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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第六話 「本日解禁 正式兵装版 : vs. Edmund. Part 2」
33/112

chapter 8

     8


 トレースの第二段階を完成させ、エドマンドは剣を床に振り下ろした。

 その衝撃はジュリエットの足元まで揺らした。

 それもそのはず。

 いまやエドマンドの剣は、四メートルの身の丈に釣り合うように分厚く巨大化したからだ。その幅は、ジュリエットの細い腰の倍はあり、全長は彼女より長い。もちろん、質量は人一人より重いだろう。

「投降しろ」エドマンドは厳かに告げる。腹の底まで振るわせるような、重い声色だった。

「嫌だね」

「警告はした」

 言い終わるやいなや、エドマンドはな比類無き剛力でジュリエットに迫った。

 一瞬である。

 踏み込みの一歩だけでフロアに亀裂が入り、ジュリエットの身の丈以上の大剣を振りかぶった。

 もはやヒールやレーピアなどでは、受け止めきれる破壊力でない。躰ごとなぎ払われる。

 ジュリエットはピンヒールブーストを点火させ、これを回避。

 紙一重で避けたエドマンドの一振りは、フロアを砕き、爆音のような衝撃とともに破片が四散する。

 ジュリエットに分があるとすれば、巨大化したエドマンドの的が大きくなった、ということくらい。

 背後に回ったジュリエットに、エドマンドは大剣を横一線に振る。

 ジュリエットはそれを、銀盤のフィギュアスケータのように躰を捻りながらジャンプして、その勢いのまま、炎のレーピアで鬼神の頭部を打った。

 直後、この判断は誤りだったと悟る。

 微動だにしないエドマンドの、覗くことのできないはずの眼光と目が合った。

 しまった――、と彼女が危機を察知したときにはすでに遅い。

 巨大な拳は眼前に迫っていた。

 回避不能。

 重機に跳ねられたゴムボールのように、ジュリエットの細い躰が舞踏会場の端まで吹き飛び、端の壁に叩きつけられた。

 観月博士はジュリエットの名を叫ぶ。

 返事はなかった。

 細かく砕かれたフロアの破片が舞い上がり、ジュリエットの姿は確認できないが、これで無事なわけがない、とだれもが思った。

「やったか」コーディリアは結果を急いて身を乗り出す。

 しかし、エドマンドだけは知っていた。

「存外と用心深い」

 粉じんが収まり視界は晴れると、そこに埃まみれのジュリエットの姿が現れる。無事のようだが、武装は解除し、もとのドレス姿になっていた。

 咳払いと、頭の埃を払いながらの、ジュリエットはいたって呑気な調子だった。

「危ない危ない。おかげでベータ版がクラッシュしたよ」

「よかった」胸をなで下ろす観月。

「いいえ、そうとも言い切れますまい」駿河少尉は否定的に分析する。「ジュリエット嬢。なぜ戦闘装束を解いたのですか」

「ああ、これかい。そうだね、イノベーションズのみなさんにも、ちょっと解説しましょう」

 エドマンドがちらりと主人の指示を伺う。

 観客席のコーディリアは手を広げ、〝待て〟のハンドシグナルをするから、やむなく追撃をあきらめる。

「べつにこのままでも魔法は使えるよ。けど、効率的に省エナジィで発動させるんだったら、フレイムワークを使うのが一般的だ」

「あいにくわたしはただの騎士だ。理屈はわからぬが、ベロナ事件の際、氷結の焔から身を守った方法と同様の手段でわたしの一撃も防いだ、ということか」

「そうそう。ある一定以上の力が加えられたときに発動する、イベントプロシージャを組んでいた。そいつに処理能力の全部を注ぎ込んで身を守ったのよ。それでも許容量の限界を超えてオーバフローしちゃった」

「それで。フレイムワークなし。素のままで戦うか」

「まっさかあ」

「代替品……。いや、ジュリエット。俺は待っていた」博士の感は正しかった。

「さらに美しく、強く、情熱的に舞う赤をお見せしよう」ジュリエットが高らかに突き上げた手のひらを、ぐっと握りしめる。「今宵解禁。正式兵装版。メジャップデート」

 これは再演の拍手。

 ジュリエットは情報という概念の兵装をダウンロードする。

 頭の高い位置でくくった自慢の赤髪に、黄金のティアラがそっと乗る。

 花咲くように広がるドレスには繊細な花の刺繍が刻まれて、羽織ったマントは炎のようにゆらいでる。

 ヒール紐は白い腿までリボンのように結い合わせ、オトナセクシーに演出した。

 瞳の星はやっぱりおまけ。

 そして決まりのセリフで締めくくる。

「不屈の光は赤の焔。魔法男子、ジュリエットPM。バージョン1.00」

 だれよりも傲慢に美しく、

 雪色の肌を焦がすような衣装は焔のように煌びやか。

 躍動する情熱を身に纏いながらも、 

 されど深海から覗くような静謐な碧眼は冷静だ。

 桜色のリップだけが現実的で、

 それだけが彼女を生きた人形でないことを証明する。

「これが……、

 イノベーションズの面々も言葉を失う。

「正式兵装版――」

「きれい……」オフィーリアだけは、うっとりとのぼせるように呟いた。

「ちょっと派手すぎるって。まさか。ぼくは銀河舞踏会のヒロインだぜ。一番輝いたって、文句はないだろう」

「ああ、そのとおりだ」エドマンドは不思議と笑みを零した。「こい。灰炎のジュリエット」

「これが通じなければぼくに手はない。最大出力で真っ向勝負」ジュリエットが拳で胸を打つ。「集え、狂熱の焔」

 呼ばれたように光が彼女の拳に集中する。

 すると生まれる、彼女の新たな焔の矢。

「銀河の衝突。スター――」

 二本指で銃を作ると、蓄えた大量の焔を解き放った。

「ラヴバケーション」

 スターバーストの完全上位互換魔法。そのスピルは、速度と熱量のみならず、膨大な質量を保存する。

「今度こそ、完全に粉砕してくれる」

「エドマンド。君もたいがい、負けず嫌いだ――」

 〈エレガント・キメラ〉のR2といえども防御は不可能、のはずだ。

 火山の破局的大噴火のように、爆発音による空振現象がエドマンドに到達する。

 並の戦士ならば、その衝撃波だけで立ってはいられない。

 だがペルセウスの外骨格はそれ以上の防御力を保有する。

 エドマンドは大剣を握りしめ、

「打ち返してみせる――」焔の投石を正面から受け止めた。

 轟音と衝撃、

 熱風が嵐となって銀河舞踏会を席巻する。

 観客席の代表CEOまで龍のような黒煙に巻かれた。

 同じフロアの観月には、もっと視界が悪い。彼は防御姿勢を取りながら、声を張り上げた。

「いけー。ジュリエット――」

 その瞬間だった。

 逆落下する隕石――、ジュリエットの焔の矢が打ち上がった。

 その威力により、舞踏会の炎、煙が、水面の波紋のように晴れる。

 エドマンドが、ジュリエットの新技を上空に弾き返したのだ。

「馬鹿な――ッ」

「ちぃ……」

 ジュリエットには倒しきれなかったこと、エドマンドには打ち返し切れなかったこと、それぞれがそれぞれの理由で見守るなか、焔の矢は舞踏会のちょうど中央上空で爆散した――。

 爆風に、衝撃音。

 開放された光はシャンデリアよりも明るくなり、

 そして――、

「なんだ……」駿河少尉がつぶやく。「なにか見える」

 ふだんはシャンデリアによる光のヴェールで隠れていたが、それ以上の光量によって姿が露わになった。

「ああ、シャンデリアの裏に……」観月も気づいた。「ジュリエット――」

 ジュリエットの行動はだれよりも早かった。

 彼女は空中に足場があるように、空間を蹴りながら上空へ飛びあがっていく。

 次に動いたのはハムレットだった。

「まずいな、ちぃ――」ハムレットはだれに聞こえるまでもない小声でつぶやき、桔梗色の髪の少女に優しく微笑んだ。「俺のオフィーリア。俺のために働いてくれるか」

「えっ、あ、はい。ハムレットさまのためならなんなりと」急になのことやら。状況の理解が追いつかないオフィーリアが条件反射で答えると、ぎゅっとハムレットに上着の裾を捕まれる。

「あの、ハムレット様……」

「ゆけ、オフィーリア」

 投げられた。

 子猫のように投げられたオフィーリアは、空中でジュリエットと衝突するコースを飛んでいく。

 オフィーリアは情けない声を上げながら、しかし近づくジュリエットを見るや否や、なぜか歓喜の叫びに変わり「ジュリエットさまー、だあ――っ」足場代わりに踏まれた。

「そ、そんなー。わたくしを踏み台に」

 落ち行くオフィーリアには目もくれず、ジュリエットはとうとうシャンデリアの高度に届く。

 焔のレーピアで、ジュリエットはシャンデリアのフロートユニットを破壊した。

「やられた……」ハムレットが舌打ちする。

 オフィーリアは頭から着地。「ぶへっ」

 ハムレットに睨まれながら、ジュリエットは軽く着地。

 つぎにシャンデリアが音を立てて床に叩き落ち、

 最後に、シャンデリアの裏に隠れていた〝なにか〟が、ちょうどフロアの中央に墜落した。

 それを見た瞬間、代表CEOすらも落雷を受けたような衝撃に言葉を詰まらせる。

「まさか……」

「――そんな」

「あれってー」

 プロスペロ、フィディーリ、パックが次々に驚きに口を開くが、コーディリアはより私的な理由によって心を振るわせた。

 なぜなら、その〝なにか〟には、彼女がよく見知った乙女の姿があったからだ。

「ロ――」

 しかし、コーディリアが口を開き掛けたよりも早く、

「ロザライン――ッ」

 ジュリエットが絶叫した。

 そう……、シャンデリアの裏に隠されていたのは、ハムレットらがヴェステブルマルク・システムの処女運転で発見した、〝ロミオとロザラインをその中に閉ざす、氷結の焔塊〟だった。

 ジュリエットがもう一度、ロザラインの名を叫びながら駆け寄る。

 平静でないのは明かだ。

 観月が止めに入ろうと動くよりもさきに、駿河少尉が走る。

「少尉――」

「承知しています」

 ずっと探していた。

 ロメオとロザラインの二人が、同時に見つかった。

 こんなことろで。

 まったく心の準備ができていなかった。

 焦っているのはジュリエット自身が一番承知。

 だからって、押さきれるものか。

 この瞬間を、どれだけ待ち望んだことか――。

 ジュリエットが手を伸ばす。

 もうそこまで。

 かの人が手の届くすぐそこまでで、

「ジュリエット」漆黒の刀身が襲いかかった。

 とっさにレーピアで受け止めたジュリエットの前には、憤怒の形相で睨み付ける彼女がいた。

「コーディリア――」

「あなたが彼女の名を口にする権利などない。ロザラインが汚れる」

「な、なんだって……」

「ええい――」コーディリアの鬼石に亀裂が入る。彼女の入力に耐えられない人工の量産品だった。

「忘れたのかしら。あなたははっきりと言ったでしょうに」コーディリアは、ストックの鬼石を取り出し、刀剣化する。

「ロメオを慕うロザラインの純情を知りながら、あなたは――」

 忘れもしない光景が、映画のワンシーンのようにコーディリアの脳裏に蘇る。

 第一世界で出会ったときのジュリエット。情熱的な赤髪と対照的に、人の心など微塵も興味もなさそうな冷えた瞳をしてた。そして、歳不相応な妙に艶のある女性的な声色と、意味深な微笑みをしてこう言った。


 ――ああ、ロメオか。安心してくれたまえ。愛してなどないよ――


「姫さま。撤退を」エドマンドがコーディリアを羽交い締めにして制止する。

「馬鹿者。放せ」

 同様に、駿河少尉はジュリエットの肩を掴む。

「少尉――」

「情報崩壊です。ジュリエット嬢」

「でも、そこに」

「そこに」

「ぼくの恋人が――」

「唯一の友が――」

 ――いるというのに。

 二人の少女は、残酷な現実に叫び声をぶつけることしかできなかった。


     ※


 その同じ頃――といっても、銀河舞踏会と通常空間では、時間矢は同期していないが――ヒダカミドウの基地奥深くから、白鳥のような美しい白銀の乙女が動き出す。

 長い着物の裾を床に引きずりながら、音もなく歩く。

 すれ違う隊員は、幽霊でも見たような衝撃に硬直し、つぎの瞬間にはどうすべきか判断に迷い無駄に躰を振るわせた。

 基地最高位の司令官すら例外ではなかった。

 だれに阻まれることもなく、彼女は――、天女はしかしハゴロモを前にぴたりと立ち止った。

 まるで、待ち人が来るのを知っているかのように……。

第7話「悪夢 と 氷結: Non Battle」へ続く

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