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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十二話 「輝け スターシステム : vs. SURUGA Mikado」
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chapter 7


   7


 観月は立派に育った腹を上下に揺らしながら、小走りに基地を闊歩する。

 先頭を行くのは、きれいな縦ロールが特徴的な黒髪の、年の頃十歳ほどの少女人形。人形である。話を聞くに、天女様の魔法によって自律駆動しているらしい。これが生身の女の子なら、古いRPGゲームのように彼女の後ろをぴたりと付いて歩く観月は、不審者・通報事案ものである。だが、便利なことに二人の姿――、もとい一人と一体の姿は基地の隊員達には認識できていない。

「ほら、キョロキョロしない。わたくしから離れたら、目に付いてしまいましてよ」織と名乗る少女人形が厳しめの口調で言う。

 というのも、彼女の半径一メートルは、人間の認識の範囲外に設定されるように電子戦系のスピルを発動している。そのため、すれ違う隊員は観月らを不信にも思うことも、認識すらできない。

「正確には、見えていないわけじゃあない、ってとこだよな」

「見えているけど気にとめない。そういうのって、あるでしょう。学生時代のあなたのように」

「ちょーい。ぼくを存在感ペラペラ陰キャ学生だと決めつけるなよ。けっこう友達も多かったんだからな」

「つまりそういうものです。うっかりしたら、肩をぶつけてしまいます。そうなるとさすがに見咎められますから、潜入をしたいのなら人は華麗によけて下さいな」

「了解」と応対しつつ、観月は左ステップですれ違う隊員を回避する織を真似て、左にジャンプ。ほんとうに、主人公の足跡を追う、RPGのパーティメンバと一緒である。

 ジュリエットは基地施設内の集中治療室に眠らされていた。

 監視カメラも区画セキュリティも、すべて掌握済み。

 暴隔のロックを当たり前のように解除して、観月と織は薄暗い集中治療室に潜入成功した。

「ジュリエット……」観月はベッドに横たわるジュリエットの頬に手の甲を当てる。「冷たい……」

「生命活動のぎりぎりまで押さえてありますので」織が補足説明する。

 なるほど、心電図モニタはほぼほぼ異常値で安定推移している。

「このまえもそうだったけど、ほんと、黙って眠ってりゃあ、けっこうかわいいのにな」

「黙っていれば」織も同意する。人形の表情に変化はないが、声の調子は笑っている。

「それじゃあ、さっそく起こしてくれ。時間がない」

「承知していましてよ」織の熱硬化樹脂製の指がジュリエットの額に触れる。「さあ、スポットライトはあなたを照らすのを待っている。舞台へ立ちなさい、灰炎のジュリエット」

 そして――、

 沈黙。

「……なかなか、起きないな」

「おかしいですわね……。なんだかわたくし、滑ったみたいでしてよっ」


   ※


 呼ばれたことはわかっていた。

 しかしジュリエットの意識は、より強力な思考潜入によって掌握されていた。

 真っ白な空間で、少女は泣いていた。

 見たこともないほど弱っていた。

 ジュリエットは少女の名を呟いた。

「うぃー……」

「お母さんが、あんたを頼れって言ってたわ。でもなにを頼ればいいかわからない。そもそも、なにが起こっているかわからない……」

 ジュリエットには、綴る言葉が見つからないでいた。

 天宮羽衣が生まれながらに超通信能力もつワルキューレであることは、織との対話から察していた。そのことを、彼女自身が知らず、ただの町娘として育っていたことも、察していた。さらに、ジュリエットが原因で彼女の人生を狂わせたことも、察していた。

「ねえ、ジュリエット、あたには、わたしになにが起こったか、知っているの……」

「ぼくは……、魔法使いだって万能じゃ――」

「知っているの」羽衣は怒鳴る。ジュリエットには見たことも想像することも出来ない、敵意のも類する羽衣の剥き出しの感情だった。

「知っている……」ジュリエットは絶えきれず目を背けて答えた。「君は、あらゆる世界で頂点の才能を持っているんだ。軍部がそれを利用しないわけがない」

「その才能って」

 ジュリエットは心して口にした。

「君は、天女だ……」

 羽衣は、しかし短く乾いた笑い声を聞かせた。

「知ってた」羽衣は涙を流したまま、ジュリエットを不思議そうに眺めたいた。「たったそれだけのことってね」

「たったって……。いや君には理解できないかもしれないが、ワルキューレの――、君らが言うところの天女が持つ超通信能力は、世界の文明を一気に百年、二百年押し上げる人の才を超越した力だ。突破困難なはずのシンギラリティを、シャボン玉の膜のように簡単に何層も突き破って、常人の才能と努力を、それに費やした時間をあざ笑うほどの――」

「じゃあその力があれば、わたしの日常は取り戻せると言うの」羽衣は消え入りそうな声に変わる。「天女様はなにも救えなかったわ。村も、家族も、自分自身も……」

 ジュリエットは、感情すら捨て去ってしまったような中島基地の天女を脳裏に、ただ頷くことしか出来なかった。

「なんとなく自分と周囲のズレは感じていたのよ。小さい頃はそれが当然だとなにも感じず、少し成長したころには周りの子と違和感を覚え、分別を理解できるときには恐ろしくなり、だからいまは目を背けていた。だれにも言えない、理解されない、あたしの苦痛があなたに理解できる、ジュリエット」

 羽衣は涙を拭って続けた。

「あたしにはまだわからないことだらけ。あたしが天女様と同じ力を持っているって言われたって、だから軍の人にさらわれるって、もしかしたらそれを家族も前々から知って隠していたって……、あたしはぜんぜんわからない。わからない……、だから」羽衣はがっしりとジュリエットの細い両肩を強く掴んだ。「だからあたしを助けなさい。あんたも、天女様の力の一部を持っているんでしょ」

 顔を上げた羽衣の目には力が戻っていた。

「うぃー」

「あいにくとあたしは天女初心者なのよ。まだまだ力の使い方はわからない。いまはあんたに頼るだけよ。もしちゃーんと伝説になるほどの立派な天女様になれたら、侍女くらいにならしてやってもいいんだから」

「オーケイ。いいね、その案。乗ったよ」

 羽衣が拳を突き出す。

 ジュリエットは、その拳に自分の拳をぶつけた。

「契約成立」

「じゃあ、任せたわよ。あたしの躰はまだ眠ったままだから、優しく起こしてよね。寝起きの機嫌の悪さはママ譲りだから気をつけて」

「それなら問題ない。いざとなったら、ぼくの恋人のように凍りづけにしてもう一度眠らせるから」

 羽衣は愉快そうに笑いながらジュリエットを抱き寄せた。その細い彼女の躰を抱き返し、ジュリエットは現実の世界に覚醒する。

 薄暗い陰気な寝室に、躰と指にひっついたトランスミッタの感触が気持ち悪かった。

 すぐ側には少年のように目を輝かせた観月智一がいて、自分をこのように深い眠りに墜とした張本人の少女人形・織もいた。

 事情はそれだけで、まあなんとなく察した。

「プロンプタってやつの計画が狂ったのかな」ジュリエットは挑発ぎみに織に問いただす。

「そんなところでしてよ」織は人形の躰で上手に肩を竦めてみせた。

「ジュリエット。実は羽衣のやつが……」

「わかってる。わかってるよ博士。だから行こう」ジュリエットは濃い青のスクラブに薄いスリッパを履き、あらゆる困難をものともしない情熱の焔の赤髪を靡かせて告げた。「羽衣を助けに」

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