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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十二話 「輝け スターシステム : vs. SURUGA Mikado」
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chapter 8


   8


「さあさあさーあ、おーまちかねだ」平田大佐はハゴロモを前に、往生に両手を広げる。その様は、荘厳な儀式に向かう神官か、ないしは舞台の役者のようである。事実、彼はその両方であった。

 平田大佐は両腕に少女を抱えている。制服姿の少女――、天宮羽衣だ。ぐったりと目を閉じたまま、片手を垂らしている。

 その両脇を固めるのは猫山曹長と兎田軍曹。

 そして、

「駿河少尉――。どうやら貴官の出番のようだ」

「その、ようです」駿河少尉が目を細めたそのさきには、病床から飛び出した赤毛の少女と、出っ張った腹を上下に揺らす若い男の二人だった。

「うぃーを開放してもらおうか、平田大佐」平田大佐を指さしてまるで正義の印籠を渡すかのように台詞を決める。彼女の名は、灰炎のジュリエットである。

「ほう。我々がこれからなにをなすか、知ってのことか」

「眠った女の子をさらってさ、まさか悪事じゃあないなんて、言わせないよ」

「これは世界の救済である」平田大佐がくるりと身を回す。反動で羽衣のスカートが翻る。「大人しく身を引き給え。内政干渉も甚だしい」

「断る」ジュリエットは胸を張っていった。清々しいまでの断固拒否である。ただ、平田大佐としては事情をまるで無視する赤毛の娘に苦い顔をする。

「若いだけで道理のない娘というのも大概にしてもらいたい」

「空気を読めないのは言わない約束。どっちにしたって、ぼくの協力なしじゃあハゴロモは起動できない。ちがうかい」

「ちがうな」平田大佐が口を斜めにする。「その様子では観月博士、なにも説明していないとみえる」

「ジュリエット……、残念だが君の魔法がなくても、ハゴロモは動かせるんだ」観月は申し訳なさそうに、叱られた犬のような目をしてジュリエットを見た。そして、つぎにハゴロモに目を向けた。

 彼の視線に誘導されるようにジュリエットもゲートを目にし、唖然として口を開いた。

 輪を作るハゴロモが優雅に空間を泳ぎ、その内側に次元の壁を越える三次元プレパラートを生成していた。

「どうして――」ジュリエットには、まるで見当もつかない事態だ。

「イノヴェーションズとて、ゲートを使っているだろうに」平田大佐はどこか自慢げである。

「それは〈スーパシー〉から自分の宇宙の位置情報を貰って、傘下の第二世界で共有しているから――」ここまで言いかけて、そして思い至った。「君らは、すでに〈スーパシー〉の傘下にいたのか……」

「こんな言い方はしたくない。けれど、君がヴェロナ事件なんて起こさなければ、俺らはこんな窮地に立たされることがなければ、天宮が……、羽衣のやつの引き渡し要件を満たすこともなかったんだ」

 驚愕の事実に、平田大佐が説明役を続ける。

「親の目の届かなくなってもまだ第二世界が対等でありつづけられるとでも。〈スーパシー〉の庇護をなくし、軍事力に劣るこの世界の救世主が彼女というわけだ」

「偶然生まれた、同時代に二人のワルキューレ……。その片方を差し出す代わりに自分たちは見逃してくれ、だと」ジュリエットは敵意を剥き出しに、平田大佐を睨む。「片方を差し出せば、もう片方も要求される。平田大佐。あたなは本当に、この世界のことを考えているのか」

 口元を斜めにして、平田大佐はその細い目を開く。

「ならとめてみたまえ、灰炎のジュリエット」

 ESU隊員がジュリエットを取り囲む。その中には、数人見知った顔もあり、会話を弾ませたこともあれば、愉快な食事をともにしたこともある連中だ。だが職務に忠実な彼らは、いま容赦なく銃口を向けている。

「待て。待てよ……。こんなのってあるかよっ」

「やれ、ジュリエット」観月がジュリエットに身を寄せ、両手で耳を塞ぎ、目を瞑る。

「爆ぜろ熱素、フロギストン」ジュリエットが両手を打った。これは火打ち石と同じ原理である。周囲に浮遊させた熱の素〝フロギストン〟が着火して、強烈な爆音と閃光、衝撃波が発生する。ESU隊員を一時的な無力化に成功する。

 さらに、休む間もなくジュリエットは次なる魔法に着手する。彼女は開いた右手を後ろに引く。ちょうど投げ槍の構えから、空を切るように投擲した。

「対人雷撃砲〈サンダバードⅢ〉」

 ジュリエットの空振りは、腕を振り抜いた瞬間に雷の槍となって平田を襲った。

 フロギストンによるSGエクスプロージョンと同様、〈サンダバードⅢ〉はノンリーサルウェポンの魔法。そのスピルは雷撃だ。強烈な電圧は、一般的な絶縁性に優れた素材を使用した合成絶縁衣の上からでも失神させるほどの威力がある。

 が、平田をかばうように兎田軍曹がジュリエットとの間に割り込み、〈サンダバードⅢ〉を真正面から受け止めた。

 ジュリエットはその光景に目を丸くさせた。

 クロスさせた両腕に備える、というよりも生えると表現した方が的確な逆ハート型の銀色の盾がジュリエットの魔法を弾いたのだ。

「兎田軍曹。それは、〈ムーンライトセレネード〉の拡張身体――ッ」

「これが異世界の軍事技術を転用した特技兵ってな。ハッ」兎田軍曹が白い歯を見せて笑う。

「我々は一足先に舞踏会に参じよう。君もその意思があるのなら、ドレスコードを整えてから後を追いたまえ」そう言い残して、平田は羽衣を抱えたままゲートを潜る。

 駿河少尉はジュリエットを一瞥し、その背中だけを見せつけて異次元の向こうに姿を消した。

 予想外の出来事で思考にブレーキをかけるのはジュリエットの悪い癖。

 その隙を見逃さない猫山曹長は一足飛びで間を詰めると、その長身から、天から振り下ろすように足技を放つ。もちろん、体術のみであるわけがない。

 反射的に爆反装甲を応用させた面収束シールドを張ることで初撃を受け止めるジュリエットであったが、なおも彼女を動揺させる。

 猫山曹長の振り下ろした片足が、美しい白銀の刀剣に変わっていたのだ。それもブレイドの先端から峰までが薄らと透きとおるほど透明な剣。身体の超速再生と刀工技術は、紛れもない〈ムーンライトセレネード〉の身体代替化と光学鍛冶テクノロジだ。

「曹長――」

 ジュリエットが焔のレーピアを発動させるよりも、猫山曹長の格闘技術のほうが早い。彼女は着地と同時にジュリエットの腕を払い、空いた胸元に飛び込んで腕をその喉に押し当てる。そのまま、体格では劣るジュリエットを床に倒し拘束した。

「異世界の技術……。これもワルキューレの恩恵か……」喉を圧迫されながら、ジュリエットが苦しそうに声を漏らす。

「どう。続ける、赤毛の子猫ちゃん」猫山曹長はジュリエットの耳元に口を近づけ、囁いた。「察しのとおり、わたしも、平田――メンデルスも、〈ダンシィングウィル〉出身。百年以上まえに国外追放された、ね」

 ジュリエットは猫山曹長の拘束する力が、あえて弱まるのを感じた。

「わたしたちのような、過激な復興派は、排斥対象、で異世界へ島流しに遭った。その島流し先にワルキューレが存在していたのは、天からの救い以外なにものでもなかったけど、同じ過ちは二度はしない、つもり」

「……いいのかい」いよいよ力が感じられない、見せかけだけの拘束に、ジュリエットは猫山の真意を尋ねる。

「メンデルスは故郷に帰って、自分の正しさを証明することに躍起だけど、わたしは……」とすこし間を置いてから彼女は呟いた。「この世界も、故郷だから」

 それを聞いて安心した。

 ジュリエットは猫山曹長の豊かなバストを押しのける。すると、「や、ヤラレター」というなんとも棒読み感が否めない台詞口調で、猫山曹長は自ら後方へ飛び退いた。

「うぉい、姐さーん」さすがに呆れる兎田軍曹は、ある意味不意を突かれ、猛烈な突進を仕掛ける観月博士には物理的に腹を突かれる。百キロ超の本気タックルは強烈らしく、トラックにひかれた子供のように吹き飛んだ。

「ジュリエット」観月が振り返って手を伸ばす。

「ああ、最後の舞台は――」

「銀河舞踏」

 二人は光の中に飛び込んだ。

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