表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第六話 「本日解禁 正式兵装版 : vs. Edmund. Part 2」
31/112

chapter 6

   Bパート


   6


 ジュリエットは基地の外にいた。

 もうすっかり日も暮れている。

 穏やかな風だが、薄着で出歩くには、まだまだ冷たかった。

 湖の波音が、余計に静寂を際立たせる。

 星は少ない。

 地上の明かりが眩しすぎるのだ。周囲はぐるりと温泉街と住宅地で囲まれているし、ちょっと車で走れば、十数万人都市が隣にある。

「寂しい空だな……。君は星に願ったことがある、博士」

「気づいてたのか」シルエットだけ見ると、森から現れた熊のようだが、正体は観月智一博士である。

「基地内でそんな重たそうな足音を立てるのは、博士だけだよ」

「訓練された連中と一緒にしないでくれよ。ぼくは科学者だ」観月博士は、ジュリエットの隣に腰を落とした。

 あまりの重さに、地面が揺れたような気がする。

「天宮が心配してたぜ」

「ごめん、知ってる」ジュリエットは膝を抱えて、遠く湖を隔てた温泉街の明かりを眺める。「わかってるけどさ。ぼくにだって、どうしようもなく気分が落ちていく日もあるんだ」

「いまさらだけど、聞いていいか。なんで世界地図なんてもんを盗んだ」

 博士の声は、けっして非難するような色は含まれていない。それどころか、懺悔を促すような聖職者にさえ似ている。

 観月は続ける。

「そりゃあ国家戦略には必須なのはわかる。地形を把握できずに勝利した大戦をぼくは知らない。けれど、恋人に必要なのは未開の地図ではなく、レストランとか、ホテルとか、観光名所がおすすめされたガイドブックのほうだろう」

「さあね……。ロメオ様に聞いてみてよ」

「首謀者はロメオのほうなのか」

「おっと、博士はおしゃべり上手だね。君と話していると余計なことまでぽろっと口から零してしまいそうだ」

「ああ、いや……。そうじゃなくって、俺が言いたいのは……、っていうより目的はだな。うーん」

「なに、博士もぼくを元気づけてくれるって」

「やりにくいじゃあないか。俺はジュリエットから教えて欲しいことが山ほどあるのに。そんなしょげてる女の子からどうやって聞き出せばいいんだよ。それでなくても女性経験なんて皆無なのにな。もう」

 観月がくしゃくしゃに頭を掻く仕草を見て、ジュリエットは久々に笑った。

 本当に久々な気がする。

「ほんの数ヶ月まえの出来事なのに、ずいぶん遠くまで来たような気がするよ……」

 星々は遠く、美しい輝きも過去の繁栄でしかないことを知った古い時代の天文学者は、なにを想ったのだろうか。あれだけ情熱と愛情を注いだのに、光のさきには、もはや欠片もないかもしれないのだ。

 隣の男は、いまだに声のかけ方を思案してぶつぶつ独り言を口にしている。

 一つ二つくらい、台本を考えてからやってくればいいものを。ほんとうに研究者ってやつは王道しか知らないんだから。

 ジュリエットは、太っているのは伊達じゃない、膨らんだお腹には思いやりが詰まっている男に、ちょっとサービスすることにした。

「博士、さっきの続き。星に願い事をしたことって、あるかい」

「願い事はかけない方が安全側だ。間違ってでも成功したら、大損だからね。俺らの常識じゃないか」

「研究者としてはね。でも少年心として、星に願い事をかけることは悪くない。それでとんでもない発見をすることがある」ジュリエットは観月のつぶらな瞳を見据えながら、夜空のほうのつぶらな輝きを指さした。「この世界は、公転運動をどのていど理解しているの」

「天気予報で困らないくらいには」

「じゃあ、惑星の運行が反剛体運動なのは知っているね。地球よりも外側の惑星ほど、理論値と観測値がずれるけど、なんのパラメータでもって漸近させてるの」

「この世界じゃ、それはダークプラネット問題って言われてるよ。光を放たない巨大な質量の天体が太陽系のみならず、宇宙のあちこちにあって、無視できない重力を及ぼしているのだと」観月は目を輝かせる。「ジュリエットの世界じゃあ、どこまで解明されているんだ」

「博士、隣」ぽんぽん、と観月の肩を叩いて、ジュリエットは彼に反対側を振り向かせる。

 言われるまま首を捻った観月だが、とうぜん、隣にはだれもいない。浜辺にはジュリエットと観月の二人きりなのだから。

「なんの意味だ、ジュリエット」と観月が視線を戻すと、そこにはジュリエットはいなかった。

 しかし、

 ぶすっと、細いなにかが彼の頬を指した。

 ジュリエットの指だった。彼女は反対側に座り直していた。

「なんだよ、急にからかって」

「さあて、ぼくはいま、博士の左隣に座っていたでしょうか、それとも右隣」

「さっきまではぼくの右側に、いまは左側に――」そこまで口にして、感のよい博士は思い至る。「世界は複数存在する。七つ八つどころか、無数に、だったな」

 ジュリエットは頬を緩ませて頷く。

「見たい物ほど目には映らない。真実も、愛も、エナジィも」ジュリエットは湖を見つめながら説明する。「宇宙の構造について、君ら第三世界は〝ユニバース宇宙論〟と唱えているのに対して、ぼくら第一世界は、顕微鏡のプレパラートにたとえて〝プレパラート宇宙論〟と呼んでいる。ハゴロモが作り出すワームホールは、いわば三次元プレパラートの膜なんだよ」

「プレパラート……」観月は首を傾げた。

「うん。プレパラートに挟まれた検体の自由度は二つだ。つまり、プレパラートの中身は、プレパラートそのものが存在する宇宙より、次元が一つ取り除かれる。同じように、ぼくら三次元のこの宇宙は、より高次の次元に存在していて、ぼくらは三次元プレパラートに閉じ込められているんだよ」

「……光学的に観測できなかったったのは、こういう理由か」観月は目を見開いてジュリエットに問い尋ねる。「ただし、重力は三次元プレパラートを超えて、隣接するほかの三次元プレパラートと相互作用できるんだな。これが、ダークプラネットの正体――。いいや、もっといえばだジュリエット。三次元生物でありながら、三次元プレパラートの外側へ自力で干渉する手段を、君ら第一世界は保有している」

 観月が確信を突いた。

 ジュリエットはにやりと笑う。

「三次元プレパラートの内側では、ぼくらは自由に移動できるけれど、ぼくらも、ぼくらの躰を構成する小さな粒や、それらを繋ぎ止める力――電弱力もプレパラートの外側へは作用しない。

「ただし、重力も含め、超通信の根幹たる粒子、ミュセドーラス=アマダイン・モードは決まったペアを作って、三次元プレパラートの壁をとおりこし、高次元の宇宙と情報の交換をできるんだ。まるで恋人と交換日記をするようにね」

「そして、三次元プレパラートの外側に存在するもう一つの次元軸は、俺らにとっての、〝時間〟」

「エクセレンッ」ジュリエットは指を鳴らす。

「ジュリエット、俺はずっと不思議だったんだ。ハゴロモを通過した物質がどうやって再構築しているかってな。マーカ粒子が存在するのか、フラグを立てているのか……。違うんだね。あり得ないくらいの確率で〝再構築した未来と通信しているんだ〟。それが、君たち第一世界が占有する科学技術、〝超通信現象〟――」

 観月は鼻の穴を膨らませて興奮している。

 立ち上がり、いまにも湖に飛び込みそうだ。

 そんな彼以上に心躍らせたのは、むしろジュリエットの方かも知れない。

 おかしくっておかしくって、

 ジュリエットはとうとう我慢できず吹き出した。

 観月の挙動がおかしかったんじゃない。

 だれだって子供のころに経験したワクワクとドキドキ、無垢な興奮が観月から伝播したのだ。

「ぼくはエンジニアだけど、半分は数学者かな。この仲むつまじい粒子の振る舞いを記述するための双数計算機科学ってのが専門なんだ。おもしろいよ」にこっとジュリエットは笑う。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。山ほど質問させて欲しくなったわけだが」

「だーめっ。サービスタイム終了です」ジュリエットは立ち上がって基地へ引き返す。

「しかし、超通信現象……、ミュセドーラス=アマダイン・モードはペアが作るってことでなり立つのならジュリエット、手元に戻すためには、宇宙的位置情報が必要なんじゃないか」

「さすが、博士は思考の切れ味が違う」ジュリエットがニッと笑う。「第二世界が第一世界に昇格できないのは、第二世界の住人に、この位置情報を与えられていないからさ」

「いわば俺らは、宇宙のホームレス……、か。でも待てよ。メリットがわからない。どんな技術も普及しなければ進歩しない。独占による支配体制、あるいは収奪的な制度では、じり貧だってこを理解してるだろう。敵対する同水準の第一世界がもうひとつあるのなら、なおのことだ。ちがうか、ジュリエット」

「博士のいうとおりだ」

「じゃあ……」観月は、その理由を自身の世界の類似する問題に置き換えて思考したとき、即座に解答にたどり着いた。「資源問題か……。ってことは、世界地図を奪ったのは――」

 観月は、その先を口にするまえに、ジュリエットに唇を封じられる。彼女の人差し指が、彼の唇に触れていたからだ。

「おしゃべりなお口にチャックだよ」ジュリエットの愛らしい微笑みも、しかしいまは観月の目には映らない。

 それよりも観月は、自分の恐ろしい『ヴェロナ事件の真相』ないしは、すくなくとも『ジュリエットの思惑の一端』に触れ、急に肌寒い思いでいっぱいだった。

「ジュリエット……、お前はいったい、なにをするつもりなんだ……」

 ジュリエットは基地への入り口に向かって歩み出し、観月に背を向けたまま言った。

「ぼくは灰炎のジュリエット。七つの世界を敵にまわした赤の魔女さ」

「そう、だな……」観月は首を振る。それ以上の追求をやめた。

「ありがとう。なんとなく、元気が出た気がするよ」振り返ったジュリエットの表情は、観月にも明るく見えたはずだ。

「そりゃあよかった」

「お礼に、舞踏会へ出掛けませんか」

「ふつう、誘うのは男のほうだけどな」

「なら問題ない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ