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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第十二話 「輝け スターシステム : vs. SURUGA Mikado」
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chapter 5


   5


 考えらることといえば、引っ越しである。

 それも町内か、あるいは隣町くらいの近距離である。

 転校となれば、さすがに担当教諭から一言あるだろう。

 羽衣はウェスカーの部屋をのぞき見た帰り、そうやって自分を納得させていた。

 タブレットを取り出して、メッセージアプリを確認しても、いまだウェスカーからの既読フラグが立たない。

 メッセージは羽衣からの一方通行のみで、

『う○こ』

 というアホな単語を最後に更新されていない。

 ふぃー、という未来ある若者にそぐわないため息を吐いてタブレットをポケットにしまった。

 曲がり角の先で、見事な黒塗りの高級セダンを見咎めた。それも二台。羽衣の自宅の前に駐車している。

 お客さん、のようである。

 不信に思いながら羽衣がその後ろを通る。

 瞳だけを動かしてさりげなく車の中を覗くと、サイドミラーごしに運転手の男と目が合った。身なりを整えたスーツ姿の男だったが、その男の目が恐ろしく鋭く、羽衣は悟った。

 軍関係者――、か。

 玄関の扉を開くと、大きな革靴が三足。

 奥から話し声が聞こえる。

 父の声もあるが、もう一人。知らない男の声。

 恐る恐る、覗くように居間に顔を出すと、スーツ姿の男が二人と、想像したとおり、軍の制服を着た男がいた。椅子に座っているのは、制服の男だけで、その男の警護するようにスーツの男が背後に控える。正面には父と母。

 羽衣が知る限り、施設外で軍人が制服を着用するのは、それが任務中であるときだ。つまり、彼らは仕事でウチを尋ねに来た、ということである。不自然だった。父に用があるなら、むしろ父が基地に呼び出されて当然であるからだ。

 一目で重苦しい空気を感じ取り、羽衣がそっと自室に引っ込もうとしたところ、制服の男が振り返る。

「おかりなさい、天宮羽衣嬢」閉じてるような細い目をした、四十代くらいの男だった。

「あっ、いらっしゃいませ……」なんとなく、羽衣は罰の悪さを感じてぎこちなく頭を下げる。

「羽衣。帰ってきていたのか。お前もこっちに来なさい」父の顔は、羽衣が見たことがないほど沈んでいた。母も同様である。

 仕事で大チョンボをやらかして、偉い上司がお説教をしに来たのかもしれない。いまなら『父さん、クビになってな。あしたから無職だ』と言われても納得してしまう雰囲気である。

「こちらは基地副司令、平田大佐だ」

「こんばんわ……」あらためて羽衣は頭を下げる。一般企業なら副支店長みたいな人かな、と羽衣は思ったが、実は一般将校からは雲の上の人である。

「帰りが遅かったが、お友達の家にでも寄っていたのかね」

「ええ、まあ……」

「上須加姫子には会えただろうか」

「そのとうりですが……、なぜ友達のことを」

「これでもわたしは、君のことに詳しいのだよ。友人関係も家庭環境も。なにが得意で、なにに腹を立て、なにを許せる人間か。なんでも知っている。さすがに心までは読めんがね。いや、読もうと思えば……」そして、悪役くさく笑う。細い片目がわずかに開いていた。

 なんとなくだが、羽衣は察して聞いた。

「もしかして、わたしにご用でしたか」

「基地にご招待したい」

「なんの、ために……」いよいよ理解できなくなってきた。「父さん」父の顔を見ても俯いたまま。母は泣きそうな顔を両手で覆う。

「さあ、こちらへ。車は待たせてある」平田大佐の手が羽衣の細い手首を掴んだ。気持ち悪かった。知らぬ男に触れられた嫌悪感ではなく、得たいの知らぬ場所へ連れて行かれる純粋な恐怖である。

「ま、待って下さい……」

 男の力は強かった。有無をいわせず、羽衣を引きずるほどである。

 このまま黙って言いなりになるか。

 いいや、それは天宮羽衣じゃあない

「待ってって……、言ってるでしょっ」羽衣は空いた片手で、自分を掴む男の手を思いっきりひっぱたいた。乾いた音が部屋に響いた。それでも男は放さなかったが、確実に空気が変わった。

「なんですか、理由もなく。あれですか。遅れた誕生日パーティですか。だとしてもおふざけが過ぎますよ、いい年した大人がやることじゃあないっ」羽衣が猫なら、いま敵を前にしてはっきりと尾を立てているだろう。

 その胆力に、スーツの男二人が警戒心を強める。そこにはっきりと攻撃的な気を羽衣は感じた。

「そ、そうです。急すぎます。せめて今夜だけでも」終始黙っていた母が抗議した。

「どうか、大佐――」父も懇願する。それも、額を地につけての懇願だった。

「うーむ、最後の晩餐ということかね」そんな両親の必死さの一ミリも伝わらぬ様子で、平田大佐は顎を撫でる。「却下だ。ラットに情が移って実験を行えませんでしたでは失格だ、天宮少佐」

「そこを、どうか」天宮医師は額をつけたまま。

「くどい」それを大佐は吐き捨てるように言う。「貴官の長きに渡る顕著な功績は、後日、審議会で正しく評価されるだろう。最後の最後で、その功に自ら泥を塗るでない。行くぞ、マイ〈エンジェル〉」

「痛ッ――」握りつぶされるほどの握力で、羽衣は平田に引きずられようとする。その瞬間、平田は吹き飛ぶようにして壁にぶつかった。手を握られていた羽衣も、その勢いで床に倒される。

 なにごとかと悟ったのは、父・天宮の顔を見たときだった。彼が平田に決死の体当たりを噛ましたのである。

「〈エンジェル〉ではない。わたしの娘だ」天宮医師は床に倒れる平田に怒鳴りつけた。

「ぐ、ぬ……。見た目よりわたしはよっぽど年寄りなのだよ、天宮少佐」平田大佐がハンドシグナルで護衛二人に指示を出す。

「と、父さん――」

「行け。行くんだ、羽衣」天宮医師が懐に手を入れる。取り出したのは、テレビの中でしか見たことのない拳銃だ。父も軍属である以上、仕事道具の一つかもしれない、とは羽衣も理解していたが、父と銃という不釣り合いの組み合わせには現実感がなかった。だが護衛の男二人を牽制する効果は充分のようである。

「羽衣。なにをしているの。逃げなさい」唖然として立ち尽くす羽衣に、今度は母が強く腕を掴んだ。

「駄目、お母さん。外にも車が――」

 逃げ口を探す一瞬の逡巡の隙に、羽衣は足首を何者かが掴んだ。

 顔を向けると、まだ起き上がれない平田大佐が、床を這いながらも口を三日月にしてのぞき込んでいた。悪魔の笑顔だった。

「い、やっ」その彼の顔面目がけて、羽衣は渾身のチョッピングライトを打ち込んだ。短い悲鳴を上げて、平田が崩れ落ちる。

 とにかく逃げなければ、という思考に支配された意識は、母子を二階へ誘った。

 羽衣は階段を駆け上がる。

 自分の部屋に入り、急いで内側から鍵をかける。

 母は羽衣の肩に指が食い込むほど強く掴み、自分の姿が映り込む像をはっきりと見えるほど顔を近づける。

「いい羽衣。ジュリエットを頼りなさい。あなたを救えるのは、きっとあの子だけよ」

「どうしてジュリエットなの。っていうか、なにが起こっているのよ」

「わたしは彼女がなんと言われようと、ぜったい悪い人だとは思わない。きっと事件の真相は真逆のところにあるはずよ。証拠なんてないけれど、お母さん、人を見る目だけはあるんだから」母は微笑む。しかし、のほほんと惚けた母からは想像も付かないほど、極度の緊張感から強ばった苦しい笑顔だった。そんな笑顔なんて、見たくないと思った。

「母さん……」

 母がぎゅっと羽衣を抱きしめた。

「十五年間、幸せだったわ。いつかこんな日がくるとわかっていたはずなのに、考えないようにしていたみたい。だから……、あなたはわたしたちの子よ」母が顔を放す。涙があふれていた。

 母の言葉の、その真意を尋ねるまえに羽衣を強く突き飛ばされる。

 顔をあげたとき、部屋の扉は閉じていた。

 平穏な日常から、いっきに突き落とされた状況に羽衣はまったく理解が追いついていなかったが、でも大人しく捕まれば状況は最悪にしか進まないことだけは理解した。

 羽衣は涙を拭う暇も惜しみ、クロゼットにしまったまま忘れかけていた中学時代の上靴を履く。慌てていたせいで、誕生日に謎のおじさまからプレゼントされた高級天体望遠鏡が床に倒れる。あっ、と思ったが、損傷具合を確かめているのはすべてが終わってからにしよう。

 つぎに羽衣はベランダに出る。

 ベランダは玄関と反対の面にあったから、外の仲間からは見えないはずだ。羽衣は手すりを跨ぎ、しがみつきながらゆっくりと腰を落とす。視線が高いだけで、足を完全に下ろした状態ならたいした高さはない。実際、男勝りな小学生時代、なんどか意味もなく、こうやって二階から脱出したのだから。

 羽衣は握力を総動員して、足を中に浮かす。すでに暗くなっていたが、足元をしっかりと確認。意を決して、手を放す。

 思ったより着地の衝撃があって、羽衣は尻餅をついた。

 大丈夫。

 怪我はない。

 走れる。

 そのときき、屋内から銃声が一発。さらにもう一発鳴った。

 手が震えた。震えた手で、その手を押さえた。

 いまはただ逃げないと。

 そう決意をして振り返った羽衣の前には、知ったはずの、知らない顔があった。

「羽衣ちゃん……」

「ウェスカー……、じゃあない。あんただれだ」

「さすが、羽衣ちゃん」ウェスカーに似ただれか――子供の顔に不思議な落ち着きを併せ持ったアンバランスな雰囲気を醸し出す女性――は羽衣をそっと抱き寄せた。「ごめんなさい。そして、さようなら……」

 ちくっ、と蜂に刺されたような感覚を首筋に感じた瞬間、羽衣の意識は深く沈み込んだ。


 ぐったりと力の抜けた天宮羽衣を、ウェスカーこと上須加姫子が優しく抱いたまましゃがむ。まるで幼い子供をあやす母のようだった。

「よくやった。上須加調査官」

「それは偽名です」

「そうだった」

「本当に、本当に酷い人。わたしを奥の手に使うなんて……」

「なにを言っとるかね。そういう役どころだろう」平田大佐が彼女の肩に手を添える。「世に出せないのが残念でならんよ。名女優」

 平田大佐が口を斜めにする。

 上須加は確信した。

 この男は、絶対の服従を強いる人心掌握に、盤上遊戯のごとく完璧な人員配置と運用――、それらを自らにも課すことの出来る、戦慄するほど人の心を持たない戦略の悪魔である、と。

 でも、上須加が嘘をついたのは、なにも天宮羽衣に対してだけでなかった。

(あなたに対しても、わたしは嘘つきなのよ――)

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