chapter 7
7
起動中のハゴロモを前に、駿河少尉はすでに待機していた。
彼の涼しげな視線と、ジュリエットの碧眼が交差する。
ジュリエットは真っ赤なドレスを棚引かせ、ハイヒールで床を鳴らした。
「お待たせっ」
「気落ちしていると聞きましたが、取り戻した様子で」
「まだ本調子じゃあないさ。気晴らしにでもって、ばっちり決めてきたけど。どう」ジュリエットはくるりと回ってみせる。
駿河少尉は黙って視線を外した。
「連れないな、まったく」
「俺は似合うと想うよ、ジュリエット」でっぷりとした腹を撫でながら、観月だけは褒めてくれた。こういったことを自然体で言ってくれる彼は、見た目より年上の紳士のようだ。
「ありがとう。やっぱり女の子は、元気なほうがかわいいでしょう」にかっ、とジュリエットは笑って、両手の人差し指を頬に指す。
「ああ。辛くたって、笑って、顔を上げて、俺たちは進まなくちゃならない。欲しいものがあるのなら」
三人は同時に頷く。
「希望のさきは」
「銀河舞踏――」
三人は光の輪に飛び込んだ。
まばゆい閃光を通り過ぎ、天地に銀河を敷き詰めた幻想的な舞踏会場に着地する。その周囲をぐるりと囲む観客席には、期待を裏切らないイノベーションズの面々が腰を下ろしていた。
もはや見慣れた光景に、実家のような安心感。
だれもいなかったら、寂しいくらいでさえある。
「ただいま。毎度々々、ぼくためにわざわざありがとう」
さっそく一言目から挑発しよりよる、しよりよる、という観月の冷や汗も知らず、ジュリエットはイノベーションズに手を振った。
「相変わらず小うるさい娘だこと」答えたのは、どこの舞踏会に参加しても恥ずかしくない、豪奢な乳白色のドレスを着用したコーディリアだった。
「コーディリア王女……、ということは」
「今宵、あなたの相手をするのは」コーディリアが高らかに宣言する。「我が騎士、エドマンド――」
拝命を受けた騎士が舞踏会に降り立った。
黒の燕尾服を着用した青年――。ジュリエットの初戦の相手でもある、鬼神エドマンドだ。
さすがのジュリエットも、騎士の眼光を前には気圧される。軽口を叩く気は、もはやなかった。
「君が相手か。こいつぁしんどいぜ……」
「知っている相手か」観月博士が聞く。
「博士たちの世界に着くまえに一戦交えた、〈エレガント・キメラ〉出身の騎士だよ」
「騎士――」観月が驚く。それもむりはない。
「ああ。コーディリア王女だけは、手加減なしなんだ」
コーディリアはジュリエットを見下ろし、二人の視線が交差する。
「愚かなわたしは、初戦は貴女を見くびっていたと告白しよう」エドマンドが言う。「だが、今回はちがう。出し惜しみなどしないと、あらかじめ忠告する」
「オーケイ。お互い、悔いのないように戦おう」
エドマンドが右手を前にかざすと、そこに青白い光が集う。
「エーテル通信――」現れたのは、サファイア色に輝く美しい宝石。「いくぞ。ペルセウス」
握りしめた宝石――強靱な肉体を持ち、かつて宇宙に繁栄を極めた種族の化石――鬼石の能力の第一段階が開放される。
「エドマンドR1」鬼石はあらゆる宝剣にも勝る美しい剣に姿を変え、エドマンドはその剣先をジュリエットに向けた。「くるがよい。我が忠義に勝るというのならな。灰炎のジュリエット」
「忠義」ジュリエットはふっと短く笑う。「そんなんじゃあぼくには敵わない。警戒は無用のようだね」
「なに――」
「人間ってのはさ、結局は他人のために働くときが一番パワーを出せんるんだぜ。だってそうだろう。自分のためなら、自分さえ我慢しちゃえばそれで解決。ちがうかい」
「なら貴様は、なんのために戦う」
「愛だ」ジュリエットはせいいっぱいの声を張り上げる。
舞踏会の全員が、一瞬、息をするのも忘れる。
「……なん、だと」
「ぼくはロメオ様のために戦うし。ロメオさまもぼくを求める。一方通行の忠義じゃあ、ぼくは倒せないぜ。なんてって、ぼくは七つの世界を敵に回すほどのでっかい愛を原動力に戦う、ジュリエット・メアリ・キャピュレットなんだからな。ライドー」
これは開演の拍手。
ジュリエットは情報という概念の兵装をダウンロードする。
束ねる髪留めは外れ、燃えさかる焔のようにグラデーションがかかる長い髪。
赤を基調としたドレスは全身を包み込む。
踵の高いヒールをピンと履きこなし、胸におっきなリボンが花開く。
瞳に星が光るのは最後のおまけ。
そして決まりのセリフで締めくくる。
「不屈の光は赤の焔。魔法男子、ベータ・ジュリエット」
「よくぞ――」
エドマンドが一足飛びに距離を詰める。
鬼石の力を解放した騎士の身体能力は、生身の肉体を遙かに超える。それぞれの世界がそれぞれの科学技術で戦闘能力を高めるなか、鬼石の力を引き出せる〈エレガント・キメラ〉は、頭一つ抜きんでている。
とくに、エドマンドがもつペルセウスの等級は、トリプルエクセレント。最高級の鬼石だ。
これを真っ向から受け止める者は七つの世界を探しても、愚か者か、もしくは――、
「炎の剣。ジュリエットレーピア」
ジュリエットしかいない。
サファイア色と焔が打ち合った。
「レーピアで鍔迫り合いですって……」相変わらずでたらめなジュリエットの戦闘スタイルに、コーディリアは苛立ちを隠せない。
「いまさらですが、しかし」フィディーリもあきれ顔だ。
「そこがジュリジュリのいいとこじゃん」こちらも相変わらずのパック。
「あれはあれで、やっかいなんだがな」となぜか評価するプロスペロ。
「剣技ではこちらに分がありますが」ハムレットは、コーディリアが騎士にどのような指示を出すのか伺った。さあ、どう動かれますかな、と。
「エドマンド」コーディリは立ち上がって騎士に厳命する。「ねじ伏せろ」
その声が届くか否か、エドマンドはぐっとジュリエットを押す。
彼女が負けじと押し返す瞬間を見逃さず、エドマンドは躰を引き、刹那、間合いを作り、その流れのまま左打つ――〝裏引き〟。
たしかに、剣技は圧倒的にエドマンドに軍配が上がる。
一方、ジュリエットには魔法を使った、変則的な攻防がある。
「なっ――」
ジュリエットはしなやかな細い足を伸ばし、エドマンドの刀身をヒールで受けていた。
エドマンドが小さく舌打ち。肺いっぱいに酸素を取り込むと、裂帛の気合いとともに、腰を据え連続で打ち込んだ。
嵐のような斬撃。
エドマンドは呼吸が続くまで打ち続けた。
だが、そのすべてをジュリエットはヒールで受け止める。
我慢ならず、酸素を求めてエドマンドは後方に飛び、距離を取った。
肩で息をするエドマンドに、ジュリエットはすっと伸ばした足を、真っ直ぐ地に下ろす。
「足癖の悪い娘だな、貴女は」
「育ちの悪さは、言わないお約束」
「ふんっ」エドマンドは血振りするように空を切り、ペルセウスを刀剣化から解除した。
「おやや。君も足技で戦うかい」
「わたしは騎士だ。これ以外、なにもない」
意図を理解し、ジュリエットは連れの二人に振り返る。
「二人とも、今夜の舞踏会、途中退場するならこのタイミングしかないけど。どうする」
「いまさらなんだよ。危険は承知のうえだ」観月の言い分はその通りなのだが……。
「どうやら、本来の力を魅せてもらえるようです」駿河少尉の推察は正しかった。「情報崩壊状態は、ジュリエット嬢の大技で引き起こされますが、それに至らずとも、彼らは武装制限されているのです。今夜は、その限りではないということでしょう」
「察しがいい。DWの騎士よ。これからは、こちらの姿で戦わせてもらうぞ。ペルセウス――」
エドマンドの右手が一際、青く輝いた。
サファイヤ色の光が、エドマンドの前身を照らしていると、徐々に、その光が身に纏うように硬化していく。
流麗なシルエットに、つい触れたくなるほどの光沢。
しかし美しさと同居するのは、恐ろしいほどの禍々しさ。
鬼を連想させる頭部の二本の角に、兜はすさまじい狂気を宿した般若を思わせる面構え。
全長は4メートルを越えた。甲冑を着込む、というよりか乗込むに近い。強化外骨格の一つの到達点と言える生物兵器――。
それが、
「エドマンド、R2――」




