chapter 6
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「わたしは彼らがなんの役に立つのか疑問でなりません。〈ダンウィングウィル〉の住人など、みな一様に覇気の欠片もありはしない」エドマンドは輝く刀剣を植物性の油を含ませた布で丁寧に拭いながら愚痴をこぼした。
ここは〈鬼石の世界エレガント・キメラ〉の第三王女、コーディリアの私邸だ。
王女という身分を鑑みればずいぶんと慎ましやかな様相の自室だが、それでも高価な美術品が飾られている。その美術品が絵画や宝石の類いではなく、主に刀剣であることは、部屋の主たるコーディリアの趣向を如実に物語っている。
そのコーディリアはキングサイズのベッドに薄着のキャミソール姿で横たわりながら、こちらは指先の爪を研いでいた。
ふっと短く、指に息を吹きかけてから、
「それならパスしたらしいわ」まるで感心もなさげにコーディリアは教える。
「なんですと」エドマンドは驚いて、危うく刃で指を切りそうになった。
「だからあなたが言うとおりよ。戦士も兵士もいないもの。彼らの軍編成は、災害救助と治安維持を主目的とした、せいぜいが行政・司法警察ていどよ。軍事力という意味では、あまりもに貧弱なのは自明」
「パスということは、つまり」
「舞踏権は〈ムーンライト・セレネード〉に譲渡されました」コーディリアは目を細め、蠱惑的にピンクの唇を三日月にして騎士に笑いかける。「おもしろいこと考えるわね、あのパックという代表は」
「なにをのんきな……」エドマンドは頭を抱えて、本日一番の頭痛を感じた。
「なによ」のんきな姫様は、ツンっと視線だけ動かす。
「ケント伯がどうのようなお気持ちで、姫様をバグフィルタ計画の代表者に据え置いたとお考えですか。これ以上の好機など、もう二度と訪れぬやも知れません。否、ありえないと断言しましょう。なのに姫様とくれば――」
「わかっているわ」煙たそうにコーディリアは手を振りながら、深々と枕に頭を沈める。「お父様の信頼を回復する絶好の機会。それくらいわかってるんだから」
「そうやって寝ているうちに、二人の姉姫さまにさきを超されますよ」エドマンドは意地悪く脅しを掛けてみた。
「ないない。あなた知らないの。あの二人はずいぶん堅実なのよ」
この点については、エドマンドの危機感よりも、コーディリアの楽観的予測ほうが的確といえるだろう。
〈鬼石の世界エレガント・キメラ〉の現君主、キング・リアには三人の娘がいる。
悪魔的な策略に富む、第一王女ゴネリル――、
武芸の才ならば宮廷付きの最高騎士にすら匹敵する、第二王女リーガン――。
父の愛を二人だけで占有し、末妹コーディリアに注がれぬようせき止める憎き姉たち。コーディリアにとって、二人の姉はそういった存在だ。
だからこそ、というべきか二人はキング・リアの膝元を離れようとはしたがらない。また、成果がそうそうに実る〝食べ頃の〟任務にしか興味を示さない。つまり、ショートデリバリ-ハイリターン専門で、バグフィルタ計画のような不確定要素を多分に含むナッシング・オア・オールは好まない。
「そ・れ・に」コーディリアは身を起こす。「パックはもちろん、剣の王子さまを筆頭にいまだみな機を狙っているわ」
「機、というのは」エドマンドはコーディリアの傍らに移動する。ただ、あまり薄着の彼女を直視しないようにして。「どう考えも、これまでの舞踏の配役は力不足ですが、様子見でしかなかったと」
「そうよ。だって灰炎のジュリエットは、こちら側に取り残された唯一のウィザード級超通信技師と決めつけがちだけど、もうひとつ、可能性があるでしょう。赤のベースセット取って」
エドマンドは言われたとおり、姫様の〝爪用の絵の具〟を手渡した。ふつうの男子ならわけのわからない小瓶やら筆やらがずらりと並ぶ棚から間違いなく選べる自分は、騎士ではく美容師なのかとうんざりする。
「間違いなく、ほかの代表らはジュリエット本人よりも、ジュリエットが釣るワルキューレのほうを狙っているわね」
「ワルキューレ……」エドマンドはその言葉を、かみしめるようにつぶやいた。
「生まれながらに超通信現象を自在に操る反則持ち」
「たしかに、氷結の炎を溶かすとなると、彼女としてもそれ以外手立てがない……。隠れ蓑としている発展途上世界に、まさかそんな理由もあったとは」
「憶測でしかないわ。でも、無視できない可能性」コーディリアはネールの手を止めてエドマンドに向き直る。「ねえ、あなた知ってる。我々第二世界と、超通信現象を手にした第一世界との決定的な違いって」
「違い、ですか」
「だって、生まれた世界は違えど、人類という種としての差異はないのよ。宇宙の物理法則だってまったく同じ。ただ歩んだ歴史が違うだけ。その歴史のどこで覆ることのできない科学技術の差が生まれたのかしら。原因は」
「それがワルキューレの存在、ということですね」エドマンドができの悪い答えをする。
「十点」コーディリアが採点する。「百点中の十点ね。ワルキューレなら、きっとこの世界にだって生まれていたはずよ。でもね、ワルキューレを活かすには、二つの要素が奇跡的にかみ合わないと生かされないの。タイミングと、評価者のね」
エドマンドは知っていた。それはワルキューレに限ったことではなく、コーディリア本人にも当てはまることを……。
「たとえばこんな語りぐさはどこの世界にもあるわ。あるとき織物職人が、その時代ほぼ手作業で行っていた作業を効率化する手織機を発明したの。一人で何人分にも値する作業量をこなせたため、職人は大きな儲けを出したわ。でも織職人は、その機械で織っているさいちゅう、ふともっと儲けられる手段を思いついたの」
はいここで問題です、とコーディリアは話をとめてエドマンドを見つめる。
「儲けた金で人を雇い、インフラも整え――、つまり個人経営から多人数工場生産へ移行する」
「五点」
「下がった……」
「特許よ。職人は手織機で作った織物を売るのではなく、手織機そのもので儲けようとしたの。それも特許という知的財産でね。そのために、職人は時の権力者に謁見し、自慢の手織機を披露したわ。権力者は手織機の効率化を認め評価した。職人は喜んだわ。これで機を織らずとももっと裕福になれると。しかし、権力者はこう言って特許を認めなかった。『それでは織物職人が大量に失業してしまうではないか』とね」
「ばかな話です」
「そう、フォールスよ。イノヴェーションを認めず、保身のためだけに人類の技術発展を妨げ停滞した暗黒時代はどこの世界にもあった。これを奇跡的に回避し、積み重ねていくと、そうでない世界と比べれば百年単位での差がつくわ。さらに、超通信現象を理解するまでの文明で、タイミング良くワルキューレが生まれて初めて、第二世界は第一世界へと続く特異点を通過する」
話し終える頃には、コーディリアの指先は紅色に順調に塗られていた。ただし、エドマンドの趣味の色ではなかったが。きょうは若い娘にしてはドぎつい色である。
「では姫様も見合わせますか。第二世界の発展のために」
「あなたが仕える女は、そんな素直なお姫様だったかしら」コーディリアが微笑む。それも、お伽話にでてくる悪い魔法使いのような微笑み方だ。
「悪そうなお顔です、姫様」エドマンドも口元を緩ませる。
そう、これこそが彼の本職。
ネーリストでも、執事でもない。
「毒リンゴでもジュリエットに食べさせようかしら」
〈エレガントキメラ〉にて最強クラスの戦闘能力を持つ第三王女の御見目騎士、
「いいえ姫様――」
彼こそは、鬼神エドマンドである。
「つぎこそはR2で戦いましょう」




