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第3話 名と悪夢

「ディートリヒ殿下、貴方様はここベルフォール王国の第二王子です」


ディートリヒ、…そうだ。

乳母や乳兄弟、そして――母にもそう呼ばれていた。


名を聞いて、急激に記憶が脳内を巡る。


「……そうだ、そう呼ばれていた」


自覚し、思い出した途端に意識が急に遠のく。

ぐらっと傾いた身体をフィロ―が即座に支えてくる。


(ね、……眠いっ……?)


急激な眠気に抗えない。


「ディートリヒ様…っ」


現代日本の精神の俺に様付けとかやめてくれ。

そう思ったと同時に、がくっと力が抜けた。


***


突然の王子の様子の変化に素早くフィロ―が支える。

フィロ―は眼鏡の蔓に指を添えてから、王子の手首に指腹を当てる。


セルジオスが素早く「パメラを呼んでくれ」と外へと指示する。


「――眠っています」


「…………ねむ、?」

「これは魔力切れの症状に似ていますね。子供が良くなるアレです」


「魔力」を膨大に持つ子供が、突然眠る事は多い。

その症状の前に異常なほどテンションが高かったり、魔法をぶっ放したりして

周囲からは恐れられる症状の一つだ。


子供は突然寝るものだから『魔力切れ』の症状かどうかの見極めは難しい。


「そんな前兆はなかったが」

「……名を聞かれて急激に、殿下の体内の魔力が縮小したように見えました。ただ、それまで殆ど感じなかったので――特殊な体質なのかもしれないですね」


フィロ―の言葉にセルジオスは眉を寄せる。


「そんな顔はしないでください。誰のせいでもないでしょう」フィロ―が王子の身体をソファに寝かせる。

とはいえ、馬車の長椅子では足りない。身体の上に上着をかける。


「ああ、そうだな……あまりに予想と違っていて」

目頭を押さえセルジオスは深い息をついた。


「一先ず、殿下は暫くお休みいただきましょう。随分と気を張っていらっしゃったようです」


そうだ、恐らく記憶がない、又は混濁しているというのが事実なら

それを抑え、今まで我々と対峙していたのだ。


「まさか、――このような御仁だったのは」


国内外での【ディートリヒ王太子】に対する噂とは――あまりにかけ離れていた。

これまでの彼の印象は『善良な青年』だった。

思慮深く、慎重で。

所々の言動や、所作には確かな王族らしさもある。



「どうされました?」

若草色の髪の魔法使いの杖を持つ女性パメラが来ると

扉を開け、セルジオスが招き入れる。


「殿下を看てくれ、私は馬車にお休みになる場所を用意する」


「……わかりました」

セルジオスが降りると代わりにパメラが馬車内へと入った。



馬車は少し離れた場所で止め、

ひと時の休息時間をとる。

現場は王都と近隣から派遣された騎士団や警備隊などが調べている。


この辺りでは見かけないセルジオスたちに不信感を見せたものの

『任命書』を見せ、正式な王子付きの従者たちと認識された。


大抵の者たちからは、激しく同情され恐ろしい者を見るような目立った。


どの視線も”好ましい”対応ではなかった。


「魔力切れ、それと精神疲労ですね。……気になるのは身体の魔力の馴染み方です。通常よりも自身の魔力に影響を受けて――眠る事で調整しようとしているのでしょう」


子供のアレです。

何れ馴染み、このような症状はなくなるのではとはパメラが診断した。


内々に呼んだ治療師や、司祭なども同じような見解だった。


寝ているば治ります。という事だ。


馬車から荷馬車に整えられた寝床に王子は寝かされている。

黒い髪、今は閉じられた瞼の下は青と紫が混じった藍色の目――。

今年18歳の王子は心地よい眠気の中で。


様々な夢を見ていた――。


***夢?***


「………ははうえっ!!」


ぼんやりとした風景、色とりどりの花が咲く。

石造りの回廊の途中だ。


久しくその姿を見た事がなかった、だから――傍にいる大人たちの制止を聞かず

走り出していた。


幾人もの女官を連れた、――長い黒い髪。

薄い紫色の瞳の女性が足を止める。


その腕には、まだ幼い子供が抱かれていた。


「なにごとです、ディートリッヒ」


声は冷たい。

びくっと身体が震えて萎縮したように、立ち止まった。


周囲の女官たちがさっと一歩下がっていく。


ただ一人、少し年嵩の女が母を諫める。


「……姫様、そのような」

「――、」


腕に抱く子を撫でた母は、諫めようとする女官にその子を託した。

そして踵を返す。


少しだけ、期待していた。


「王太子殿下、何故…あなたは何時もそのように……っ」


だが母からは冷たい声と、眼差し。

びくりと肩を跳ね、動けなくなる。


「……あの女が生んだ王子は、そなたよりもずっと聡明だとかそれなのに、…あなたはっ。このような場でっ、母に縋りつくような真似はおやめなさい!」


「は、ははうえ、…で、でも」


腕を伸ばし縋りつく、母のぬくもりを求めていた。

だが、その願いはかなわない。


あっさりと払われてしまう。


「殿下、--!」


息をつめていた周囲が、ざわめく。


「姫様、そのような事――ディートリッヒ様もまた姫様のお子様でございます。そのような真似はおやめください…っ!」


腕に幼子を抱く女官が声を荒げる、その声と状況に驚いたのだろう。

ぐずり出し、泣きだした。


王子付きの侍女たちが慌てて駆け寄ってくる。

が、助ける事も出来ず、ただ――この国の王妃の前で膝まづいた。


「―――よくよく教育なさい…っ!!」


その声は悲痛で、口惜しさが滲んでいた。




最悪だああぁぁ!!!


王子ー―ディートリッヒという名を思い出したと同時に鮮明によみがえった幼いころの記憶に絶叫しかけた。


がばっと起き上がると――そこは見知らぬ部屋だった。


「今度はどこだよ!?」



バンと勢いよく扉が開いた。


「幽閉館です!殿下!」


「!?」


「間違えました、幽霊屋敷みたいな館です、殿下」


(いま、幽閉…って言わなかったか……?)


聞き間違いか……?


マリッサと呼ばれた少女だ。

メイド服を着ている。


茶色の髪に茶色の目をしている。

肩すぎまでのくせ毛を少し残し、後ろ髪を一つに束ねていた。



「おはようございます!殿下、もう三日めですよ、お寝坊さんですね!」


「おはよう…、元気だな、えっと……マリッサ…だったか」


「はい、マリッサです。ぴちぴち16歳!殿下の守備範囲に入りますか?」


「入りません」


「なるほど、分かりました。あ、フィロ―さんがすぐ来ますので少々お待ちください!お水お持ちしますねぇー」


元気よく、扉を閉めた。


(何だろう、こうペースを乱される……)


「三日目……」


寝巻に着替えている。ふかふかの布団、部屋はそれなりに広い。

天幕付きの寝台。


そして、


ぐぅぅぅぅ


腹が鳴った。


窓からは―――夕日が差し込んでいる。

寝台をから降りる。……足底が絨毯を踏みしめる感触、ゆっくりと立ち上がり。

窓辺から、外を眺めた。


この部屋には掃き出し窓はない。

腰高の窓だ。


荒れ果てた庭が広がっていた。


「はっ、……保養地には到底見えないな」



どうやら【幽霊館】での生活がこれから始まるらしい。



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