進歩
止めてました、夕です。
茜がよくわかりません。
時間が戻っているので注意です。
廊下を歩いていくと、喫茶店をしている店が多いのかどの教室からもいい香りが漂ってくる。
カップケーキ。こっちはクッキーと飲み物。
あ、ここはたこ焼き。
どのお店も入ってみたくなるんだけど、ちょっと今は無理そう。
「こら、早く」
「はいはい」
ふぅ…と小さく溜め息をつく。
なぜなら今僕は吉野さんに腕を掴まれて連行されているところだから。
由輝とまわろうとしていたところを、吉野さんと行動していた平方さんと交換されて、こんなことに。
「ここよ」
「ここって…」
ご機嫌な吉野さんが僕を連れていった先は綺麗な内装の、ある教室。
「私のクラスも喫茶店してるの」
また掴んだままの腕を引っ張られて教室の中へ。
「あれ?初流ちゃん、まだ休憩時間だよ?」
「うん、お客連れてきただけ。私も何か頼んでいい?」
お客って。
僕はまだ許可も何にも出してないからね。
「西川。何ぼーっとしてるの、早く座って」
僕が状況についていけずに茫然としている間に、吉野さんはさっさと席を確保したらしい。
窓際の机でメニューを持って僕を呼んでいた。
やることが早い…。
まだお客になってあげるかも決めてないのに。
「…しょうがないなー」
吉野さんの向かいの席に座る。
机はテーブルクロスで覆っていていつも使っている机には見えなかった。
「はいメニュー」
「うん」
吉野さんは“手作りお菓子”の店って言ってたっけ。
お菓子のイラストが描かれたメニューに目を走らせる。へぇ、紅茶まであるんだ。ピエロって初めて聞く名前だけど紅茶であってるよね?
「おすすめは?」
聞くと吉野さんはすぐに一箇所を指差した。
「これ」
「ブリオッシュ?…ああ、前に映研部の依頼の時に真実が食べてたやつだ」
「そうそう。懐かしいでしょ」
頷く。
映研部の依頼はたしか夏前くらいだったから、もう随分昔のように思える。
「じゃあ、それにしようかな」
そう言うと、友達を呼んで注文してくれた。
吉野さんも同じものを頼んだ。
すぐにブリオッシュが運ばれてきて、ふたりで食べ始める。
「あ、普通においしい」
「普通にって何よ。美味しければおいしいでいいの」
「はいはい…」
聞けばこのブリオッシュ吉野さんも作ったらしく、自画自賛しながら口に運んでいる吉野さんを見ると笑えてきた。
「吉野さんっていつも自分に自信があるって感じがする」
「いい意味で?悪い意味で?」
「いい意味で」
「それなら、ありがと。映研部の紅一点はそれくらいじゃないとつとまらないのよ」
「でもさ、由輝にフラれた時は学校来ないくらい落ち込んでたよね」
ちょっと意地悪して言ってみると、思った通り慌て始めた。いつも落ち着いてるイメージだから珍しい。
「あ、あれはもういいのよ」
動揺しているのを隠すように食べ進める。
そして顔をあげた。
「逆にすっきりしたくらいだから」
「…そっか」
―――僕は女子が苦手だ。
一番の原因はもちろんあの姉さんだけど。
女子はちょっとしたことですぐに折れてしまうから、正直めんどくさくて苦手だ。
だから。
「西川?」
「やっぱり吉野さんと話すのが一番楽なんだよね」
映研部の映画上映の前日、僕は頼まれて吉野さんを説得に行った。その時はなんで僕がって思ったし、どうせ落ち込んで泣いてるんだろうなーと思ってたから、行きたくなかった。それでも依頼だからしょうがなく家に向かって、驚いたのだ。
吉野さんは泣いてなんかいなくて、僕が事情を話すとすぐに了解してくれた。
きっかけが欲しかったの、ありがとう。
そう言って。
「何それ。…そう言えば西川って、最初全然話とかできなかったっけ」
「進歩したんだよ」
「それ自分で言っちゃう?」
あははとこっちを見て笑っている。
うん、やっぱり吉野さんとは普通に話せる。
「私も西川と話すの好き」
「…え?」
思わず目を丸くして吉野さんを見た。
「変に気を使わなくていいから」
…どういう意味だ。
こいつらなんなんだ。
秋雨さん後は任せました。