chapter 5
5
「学生生活をずいぶんと満喫されていらっしゃいますね、博士」駿河少尉が嫌みとは珍しい。
初夏の涼しげな風にあおられて、彼の肩まで届く髪が靡く。
男同士でも、ときどきドキッとすることがあるくらい(ほんとうにたまにだ)眉目秀麗な駿河少尉が涼しげな視線を向けていた。
観月博士が呼び出されたのは、学校の屋上だった。
彼を怒らせるようなことをやらかしただろうか。観月はここ数日の記憶を探って見るも、ジュリエットに振り回された記憶しか出てこなかった。
「頃合いです。天女様を奪われるまえに、ジュリエットを捕獲し、イノベーションズに売り売り渡しましょう」
はっとなって、観月は自分の愚かしさに驚いた。
平和ボケというやつか。
久々に筋肉が緊張し、熱い血液が脳に巡る。
「美女の次は軟派男。前回は研究者」
無言で駿河少尉が頷く。
「少尉の予想どおりプロの軍人、ないしはそれに準ずる戦闘員ではなかった」観月が舌打ちする。「八百長決定か。じゃあ、でも、しかしどうする」
巨体を揺らしながら右往左往する観月博士に対して、駿河少尉は片手を前に『待て』のポーズで観月を制する。
「落ち着いて下さい博士。もういちど物語を整理してみましょう」
事件はジュリエットの出身世界たる第一世界〈超通信の世界スーパシー〉にて起きた。
ウィザードクラスの超通信技師・ジュリエットとその恋人、魔神・ロメオの二人が宇宙の位置情報を記録した〝世界地図〟を強奪し、逃亡を図る。二人の反抗を未然に防ごうと立ちふさがったのが、ロザラインという人物らしい。
このロザラインは自己保存の本能のためか、切迫した状況下で意図せず深刻な破壊規模の魔法を行使した。その影響により、宇宙間をつなぐゲートが凍結・破損。
ジュリエットは辛くもゲートをくぐり〈スーパシー〉を脱出するも、ロメオはロザラインの〝氷結の焔〟によって氷付けにされ、3.5次元〝銀河舞踏会〟をいまもなお彷徨っている。
「うん。それがヴェロナ事件っていわれる彼女が起こした大罪だ」観月はカルデラ湖を眺めながら頷いた。「補足するなら、〈スーパシー〉のゲートはまだ復旧していない、ってことかな」
「つぎに登場するのが、イノヴェーションズという我々の敵」駿河少尉が説明を続ける。
イノヴェーションズは、ヴェロナ事件の主犯・ジュリエットを捕縛するために結成された組織である。〈スーパシー〉傘下の五つの世界から、それぞれ代表者を選出し、それぞれが対等な立場で構成されている。いわゆる代表制を採用した特殊な組織形態だ。
代表者と出身世界は次の五つ。
〈鬼石の世界エレガント・キメラ〉から悪夢の王女コーディリア――、
〈鍛冶の世界ムーンライト・セレネード〉からハムレット・セブンスソード――、
〈螺旋の世界フィア・ノウ・モア〉から超人フィディーリ――、
〈思念の世界テンペスト〉から嵐の頭脳を持つ男ドクタ・プロスペロ――、
〈黒衣の世界ダンシィングウィル〉から邪悪な妖精パック・ロビン=グッドフェロウ――。
「イノヴェーションズはゲート復興の数少ない希望として、ウィザード級の超通信使いであるジュリエットを手中に収めようと必死です」駿河少尉が掴むジェスチャをする。
「しかし、ジュリエットにとっては、〈スーパシー〉側のゲートが閉ざされたのは不幸中の幸いだ。追っ手の通り道を、みずから修復する理由なんてない」
「そうです。彼らに捕まることなく、どこかを彷徨っている恋人ロメオを救出することができればジュリエットはそのままいずこかへ消え去るでしょう。ただやっかいなのが、銀河舞踏会に罠を仕掛けられたこと」
観月が頷く。
「ああ。それがあるせいで待ち伏せされる。そのうえ戦えば情報崩壊状態になり退却を余儀なくされる。いっこうに捜索が進まないって話だ」
駿河少尉が息を細く、長く吸った。
話詰めの二人に、会話の流れの間が開いた。
駿河少尉は目を細めて言う。
「ここまでが現状。問題はこれから。すこし視線を未来に向けてみましょう。イノヴェーションズとの戦闘になる危険を冒してまでロメオを捜索する理由はなんでしょうか。狂乱のロザラインによる〝氷結の焔〟に対抗できなかったからこそ、ジュリエットは恋人を失ったというのにもかかわらず……」
「いまはある、ということだね」
「氷結の焔を溶かす手段。我々の至宝、奇跡の乙女・天女様です」
「それだけなら俺だってすぐに思い至った。ロメオを見つけて、天女様に氷を溶かしてもらうよう頼りにしているんじゃないかってな。でもな、あの銀河舞踏会で人一人を見つけるなんて、どう考えても海に落とした針を探すようなもんだぜ」
「はい。だからジュリエットは、銀河舞踏会に仕込まれた装置によってロメオを探すつもりです。彼女の頼りは我々ではなく、むしろ敵と思われるイノヴェーションズのほう」
「なん、だって……」
「そこで対価としてジュリエットが提示するのが――」
「天女様、か……」
「自分と恋人は見逃してもらい、代わりにより上等な魔法使いを差し出す。そのあたり察しているイノヴェーションズは、ジュリエットのステップに合わせて踊っているだけに過ぎないのです。我々、未開の原住民に気づかれぬように」駿河少尉が強い語気で断言する。「ジュリエット・キャピュレットは、敵です」
観月は話の内容とは別に、こんなにも感情を露骨に表す駿河少尉にすこし驚いた。いつも冷静で涼しげな彼にしては、珍しいの二乗くらい珍しい。
「でもな、俺はまだ、その説を信じ切れずにいるんだ」
「観月博士――」駿河少尉は失望を露わに口にする。
「いや、感情論じゃない。人の良さそうなジュリエットがまさかそんな――、なんて言うつもりはないさ。俺が気がかりなのは、ならなんで到着初日に天女様を誘拐しなかった、てことだ」
「それは……」これには駿河少尉も口を噤んだ。
ジュリエットの力があれば、中島の駐屯部隊を壊滅させた後、ゆっくり天女を連れ去ることも可能だろう。
「八百長ではない、俺には別のシナリオも思い浮かんでいるんだ。少尉の破局的シナリオとは真逆の喜劇的シナリオがね」
「お聞きしましょうか」駿河少尉は、やや口を斜めにして言う。
「憶測でしかないが……、まずイノヴェーションズ側についてだ」観月は顎に指を添えて言う。「戦闘の素人を投入する合理的理由なんてないし、だからジュリエットを本気で捕らえるつもりがないことはたしかだろう。あくまで、いまは、という期間限定のものだろうが。それでもいまは本気じゃない、その理由――。否、原因は彼らイノヴェーションズの特殊な組織形態が絡んでいる」
「他世界混合チームによる弊害、ですか」駿河少尉は思い至らなかった、と無意識的に手で口元を隠す。
「代表制で最高意思決定者が複数人・同権限だと、組織としての瞬発力がどうしても鈍る。それに他世界を出し抜きたい、という代表者それぞれの思惑と、そのタイミングがあるんだろう」
「なるほど。では、ジュリエットの思惑は」
「調整」
「調整――。調整とは」駿河少尉がわずかに目を丸くする。
「いつも彼女が言っているだろう。ベータ版ってさ」観月がにやりと笑う。
「ということは……」
「これも憶測。でも自信のある憶測だよ。あいつのことだ。きっと近いうちに、俺のの想像どおりの展開になる。だからもう少し。もう少し様子を見よう」




