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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第三話 「白鳥処女 : vs. Iachimo」
10/112

Cパート

     Cパート


     7


 銀河舞踏会は閉会した。

 集まったバグフィルタ計画の紳士・淑女は、自分達の世界へいったん戻っていた。シンベリン王宮の別邸フォーマラウトもいまは照明を落とし、薄闇のなかしんと静まりかえっている。

 残るのは、たった二人。

〈フィア・ノウ・モア〉の超人フィディーリ。同、ヤーキモー。

 フィディーリに身を預け、辛くも逃げ延びたヤーキモーはへばり、それでも怨念と弁解を未練がましく並べ続けた。

「ええい、あの小娘。人の話もろくに聞かず。自慢の話術もあったものでない」

「さしもの貴公も、言葉の通じぬバカ娘には通用しない。貴公の役目もこれで終いか」

「お、お待ちを、それは早計ですぞ。ただ一度の敗北で見限るなどと……」慌てふためくヤーキモーに、フィディーリは冷徹な目で糸のようにか細い最後の機会を与えた。

「ならば、その自慢の話術とやらでこのフィディーリを懐柔して見せればよい。それとも、それこそでまかせか」

「いえ、まさか。ここだけの話、あのキング・シンベリンにすら、我が話術を持って取り入ったしだい。このイノベーションズの末席とて、そうやって手にした地位なのですから」

「キング・シンベリンを……。興味深いな」

「ええ、代表は、リオネータスとやらをご存知ですかな」

 フィディーリは一見、表情を変えず、しかし腹の中で業火を焼いて耳にした。

「イモージェン王女と相思相愛なるリオネータス。だが、それゆえにキング・シンベリンの嫉妬と憤怒の標的にされたのだが……。代表、王の怒りを買ってまでも愛した王女を、なぜリオネータスは置き去りにしたのでしょうか」ヤーキモーは口元を歪める。

「だから、キング・シンベリンの力に押し流されて――」

「単身。いかなる理由で。王女の手を取ることなく」

 ぐっ――、とフィディーリの心のなかに、見てみぬ振りをしていた杭がうずき始めた。

「そうだ。なぜ彼は王女を残した……。彼女もともに連れ去ってれば、どんなにか救われただろうに。なぜ……」

「なぜって」ヤーキモーが煤だらけの顔を目一杯喜ばせて答えた。「このヤーキモーが、そのブリテン一の紳士とやらが愛したの姫が、純潔の契約を反故にしたものと信じ込ませたのからである」

 ヤーキモーは、その言葉のすべてを吐き出したと同時に、口から苦悶の嗚咽も吐き出した。

 彼の腹には、深々と突き刺さったフィディーリの拳があった。

「だ……、代表……」

「お前が言う、イモージェン王女とやらは、どのような姿・形をしていたかしら」フィディーリは一まとめに縛ってた髪留めを外し、胸の鎧を取り外す。そうやって身に着けた数々の《欺瞞》を一つ、また一つと外していくと、徐々にいるはずのない少女へと形作られる。

 ヤーキモーは激痛に腹を押さえながら、眼前の光景を、とうてい現実とはすぐには受け入れられなかった。

「少年のような力強い眉、凛としたまなざしの青い瞳にはミネルヴァも平伏し、腰まで届くまっすぐの金色の髪の前にはヴィーナスをも跪く。天性の声色にはセイレンも逃げおおせ、いかなる神々おも退ける」

 感情が怒涛のように押し寄せた。

 静まらない。

 抑えきれない。

 彼女は抗うことなく、その心のままに叫びあげた。

「〈フィア・ノウ・モア〉が生んだ奇跡、イモージェン・モリスエールとやらは、そう、こんな顔か――」

「馬鹿な――。イモージェン王女。なぜあなた様が……」

「夫と添い遂げる真の愛がそんなに不思議か、ヤーキモー」フィディーリ――、いや男装し、正体を隠していたイモージェン王女が一歩前に踏み出すと、その一歩に反発する磁石のようにヤーキモーが後ずさる。「超通信技術を手にするのは、我々イノベーションズ。父上には……、キング・シンベリンなどにはけして譲らぬ、この身に変えてでも」

 呼吸を整え、普段の平静を取り戻しながらゆっくりと彼女は発音した。

「聞きたいことは山ほどある。貴公はそれまで大人しくしてもらおうか」

「お許しを……」

「あの赤い娘と、わたくしイモージェン。どちらが背負う愛が重いのか……。なに、両者天秤にかけるだけ。そう手間はかからぬわ」

 おびえたヤーキモーをまるで壊れた人形のように引きずりながら、フィディーリこと、イモージェン・モリスエールは暗い通路の闇へ溶け込んだ。


     8


「んー、駄目だ。これもノイズばかりだ」丸い目に眉を八の字に垂らし、観月博士(かんげつはくし)は申し訳なさそうに振り返った。

 その視線の先の赤髪少女は、大して気にしたそぶりもなく微笑んで答えた。

「まあ、そうだろうとは思ったよ。実のところ、ぼくもそんなに期待しちゃいなかったしね。こんな言い方したら、君らには悪いけどさ」

「ジュリエット……。よい意味で、君の期待を裏切られなくて残念だ」

 彼女は小さく息を漏らして、そうだね、と小さくつぶやいた。

 銀河舞踏会から帰還した観月博士は、さっそく持ち込んだ機材一式を鑑定にまわした。畑違いの作業だ。自分は待つことしかできず、どのようなデータが取れているか宝くじの当選番号を一つ一つ確認するような面持ちだったが、なんということはない。全部空振り。お目当ての探知機の隠れ場所を突き止める有効な逆探知情報は、得られなかったわけだ。

 自分が住まう世界と敵の世界のとの、その技術レベルの差はこうも遠いのか。

 観月がため息をついて解析室の安いパイプ椅子に座ると、彼の体重を支えるパイプが軋んで悲鳴を上げる音がした。

「どうしたもんだろう。ほかに策はあるのかい」

「んんや、ない」

「きっぱり言ったものだね……」

「だって本当のことだもーん。あははー。まあ、当分はこう着状態かな」ジュリエットはドアノブに手をかけると、振り返りって言った。腰のくびれから尻のラインにかけてエロディックな、絶妙な振り返り美人のポーズだ。「お腹すいたから食堂に行くよ。博士も根つめすぎないで、そろそろ休憩したら」

 ジュリエットの背中を見送ってから、観月は彼女の落胆も失望もなにもない、あまりにもの軽い調子に、正直、当惑した。

 普段から雲のようにつかみどころのない不思議な少女ではあるが、作戦の失敗に対する態度としてはありえない。

 七つの世界から追われる大罪、

 行方不明の恋人。

 どうしてそう、平然としていられる。

 策はない、といいつつ、実はなにか手を隠しているのだろうか。

 あるいはまったく別のなにかを。

 考えてもわからない。

 きっとストレートに問い詰めたって、きれいな笑顔で流されるだけだ。

 観月は思考を中断させると、自分も食堂へと向かうことにした。

 ただし、この疑問は頭の片隅に入れておくことを忘れずに。

 物語の重要な転換期に、大きな役割を果たすかもしれない疑問だと思ったからだった。


     ※


 観月が食堂で遅い夕食をとっていたその同時刻。

 羽衣(うい)はパジャマ姿で自室のベランダから星を眺めていた。

 髪をなでるような風が吹く。

 ふと目をつぶる。

 視界が暗転。

 すると感じる、あの気配。

 まただ。

 まただれかが呼んでいる。

 まぶたを開くと、それだけで消えてなくなってしまうような淡い情動だが、気のせいなんてことはない。それだけは確かだ。

 このところ頻繁に感じるようになってきた。

 わたしを呼ぶ何者かが存在するのなら、その何者かか、あるいはその周囲に変異が起こりつつあるのだろう。

 だれにも相談できない。

 だれも共感することはない。

 そんな悩みを抱えながら、羽衣は気味悪くなって肩を抱きながら部屋に戻る。

 あしたは、またあの不思議な赤髪少女、ジュリエットに会えるだろうか。彼女の屈託のない笑顔と笑い声を思い出すと、すこしだけ、この鳥肌がたつ不気味な感覚も和らぐようだった。

第4話「貫け 焔の刃」へ続く。

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