた。十人ちょっとの人数でベンチを取り囲んでいる。

 なにやってんだろう、とちらりと横目に通り過ぎる。

 友人も同じものを見ている。

「なにやってんだろうねえ」

「なにやってんだろうねえ」

 僅かな沈黙。

 変わらぬ歩幅。

「まあ、男って基本頭悪いから」

「それさっき言った」

 天宮羽衣は知ることがなかった。そうして通り過ぎた男子の輪のなかに、問題の赤髪少女がいたのだった。

 一方、羽衣とは別に、屋上から赤髪少女を的確に狙う人物の影。

 ズボンに収まりきらぬふくれた腹を撫でながら、彼はいくぶん興奮気味に吐息を吐く。

「見つけた。異世界人」


     4


 走るとズボンがズレ落ちる。

 腹が出っ張っているせいか、それともベルトが締まりきらないせいか、その両方か、観月智一博士はその巨体を揺らしながら校内を駆けた。乱れる呼吸、痛む横っ腹。慣れない運動を忘れるために、頭のなかでジュール消費量を概算する。

 中庭に到着したころには、息も絶え絶え。死にかけの状態だった。

 両手を膝について顔を下げたまま周囲を見渡すが、どこにも赤髪少女の姿が見えない。一塊になった男子生徒も、いまはまばらだ。

「ここに、赤い髪の、女の子、いなかった……」ぜいぜい肩で息をしながら、手近な生徒に尋ねてみる。

「食堂じゃないか」

「なんで……、食堂」

「そりゃ昼だからなあ。あれだろ、あのめっちゃかわいい女の子だろ。なんか腹減ったとか、食べてないとか言ってたから。今頃、だれかに奢ってもらってるんじゃないの」

「ひぃ……」観月博士のランニングは続く。

 しかし、食堂はまた食堂で、見渡しても一人として赤い頭が見つからない。

 息を切らしながら、観月は割烹着姿のおばちゃんに異世界人について質問した。

「あのとびっきりかわいい子ねえ」声がやたらと大きいおばちゃんだった。「なんかだ男の子に囲まれながら食べてたわあ」

「やっぱり」

「髪なんか真っ赤で」

「で、どこに行ったか知りませんか……」そういえば、自分の食事がまだったな、と思い出しながら観月博士は息を整えようとする。

「たしか、図書室に行くとかなんとか」おばちゃんは頬に手を添えながらおぼろげに言う。

「つぎは図書室ね……」重い足を動き出す観月。

「あんたお昼は、食べたの」

「あとでぇ」おばちゃんに背を向けながら、彼は手を振った。

 そして図書室。

「さっき出てっちゃったよ」黒髪ロングの前髪パッツン、な図書委員の女の子は、いま一番聞きたくないセリフをしれっと口にしてくれる。

「だんだんパタンが読めてきたよ……」

「パタン」

「いや、なんでもない」観月は首を振る。「それで、つぎどこに行くか、なにか知らないかい」

「うーん、たぶんコンピュータ室」

 三度目の正直は成らずコンピュータ室にて。

「入れ違いだね」瓶底眼鏡の少年がモニタから目を離すことなく言う。

「だんだん近づいてはいるのか」はあぁ……、とため息。すでに汗は滝のごとく噴出している。

「ちょっと訪ねるけど、どこに行ったか知ってたりする」

「屋上だと思うよ」

「ブヒィ」観月は噴火した。

 廊下を這うように走り、階段をなめ回すように登り、乱れた髪も直さずに、彼はこれが最後だ、お約束的に、と非・科学者的な希望だけを頼りに躰を動かした。もう、それだけがいまの彼の動力源である。

 ようやく、スタート地点まで着いた観月。

 もはや顔をあげる体力も残されていない。

 目当ての少女はいるだろうか。

 日差しが強く、また逆光でよく見えない。すくなくとも、取り囲むような大人数の男子生徒はいないようだ。

 ただ、一人いる。

 顔はよくみえないが、シルエットからわかる。女の子だ。

 彼女は近づいてきて、観月に声をかけた。 

「ずいぶんお疲れだね。ダイジョブ」明るく、かわいらしい、丸っこい声だった。

「人を探しててね」とここでいったん呼吸タイム。「校内を走り回ってたんだ」

「そか。ぼくも人捜し中なんだ。お互い、みつかるといいね」

「ああ、どうも」

 と言って、彼女は髪を靡かせ、観月の横を通り過ぎる。その髪の色が赤かった。

「って君だぁ」観月は全力で叫んだ。

「あらら」ジュリエットはちょっと顔を傾けた。

「智一ぅ」屋上の入り口から、女子生徒が声をあげている。二人は同時に、その声の主に振り向いた。観月博士をファースト・ネームで呼ぶ女の子は、この世にたった一人しかいない。

 猫を連想させる吊り目に、ピンと跳ねた横の癖っ毛。それを抑えつけるように金のピンセットが平行に三本。天宮羽衣は大きく手を振って、幼なじみを呼んでいる。

「昼休み、もう終わるんだけどう。またサボる気ぃ」そして、その吊り目で赤髪少女をむむむ、と睨みつけてから大きく目を開く。「あんた、さっき木ぶら下がってた」

「ううん、そんなことしてないよ」赤髪少女は平気な顔で嘘をつく。

「嘘言いなさい。おかけでこっちは挙動不審者あつかいよ」

「そうなの」

「観光旅行でなんで学校にきてるんだか」

「歳のちかい子たちと一緒のほうがたのしいからねえ」

「あの、そろそろいいかな……」いない人扱いされつつある観月が遠慮がちに声をかけたとき、さらに屋上に駆け上がる足音が聞こえた。

 黒服の男達が数人、無駄のない身のこなしで現れる。

「ちょっとなに、あんたたち……」不信感と多少の恐怖心を伺わせる羽衣の声。

「遅いんじゃないかな。ぼくのほうがさきに見つけた」観月は黒服の男達に臆することなく、呆れがちに告げた。

「御協力、感謝します。博士」慇懃な、そして抑揚もない声の男。男達は警戒するように、それも素人目にも訓練された兵士としての歩みで、観月を――、いや赤髪少女を取り囲んだ。むろん、この男達は男子生徒らのように、赤髪少女のばつぐんに優れた容姿に惹かれて群がっているのではない。彼女が持つ科学あるいは技術、それによる効用に対して群がっているのだ。

「お戻り願いたい」一人の黒服が、代表して言う。

「お昼ご飯を食べに出かけただけだよ」赤髪少女は両手をあげて降参のポーズだ。

 そのジュリエット、観月、黒服の屋上に小型の航空機が姿を現す。音は少なく、こんなに接近するまで観月は気付かなかった。あきらかに隠密作戦用の機体だ。

 機体が屋上すれすれまで降下し、空気を押しのける突風が吹き荒れる。

 ジュリエットの逃げる隙間を埋めるように、男達が周囲をブロックする格好で彼女は機体に搭乗した。満員電車を連想する風景だ。

 最後に、観月博士も乗り込む。

 その一歩目の足をかけたところだ。

「智一」羽衣は機体が発する暴風に負けずに声を発した。気の強い彼女がみせることのない、不安一色の表情だ。「あんた、まだ変なことに首つっこでるの」

「君には関係ないさ」そんな彼女に、冷たくあしらう観月。

「困ったって、知らないんだからね」

 立ち止まる観月。

 機内から、黒服が「博士」と急かす。

「君の力を借りる場面なんて」一呼吸置いて、「想像できないね」

 機体のハッチが締まる。

 現れたとき以上の隠密性を発揮しつつ、赤髪少女および観月を乗せ、機は屋上を飛び立った。

 ただ一人残された羽衣。

 心配してやっているのに、なんだその言いぐさは。

 羽衣の腹の中から怒りが込み上げてくる。

 その怒りがとうとう喉まであがってくると、彼女は小さくなっていく機体にむかって吐きだした。

「アホトモぉ」

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