chapter 3
3
「おはぎ」と絶叫しながら「なんだ夢か……」と覚醒したのは観月智一である。
ここは保健室。知らない天井、とは天井だけで見渡すとただちに状況を理解した。打撃と連日の心労で意識を失ったらしい。
部屋は開け放たれた窓から注ぐ初夏の風が涼しいくらいで、けして長い時間ではないだろうが、久々の快眠のようだ。
自覚していた以上に疲労が蓄積していたようである。
このままもう一寝入りしたいところだが、受難が終わりを告げていないのだからそうもいっていられない。
二人の争う少女の声が聞こえるからだ
「だれのせいでこうなってると思ってんのよ」
「そう、犯人はこのなかにいます……」
「お前や」
「いてもらわなくては困る」
「お前や」
「とにかく。博士はぼくのわがままで気絶するまで迷惑かけたんだから、ぼくの役目だよ」
「自覚あんのか。ってか病人の看病なんてできるの」
「痛いの痛いのー、ボンッてね」
「ボンするな。わからんけどボンするな」
だはは、と少女が爆笑。
その声と同時に、ベットを仕切っていたカーテンが開く。
「あっ、起きてるじゃん。ぼくらのこと、わかる」長い赤毛のきれいな娘だ言う。
観月は額をさすりながら、ゆっくりと喋った。
「アン=シャーリーだったかな」
「赤毛ちがいね」つり目のショートカットが言う。
現れた少女達は案の定、ジュリエットと天宮羽衣だった。
二人の少女がベッドの両脇に現れる。
「酷い目に遭ったね」とジュリエットは苦笑いした。
「いつまで続ける気だい。もう、充分だろう」
「うーん、そうだね。なんかいろいろ、みんなぼくに振り回されているみたいだし。まっ、いまさらなんだけど」
さすがのジュリエットも懲りたのか、なんとなく殊勝なさげである。
観月も軽くジョークを挟む。
「振り回されたって言うなら、七つの世界分くらいもね」
「あーあ、言っちゃった。それ言っちゃった」
「なに、なんのこと」二人のやりとりがわからないのは、羽衣だけだった。
「それじゃあ、基地に戻るとするか」と観月がベッドから降りようとしたときだ、
「ということで、ジュリエットの観月智一看病大作戦」
「ちょ……」
「そうそう。話は戻って、だからあんたはやめなさいって。そんな器用なことできないっしょう」
「ぼくをなんだと思ってんのぅ、ウィー」
「トラブル製造器」
「すごい核心に迫ったセリフ……」
「意味わかんないけど、そういうことだから。それを渡しなさい」羽衣の言う「それ」とは、風呂場に転がっているようなふつうのプラスティックの桶だった。
羽衣が手を伸ばす。
「ちょっと、二人とも、もしかして……」
「だめだって。これくらいやらせてよ」奪われまいと桶を両手で掲げて阻止するジュリエット。
「どうせボケるんだから、ジャグ漫画みたいに」
「ぼくのどかボケだって言うんだよ、この超絶美少女に」
「自分で言うな、自分で」羽衣の伸ばした両手が桶に届く。ベッドの両サイドから、ひっぱりあいの格好になった。
「おいおい、ちょっと。ちょっと二人とも」
「離しなさいって」
「いーやーだーよっ」
「その桶の中ってさ、えっ、ちょっと、なんで湯気たってるのそれ。絶対それって――」
と彼が言い終わるやいなや、
「あっ――」
二人の少女が『つるっ』と手を滑らせた桶は、そのまま熱い湯とともに観月の顔面へ降り注いだ。
野太い叫び声が学校中に引き渡ったが、ジュリエットに看病されたと知れた観月に同情する男子はいなかったらしい。
額に冷えた湿布を貼りつつ、観月は教室でぼそりと愚痴をこぼした。
「美人は三日であきるぜ……」