chapter 4
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イノヴェーションズの集会は、声変わりまえのボーイソプラノの笑い声ではじまった。
パックはいつになく上機嫌で、対照的にハムレットは沈痛な面持ちで、眉間をひくつかせている。
「やあ、前回は面白い舞踏会だったよねえ。そのご、彼らはどうだい、ハムハム」
「元気でやっているよ。研究所で」パックの皮肉に、ハムレットは無理矢理な笑顔で答える。研究室で、という単語がやや強調的だったのは、事実上の左遷だったからだ。
前回の銀河舞踏会は、パックが代表CEOを務める〈黒衣の世界ダンシィング・ウィル〉の手番だった。これをハムレットの〈鍛冶の世界ムーランライト・セレネード〉に譲る代わりに、パックによって踊り手を指名したのだが……。
パックの思惑どおり、といったとろこだろう。
「天才的な技術者だが、間抜けだった。前回の舞踏会、とんだ醜態をさらしてまったことはここで謝罪しましょう」
「ジュリジュリなんか、踊る暇もなかったしね」くししッ、とパックは肩を揺らしながら笑った。
「さて、本題に入りましょう」ハムレットは声色を真面目モードに入れ替えて告げる。
どことなくお気楽ムードだった彼らも、一瞬で身にまとう空気か変わった。
まず発言したのは、〈思念の世界テンペスト〉代表CEO、ドクタ・プロスペロだ。
「さきに伝えていたとおり、銀河舞踏会の大型アップデートが昨夜、無事に終えた。細かな改善点は手持ちの資料に目を通してもらうとして、特記すべきはスループットの大幅強化」プロスペロは銀縁の眼鏡の奥から、各代表CEOを順に目を合わす。「これによって各世界の武装も、相応の情報量を舞踏会への持込み・展開できる」
パックは大喜びで手を打つ。
「やるじゃん。で、具体的にはどのくらいなん、メガネ」
メガネは眼鏡を直してから――、元いプロスペロは説明する。
「我々〈テンペスト〉ならば、青銅のエアリエルから白銀のエアリエルへ。〈フィア・ノウ・モア〉ならば、カテゴリEからカテゴリCへ。〈エレガント・キメラ〉ならば、R1状態からR2状態へ。〈ムーンライトセレーネード〉は、武装自体の情報量こそ少ないが、出力はクルーズからミリタリへ移行できるだろう」
各世界、五人の代表CEOが無言で頷く。
これを受け、次の舞踏会へ身を乗り出して手を上げ得たのは、〈鬼石の世界エレガント・キメラ〉代表CEO、悪夢の王女コーディリアだ。
「つぎはわたくし。よろしいわね」
「そうおっしゃると思いました、姫様」ハムレットは、今回の集会で最大の問題は、どうやってコーディリアを説得するか、であると考えていた。
「いちおう、お聞きしますが、舞踏会に参加なさるのはエドマンド殿ですか」
「わたくしに彼以外、一人として配下はおりませんのよ」コーディリアは自虐的に、しかし優雅に答える。「その彼とて、借り物の騎士ですけれど。なにか問題でも」
「大ありです。鬼神エドマンド――、わたしは彼の強さを過小評価しておりません。R2状態の彼の戦闘能力なら、灰炎のジュリエットなどひとたまりもありますまい」
「よろこばしいではありませんか、剣の王子様」コーディリアはストレートの金髪に手ぐしをかけながら言った。
彼女の挑発的な視線は『はっきりと本音をおっしゃって』という信号を放っている。
「姫様。この舞踏会は拮抗した戦力でなくてはならないのです。つまり、『もしかしたら勝てるかも』、というぎりぎりの演出が必要なのです。我々にとって最悪のシナリオとは、ジュリエットは勝ち目がない、とロメオの救出をあきらめ、二度と我々の前に姿を現さなくなることです。ですから――」
「あの女に限って、それはないのですよ。殿下」コーディリアの声色が冷たく、隠しきれない殺気が込められていた。
肌を突くような空気のなか、コーディリアはだれもが触れようとしなかった話題をあっけなく持ち込んだ。
「その存在自体、不確かなワルキューレなどに狙いを絞っているくらいなら、わたくしは確実に灰炎のジュリエットを捕らえる方に舵を取ります。みなさんは、いかがお考えなのかしら」
先手を打たれた。
ハムレットは心の中で舌打ちする。
「え、ワルキューレって、あのワルキューレ」パックはなにも考えていないようだった。
「手に入れらるのならば、その見返りは灰炎のジュリエットを遙かに上回ります」〈フィア・ノウ・モア〉のフィディーリは、コーリディリアに否定的な見解だった。「状況は膠着。ならばまだ、灰炎のジュリエットは泳がしたままでよろしいでしょう」
「多くを望むものは、一雫も得られない」プロスペロは、ややコーディリア側の見解だ。「ジュリエットの捕獲を、まず第一に考えるべきだ」
「ロビン=グットフェロウ殿は」ハムレットは仕方なく、苦手なパックにも票を投じてもらう。
二対二で、ジュリエットを泳がせるか否か、意見が割れているからだ。
「ぼくは面白いほうに賛成だけど、迷うなぁ」パックは神妙な面持ちで腕組みする。「あとパックって呼んで」
「ではどちらですかな、パック殿」ハムレットは口元をひくつかせながら、冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせる。
しかしパックの答えは、予想だにしないものだった。
「てゆーかさ、R2状態でやっと、そのぎりぎりの演出になるんじゃない」
「馬鹿な。R2状態の騎士がどれほどの力か。侮るのも大概にしていただきたいわ、パック」コーディリアはいらだちも露わにパックに食らいつくが、
「いやいや、だって、ジュリジュリだってそろそろアップデートするんじゃない」
そうだった。
完全に失念していた事案に、ハムレットが対案を提示するよりも早く、コーディリアが低く、童話に出てくる魔女のような笑い声を響かせた。
「ええ、そうでした。己のことばかりで、相手のことを忘れていましたわ。どうして愚か者はわたくしのほうですわ、パック」コーディリアは立ち上がり、金髪を優雅に払うと全員に告げた。「灰炎のジュリエットが正式兵装版を秘めているのなら、これまでの戦力では敗北は必至。次回の踊り手をわたくしに任せていただけるのならば、よろこんで正式兵装版の魔法使いに、生け贄を差し出しましょう。もちろん、可能ならば捕獲してしまいますが。みなさま、それでよろし」
ハムレットは重たい首を縦に振る。
「舞踏会は、相手がいなければ踊れない。いいでしょう。次は〈エレガント・キメラ〉にお任せします」
ハムレットは同意を求めるように、各代表CEOの目を確認する。
異論はだれひとりなさそうだ。
「しかし、そろそろ教えていただきたい。個人的に恨みがありそうですが、姫様には。なぜジュリエットはあきらめない、と断言できるのですか。愛など、それほど揺るぎないものでしょうか。それこそ、姫様がよくご存じのはずでは」
流れを取り戻すべく、ここはあえて、ハムレットはコーディリアに本音を迫った。
悪夢の王女は、この問いにいかに答えるのか。
ハムレットが投じた波紋に、みながコーディリアの回答を注目する。
彼女は一呼吸してから言った。
「みなさまは、本来ならば代表CEOどころか、バグフィルタ計画に参加することすらままならない身分だったはずです。それがどうして、ここにいらっしゃるのかしら。あきらめられない、なにかが突き動かしているからだと存じます。
「わたくしにはあります。たとえ悪夢の王女と呼ばれようとも、娘としての当然の愛が――、キング・リアへの愛がわたくしを舞踏会へ向かわせます。
「灰炎のジュリエットにもそれがある。しかし、彼女にとってのあきらめられない理由が、恋人への誠の愛とは申し上げません。遠くない未来、みなさまの前に露見する日もありましょう。わたくしはあまり、不確かなものを口にするのを好みませんので……。
「いずれにせよ、フィラメントを突き抜けるのは、我々イノヴェーションズです」




