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第2話 廃太子と謎の救助

「……横転って、……なんでこうなった」


ひっくり返った馬車の中に

カーテンの隙間から、強い光が一筋伸びている。


先程までしていなかった音も、耳に入る。

木々のざわめき、水音――鳥のさえずり。

ガラガラ、と石が転げ落ちるような音もしている。


そして、妙な酩酊感。


(かるい、魔力酔い……かな)


前世でそんなものを感じた事などない、ただ分かった。

これが11年の記憶が肉体に残る、ということか。


記憶、として残っているのは―――

寂しさと、どうしようもない思慕とか、そういう感情が強い。


詰んだ状態から解放された事で、少し心の余裕が出ていた。


(転生か、……なんの感情もわかないな)


「……どうする、か」


扉は上か、と顔を上げた。


トントン、と突然ノックされた。

びくっと身が強張る。


「どなたかいますかー、うごけますかー」


少女の声、場にはそぐわないのんびりとした口調。


パカっと扉が開き、ひょいと外から覗き込んできた。

がっつり、視線が合う。


「……、あ!!王子殿下お怪我ございませんかぁーーー?」


一瞬、ヤバっという表情をしていた。


「マリッサ、どきなさい」


そして、呆れたようなもう一人、男の声がした。

マリッサと呼ばれた表情豊かな少女が引っ込み。

続いて、逆光の中に男がこちらを覗き込み、「失礼」と一言おいて

馬車の中へと身軽に降りてきた。


「――殿下、ご無礼をお許しを」


金茶色の髪、目の色は陰り、眼鏡のフレームがその表情を隠している。

白い手袋をした執事のような若い男だ。


「――、誰だ」


「お初にお目にかかります、フィローと申します。まずは、お怪我はございませんか?」


「ああ、それはない」


身体を起こそうと動くとフィローが手を貸してくる。

その手を自然と取り、ひっくり返る馬車の中で体勢を整えた。

手を放し、フィローが眼鏡の蔓を軽く押し上げている。


「この馬車は崖の中腹に横転しております。魔法攻撃対策の防御魔法は破壊されておりますので、これより魔法使いによって浮上させます」


フィローが扉の方へ一瞥を向けると、

マリッサという少女が、ぱたんと扉を閉めた。


すると浮遊感が来た。


内心はどきどきした、これが魔法か……。


「地上に下ろす前に天地を整えますので、姿勢にご注意ください」


淡々と言いながら、こちらに何時でも手を貸せるようにしている。

そして、浮遊するなか、静かな声で問いかけてくる。


「従者殿は、如何されましたか?」


従者――……一瞬、誰の事かと咄嗟に浮かばなかった。


「ーー従者、……」


(そういえば、先ほどまで……そこにいた)


咄嗟に答えられず、こめかみに手を添える。

フィローから表情を隠すように俯く。


(――、魔力酔いのせいか?)


妙な感覚を覚えながらも、今までは別人で――魂がなんたら。

何て説明できるわけもない。


それに、あの従者の主は、俺じゃない。


だから、どうしたのか、と問われて困り果てる。


「もう、……戻らないだろう。よく、覚えていないが」


「……覚えていらっしゃらない…?」


こちらの答えに、フィローが一瞬困惑した。

そうこうしていると、天地がゆっくりと戻っていく。


そして、かろやかに地上へ馬車が降りた。


「出過ぎたことを申しました、従者殿の兼はのちほどに、――暫しお待ちを」


フィローが先に扉を開け、外に出た。

途端に人の気配が流れ込んでくる。


(疲れる、……)


足元に差し込む光――、


ここを出たら、外か。


「殿下」


静かに、声が掛った。


(このままこの馬車に引き籠れるわけにもいかない……)


外へと一歩踏み出せばカツ、と靴底が固い床を踏む。

眩しい日差し、――


階段を降りる横で、執事と名乗ったフィローが控ている。

その反対側にマリッサと呼ばれた少女が立っている。


馬車付きの小さな階段を降り、地上を踏みしめる。


少し冷たい空気だ。

すかさず、フィローが上着を肩にかけてくる。

それを自然と受け止める。


初老の男、隣には大柄な男が1人、そして魔法使いだろう杖を持つ女性が1人。


山沿いの街道は思いのほか広い。

遠くに馬車だったものだろう残骸や、横転していた荷物が散ばっていた。

馬も数頭近くにいるのか、嘶きが聞こえる。


そちらには慌ただしく動く人影が見えた。


(これ、どうしたらいいんだ……)


目の前の三人が僅かに頭を垂れている。

つまり、この場で地位が一番高いのが―――自分だ。


身体の反応のまま発しようとした言葉をぐっと飲みこんだ。

『跪け』という言葉。


「――怪我人は?」


あの存在が遺した11年分だ。そうなるか……だが、

己という存在をしっかり保たねば…!


「はっ、この度同行しておりましたもの、半数が意識喪失。また何名かが錯乱し四方に散ってしまったようですが順次保護しております。」


(大惨事、だよな…それ)


ぞ、とした。場を整えるとは――排除したということなのか。

そう思うと、この目の前の『場を整える』に入らなかった者たちは――なんだ?


「いま、この場の指揮は……貴方がしているのか」


「私が行っております。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません、セルジオス・グロールと申します。殿下が向かわれる保養地にある館の管理を任じられております」


「ほようち……?」


予想していなかった単語に素直に驚くと、

セルジオスと名乗った男も僅かに困惑を返す。


「辺境の地にある、王家所有の館でございます。

まだ、お聞きになっておられませんでしたか……」


こちらの反応に疑問を向けてくる。

じ、と見詰めてくる。


(……嘘を言った所でいいことはないな)


「知らない、……そうか保養地、ね」


(療養とかそういう理由で、王都から追放――といったところか?)


「此度の事、王都へ伝達済みでございます。すみやかに騎士団がまいりましょう。

それまでは、まだここは肌寒くございます。馬車へご案内いたしますのでこちらに」


セルジオスと名乗った初老の男ががっしりとした身体に、落ち着いた声をしている。

彼の案内に、抗う理由はなかった。


馬車は街道の先の小さく広がる場所に停車していた。


ぶるる、と馬の嘶きがする。

二頭立ての馬車だ。



(おおおお、で、でかい………!?)


馬なんて間近で見た事がない、だがこれはすごく大きいだろう。

知性を感じる目に巨体は艶やかな毛並みが美しい。


「馬がお好きなのですか」

不意に問われ、声の主を見た。マリッサという少女だ。


(この子…すごい、気さくだな)

何だか普通な空気に、ついこちらの気が緩む。


「あまり関わった事はないな。それにあのような大きさの馬は――」


(多分、初だよな……?可能性としてアレが普通ということも)


つい口ごもった。


「マリッサ、控えなさい」


フィローが短く注意すると、はーいと言って大人しく下がる。

物怖じしない子だ…とマリッサという少女に苦労していそうなフィローの姿が想像出来てしまう。


「殿下、こちらです」


馬車の中へと促され、中へと入る。

そして初老の男と、フィローが入って来た。

そのまま、ドアをマリッサがぱたんと閉る。


それだけで室内は随分と暖かく感じた。

肩の上着はさりげなく、フィローが回収している。


狭い馬車の中で、三人――――。


(逃げられない状態、になったのではもしかして)


室内は落ち着いたトーンで纏められていた。

カーテンはあけられていて、小窓から車窓が見える。


「王太子殿下、――いえ、もうその地位は廃されましたな。

今後はどのようにお呼びいたしましょうか」


先程までの、一定の距離を保った儀礼的な空気が一変した。

軍人のような硬質な雰囲気のまま。


ただこちらを見定める目が酷く冷たくなった。


(……そういうの教えておけよっ)


はあ、と大きく息を吐いた。

室内の空気が少し、気のせいか冷え込んだように感じる。


転生した記憶を思い出して、早々に得体の知れない黒い靄と遭遇した。

わけのわからない状況だが、それを想えば――なんともない。


セルジオス、そしてフィローへと顔を向ける。


「好きに呼んでくれ。ただ、一つ問題がある」


目の前の二人が僅かに緊張したのがわかる。

ただこちらが普通に返事をしたことに、拍子抜けしているようにも感じた。


「それは、――どのようなことでございましょうか」


「名前を忘れた、……私の、ーーいや、僕の名はなんだったか」


もうしわけない。


11年分、身体は覚えているっぽいけど

記憶は戻ってないのですよ。


ははは、と乾いた笑いが心の中にだけ零れる。


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