chapter 3
3
ハムレットは二度連続で、言い訳を用意して会議に参加しなければならなくなった。バグフィルタ計画の指導的・実行的な側面を担うイノベーションズの代表CEO会議――、今回は初手からハムレットは攻められていた。
「説明していただけませんか、ハムレット代表」フィディーリは仲間として情報の共有を反故にされた怒りを静かに伝播させた。
「フィアデルフィアさんはお怒りだよー、ハムハム」陽気なパックは、相変わらずこの緊迫した雰囲気も楽しんでいる。
「フィディーリです」
「優秀だな、ヴィスティブルマルク・システムは」プロスペロは珍しく皮肉を言う。
「眼鏡キャラを頭脳戦で出し抜いちゃだめだよー、ハムハム。なあ、メガネ」
「明日からコンタクトにしようか」
「それで……」コーディリアの髪型は、きょうはシンプルに(彼女にしては)両サイドから頭の中央で三つ編みを作り、真珠の髪留めで束ねただけだった。「殿下は、あれをどうなさるおつもりでしたの」
ここで返答を間違えれば、横並びであった各世界の権限も、ハムレットの〈ムーンライトセレネード〉だけが一歩後退することになる。
もともと、イノヴェーションズは〈スーパシー〉傘下の第二世界という間接的な同盟国にすぎない。友好的競合国である。
ハムレットがそうであるように、ほかの代表CEOも他世界を足し抜く好機を狙っているのだ。彼は嘘半分、即興半分で答える。
「氷結の焔に閉じ込められたロメオとロザライン――、氷結の焔塊を発見し、秘匿していたことは認めましょう。しかし、それは自国の益のための行動ではありません。ある疑念をいだいてしまい、いたずらに報告をするのを躊躇ったからであります」
「疑念……、ですか」フィディーリがいぶかしげに呟く。
「ええ、それも二つ」ハムレットは芝居口調で言う。「まず一つ目。氷結の焔塊を、通常空間に移送してよいものか、という疑念。一見安定状態にはありますが、再び燃え上がらないという保証はない。安全性を確認するのは第一発見者の義務であり、ことが最悪に向かうまえに早々に手を打ちたかったのです」
「その最悪とやらは、我々が先走った行動に出るという意味か」プロスペロが眼鏡を光らせる。「結果はのちほど送ってもらうとして。で、二つ目の疑念は」
「氷結の焔塊の二人の姿……。なぜ〝逃亡する側のロメオが、ロザラインの腕を掴んだ状態〟で凍らされているのか』」
そう、〝氷結の焔塊〟を目にしただれもが首を傾げる。
ハムレットの見解に、ほかの四人の代表CEOは耳を傾けた。
「そもそも、ヴェロナ事件について、我々には断片的な情報しか与えられていません。〈スーパシー〉からの緊急災害信号と、その後、主犯とされるジュリエット本人の供述。ことの詳細について、我々はなにも知らない」
大筋の脚本としては、世界地図を奪うロメオとジュリエット。そこに立ちふさがるロザライン。対決の末、ロザラインの氷結の焔が暴走し、ジュリエットは逃亡。ロザラインは自らも犠牲にロメオを氷結の焔で捕らえ、なおも燃えさかる氷結の焔に対処できず、〈スーパシー〉は彼らをゲートの外へ放り投げた――。
「そんななか、氷結の焔塊はいまだ謎の多いヴェロナ事件の脚本を修正せざるを得ない一場面を物語っていました」
「その一場面、とは」コーディリアが話を促す。
ハムレットは声色を低く、犯人を名指しする名探偵のように答えた。
「逃亡するロザラインを確保するロメオの場面」
「おーい、それじゃこれまでの脚本と真逆じゃあないか」案の定、パックは挑発するが、そこにだれも異を唱えない。ほかの代表CEOも脳裏で描いた脚本であるからだ。
「こうなるとヴェロナ事件の前提から覆る。〈スーパシー〉の秘宝・世界地図を盗んだ犯人が、ロメオとジュリエットではなく、ジュリエットとロザラインになる。コーディリア様の証言と符合しますね。ロメオの恋人関係を否定するジュリエット自身の発言と」
「ええ……」コーディリアが厳かに頷く。
「ただそれだと、なぜジュリエットはロメオと恋人などと偽ったのですか」フィディーリから質問があがる。
「ジュリエットがまだ、秘宝・世界地図を手にしていないから」
「――そうか、世界地図もろとも氷結の焔塊に閉ざされてしまった」
「これを我々に悟らせないための演技。恋は盲目です。たとえ他人のラヴストーリだとしても」
「違う――」コーディリアが強く否定した。「ロザラインに世界地図を盗む理由などありません。ましてジュリエットと手を組むなどと」
一同が静まる。
ハムレットは、話し手をコーディリアへと移した。
「そうですね。我々はジュリエットにばかり注目し、彼女についてはまるで関心が無かった。どのような人物か教えていただけますか、氷結のロザラインとやらを」
「氷結のロザラインだなんて呼び名はおこがましい。彼女の氷結の焔は、はなはだ未完成で、ただ人一倍好奇心が強いだけの……、そしてロメオに恋をするふつうの少女です」




