chapter 1
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観月智一博士の朝はいつも楽しい。
なにを食べようか、と考えながら着替えるのが日課だ。
うきうき気分で自前のトレー(食堂のトレーの二枚分ある)を手に、食堂に到着。
朝食はいつもバイキング形式。
観月がはじめに手にするのは、箸とスプーン。これがなくちゃあはじまらない。
つぎに向かうのがサラダバー。二十四種類の新鮮野菜がステンレスのボールに入っているから、彼は二十四種類をトングでひとつまみずつ皿に盛る。ドレッシングはかけないのが観月流。
日替わりスープに、白米を大盛り。
袋詰めのクラッカを二つ。
今朝のメインは照り焼きのチキン。その他もろもろタンパク質を皿に盛って、いっぱになったら席に座る。もちろん、カウンタから近い席を選ぶ。なんどもお代わりをするからだ。
軽快な足取りで定位置に向かう途中、赤い頭を発見した。
ジュリエットだ。
「おはよ、ジュリエット。珍しいな。きょうは早起きだ」観月は声をかけながら、彼女の正面に相席した。
ジュリエットはゆっくり顔を上げる。
だが、どこか焦点があっていないような目で、観月を不思議そうに見る。無言で。
「ジュリエット……」不安になって観月が彼女の顔の前で手を振った。
「あっ、ああ、博士。おはよう」ジュリエットはいま気づいた、というような反応だ。
「おはよう。寝ぼけてた」
「うん……。だから、コーヒーをね」
コーヒーをね、というよりもコーヒーだけだ。
「そんなんで昼までもつか。低燃費な躰だとしても、少なすぎるだろ」
「博士は多すぎ。ちょっとは痩せないとね。大病の原因」
「もう百万回は言われた」
「小さな子供が二人くらい入ってそうなお腹してさ」
「そうそう。だからダイエットしたくても走れなくて困ってるんだ」と言いながら、もりもり朝食を口に運ぶ。言ってることとやってることが真逆である。同じ口なのに。
「一日だけでもいいからジュリエットと躰を交換してみたいぜ。さぞや足取りが軽いだろうな」
とうぜんジョークのつもりだったが、ジュリエットには珍しい社交的な苦笑いをみせた。
「使い慣れた自分の躰が一番だよ」
性的なハラスメントに当たる発言だったろうか。
ちょっと自重しよう。しかし意味不明な返答である。
それにしても、今朝のジュリエットは覇気がない。
無邪気で明るい彼女だが、ときおりしゅんと萎む姿をみせる。もちろん、事情が事情である。同い年の少年少女よりもディープな問題を抱えているのだから、そんな気分もあってとうぜんかもしれない。今朝に限らず、名を呼んでも反応しないことが、彼女にはままある。
「なんだか、心ここにあらずって感じだけど、大丈夫か」
「うまいこと言うなあ、博士は」
「魂が半分抜けかけているような顔してたぞ」
「座布団二枚目だね」
「おっと、だいぶ芸を覚えたようだ」
「つぎに天女様にお会いできるとき、つまらない奴だと帰されないようにね」ジュリエットがコーヒーカップに口をつける。ふっくらとした赤い唇。血色がよく、紅を引いているように魅力的だった。
思わず見とれた観月だが、一つだけ注意した。
「その話、あまり基地内でしないほうがいいよ。とくに駿河少尉の前では」
「なぜさ」
「君を疑ってるから」
「へえ」目を細めて、ジュリエットが見つめる。「博士は」
「この間、披露できなかったサプライズってのを待っている」
「ありがとう、博士。君のそういうところが好きだよ」一口にコーヒーを飲み干して、ジュリエットは席を立った。「おさきにごちそうさま。また学校でね」
やっぱりどこか元気がない。
世界を敵に回して、むしろ元気満々なほうが異常なメンタルではあるが……。
「さて」
赤い髪の後ろ姿を見送ると、観月は厳かに腰を上げた。
「お代わりだ」




