↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/2

プロローグ②

「──────死んでみよう」

 翌日の放課後、蒼真は前日とまったく同じ思考になっていた。

 ただ前日と違うところが一点、死ぬ場所が決まっていない。屋上ではまた夏穂がいるかもしれない、だから違う場所を選択する必要がある。とはいえ、そんなにも簡単に学校内で自分が死ぬ場所を選べと言われて答えが出るはずもない。

 ただボーッと椅子に座り、目の前にある大きな黒板を見つめながら考えていると、蒼真の目にはとある文字が映った。

『体育で水泳を選択した人用プリント』

 それを見て蒼真は決めた。今日は──────プールで死のう。


 溺死、大量出血、プールで死ぬとしたらこの二つだ。蒼真は屋外にあるプールのために下駄箱で靴を履き替え、そのまま真っ直ぐ進んだ校門ではなく、曲がって自分で決めた自殺スポットへと向かう。

 溺死と大量出血。どちらで死ぬか悩ましいが人生において溺れた経験が無い事から蒼真は溺死を選んだ。テレビやネットで溺死は難しいとよく見るがほとんどが所詮は実際に試したことの無い人の空論。ならば自分が死ぬついでにその人たちの事を否定してやろうと蒼真は考えていた。

 すると、聞き覚えのあるトランペットの綺麗な音色が聞こえてくる。蒼真は驚いたが、二日連続でそんなことは無いと思い、少し足早にプールへと向かった。

 靴を脱ぎ、水の出ていない地獄のシャワーを越え、フェンス型の出入り口から入る。

「やぁ、またいつかは意外と近かったね」

「それにしても早すぎる気がするよ」

 水泳部の無い学校、プールは完全に授業用ということて本来誰もいない場所で二人の笑い声が生まれた。

 夏穂は前日同様に譜面台を立て、トランペットを持っている。昨日は屋上、今日はプールサイド、どちらの夏穂も絵になっていて蒼真は前日同様に目を奪われていた。

「今日はここで練習してるんだ」

 背筋を伸ばしたままだが片足立ちになりながら夏穂は呟く。それにしても今日の彼女は少し疲れているように見えた。放課後になったばかりと言うのにほんのり額に汗をかいていて、まるで走ったかのように肩で息をしてる。蒼真はなにか違和感を感じたが、楽器を吹くということは息を吐き続けると言うこと。それならば呼吸は乱れるし汗もかくだろうと結論付けた。

「立花くんはなんでここに? あ、もしかして私の演奏が聞こえたから?」

「そういう事にしとこうかな」

「ん? なにか隠してる?」

 首を傾げながら聞く夏穂に対して蒼真は首を振る。

「まあ、別に何でもいいけどさ」

 夏穂は深追いをせず、手にしたトランペットのベルを軽く傾けた。西日に照らされた真鍮の管が、プールサイドのコンクリートに長い影を落とす。水面に反射したゆらめく光が彼女の頬を青白く照らし、夕焼けのオレンジと混ざり合って妙に幻想的だった。

 「せっかくだし、今日も聴いてく? 昨日と同じ曲だけどね」

「あの曲が随分好きなんだね」

「全然。コンクールの課題曲だからってだけ」

 予想外の返事を貰いながら蒼真は夏穂の近くにあったベンチへと腰を下ろす。

 少し退屈そうに、でもトランペットを構えた時の表情や立ち振る舞いは思わず息を飲んでしまうほどの雰囲気だ。

 そうして夏穂がトランペットを構えると、決まって蒼真の頭から『死』の文字が消える。人間、色々な考え事をしていても、結局は別のことに意識が向けば本来の目的などすぐに忘れてしまうものだ。

 トランペットの音色が、プールサイドの乾いた空間を切り裂くように響き渡った。

  波一つない水面に音が跳ね返り、まるでプール全体が巨大なスピーカーになったかのような錯覚を覚える。昨日と同じ曲。けれど、どこか違っていた。途中でほんの少しだけ途切れる吐息、旋律の端々に混ざるかすかな掠れ。素人の蒼真にさえ、彼女の吹き出す音に余裕がないことが伝わってきた。

  夏穂の額から一粒の汗が滑り落ち、金色の髪を濡らしてコンクリートへ落ちていく。半袖の袖口から覗く華奢な腕は、重い真鍮の管を支え続けるせいで僅かに震えていた。

「ああー、疲れた!」

 長いロングトーンを吹き終えた夏穂は、ドカッと勢いよく蒼真の隣へと座る。

 この二日間で蒼真は思ったことがあった。普段は背筋が伸びていたり少し何を考えているか分からないところがある夏穂なのに、ごく稀に子供っぽいところがある。今みたいに勢いよくベンチへと座ったり、トイレを我慢したりとギャップがすごい。

「すごい汗だけど大丈夫?」

「うん。6限が体育だったからほとんどそのせいだし」

「ならもっと休めばよかったのに・・・・・・。てか6限体育なら3組なんだ」

「そうだよ。立花くんは?」

「俺は7組」

「北校舎と南校舎。めちゃくちゃ遠いね」

 二人の通う学校は二つの校舎に分かれている。北校舎は一、二、三組、南校舎は四、五、六、七組となっていた。元々は三組までしかなかったが、部活に力を入れる方針になってから推薦や特待を増やした結果、校舎が足りずに増築したらしい。だからこそ、同じ学年であっても知らない生徒は多いのだ。

 「よし、休憩終わり! あと一回だけ吹いたら音楽室戻らなくちゃ」

「また吹くの? 本当にタフだね」

「特待生を舐めないで」

  背筋をぴんと伸ばし、再び夕日に向かってトランペットを構える夏穂。甲高い音が再びプールサイドを包み込んでいく。

 蒼真は今日も死ぬことに失敗した。それでもなんとも思わない。ただ次の日に死ねばいい──────それだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。