アバンタイトル
アバンタイトル
灰炎のジュリエットとの戦闘から一夜明けた。
バグフィルタ計画の主導的な立場にある実行部隊・イノベーションズは、優秀な経営学が教えてくれているように、チーム制CEOを採用している。その業務内容が多岐にわたるCEOは、いかに優れた人材であれ複数人で分担すべきである、ということだ。したがって、イノベーションズのCEOは、第一世界〈スーパ・シー〉傘下の五つの第二世界から一人ずつ、計五人によって構成されている。ただ難点なのは、強烈な個性を持つ複数の頭脳を、組織として一人称化させることだろうか。決断の瞬発力に、やや難点あり、である。
ハムレットは、だからこの臨時CEO会議が憂鬱でしかたなかった。
円卓に五人の代表CEOが揃っている。実際は、人物の画像と音声情報だけを宇宙間でやりとりした通信会議だ。
「諸君。我々はついに灰炎のジュリエットとのファーストコンタクトを果たした。これによって、ヴィスティブルマルク・システムの有効性が証明されたわけだ」ハムレットの口調はいつもどこか芝居がかっている。いまも舞台に立つ役者が客席に向かって独白する場面のような感じだ。それを、あえてだれも指摘はしないのだが。「さて、私は伺ってみたいものだな、この計画の進捗率に対する彼女の第一印象を」
「計画に狂いはない」まず発言したのは〈思念の世界テンペスト〉代表CEO、ドクタ・プロスペロ。縁なし眼鏡が似合う細面の男だ。「ロメオを手中に収めれば、やつは3・5次元へ現れなくもなる。が、逆を言えば彼女はロメオが見つかるまでは何度でも現れる。やつがいくら強かろうが、昨夜のような敗戦を着したとて、それは負けではない」
「同感です。彼女の戦闘力は驚異ですが、ロメオ探しの優位性は確実にぼくらにあり、という安心感を得ました」続いたのは〈螺旋の世界フィア・ノウ・モア〉代表CEO、フィディーリ。暗がりでも、乙女のような白い肌は隠せない。
「ぼくの第一印象はねえ」わくわくしながら喋る陽気なボーイソプラノは〈黒衣の世界ダンシィング・ウィル〉代表CEO、パック・ロビン=グッドフェロウ。
「お前は黙っていていい」ハムレットはすかさず口を挟む。
「きれいなお姉さんだなあって」
「ああそうですね」と棒読みのハムレット。
「わたしは……」コーディリアもまた〈鬼石の世界エレガント・キメラ〉代表CEOとして出席している。彼女は神妙に視線を落としたまま言う。「一瞬、別人かと思った」
「以前にもジュリエットと会ったことが」フィディーリが訪ねる。
「そういえば、姫は〈スーパ・シー〉に留学していらっしゃった」ハムレットは思い出す。
「ええ。ちょうどヴェロナ事件が起こる数日前だったかしら。一度きりだけど、あのときのあいつは、もっと傲慢な、ツンと澄ましたわがままな女という印象を受けたわ」
「クールビューディってやつぅ」パックの声は、この会議のなかやけに明るく目立つ。
「そんなんじゃないわ。もっと嫌な女」
「それに引き替え、昨夜のジュリエットは天真爛漫な生娘……。出会う場所がちがえば、口説き落としていた、ということですね」
「そうは言っていない」と冷静にツッコミを入れるコーディリア。
「そうは言っていない、ハム」と真似てパック。
「ハムって言うな」
「ところで、ハムレット王子。ヴィスティブルマルクで、ロメオは探し出せないのですか」フィディーリが話題を変える。
「それは……、なるほど、試してみる価値はありそうだが。いまはその問いに答えられる資料も時間もない」ハムレットは口ごもり、眼を逸らすようによそを向く。
「でもでもさ。赤髪のお姉さんだって、ぼくらのロメオ探しを邪魔しにくるんだよ。そのたびになに、またトラフィック・コンジェションにしちゃうのう」パックの指摘は、その女の子のようなマスクのようには甘くなはかった。
「そこの自称妖精の言うとおりだ。数で勝る我々だが、戦闘のたびトラフィック・コンジェションでは埒があかん。銀河舞踏会のプロセッサの改良は継続して行う。当分、我々〈テンペスト〉は戦闘に参加しないつもりでいて欲しい」
「ていうか、おたくら強いのう」パックがちゃかす。
「〈エレガント・キメラ〉よりはましだ」
「どういう意味か、プロスペロ」聞き捨てならぬな、とコーディリアの眼が光る。
「R2状態になれるまで、貴様らはお休みという意味だが」
「それがいいですよ。着実にスループットは改善されつつあるんですから。そのとき存分に戦ってもらええば、ね」険悪な二人をなだめるようなのはフィディーリだ。
「おちおちしていれば、あの女も正式兵装版にヴァージョンアップしかねないわ。強くなるのは、なにもこちらだけではないのよ」
「それもそうなんですが……」反論され、フィディリーは困惑する。
ああ、この自由人きわまりないメンツでは、フィディーリが一番の苦労役だな、とハムレットは他人事に思った。
「じゃあ、引き続き処理能力の補強と、ロメオの探索はよしとして、つぎジュリちゃんが来たときはだれが彼女と踊る」
「ぼくが出ましょうか」フィディーリが消極的立候補する。「兵装の情報量は、割とすくないほうですから」
「いや、それをいうなら我が〈ムーライト・セレネード〉が適任だろう」ハムレットは口元で両手を組み、顎を乗せる。配下のレイ、あるいはホレーショを宛がえば充分に勝算はある、と彼は考えていた。
「と言いつつ、自分で戦うつもりがないのがハムなんだよね」
「だからハムって言うな」
「そうしましょうか。次手は〈ムーンライト・セレネード〉にお任せするわ」
「いいだろう」
「賛成します」
「じゃ、よろしく」
ようやく五人全員の意見が一致した。
ハムレットはゆっくり立ち上がる。
「灰炎のジュリエットを捕らえ、超通信技術を獲得する。その暁には、我々こそが第一世界へと台頭しよう」ハムレットはほかのCEOを一通り見渡して、「フィラメントを突き抜けるのは、我々イノベーションズだ」
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