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第1話 従者と黒い靄

目が覚めた。


――向かいに座る少年がまず、目に入った。

いや、少女かもしれない。


浅黒い肌、銀にも見える白髪。

静かに座っている、その手の中には蓋を開いた小さな箱がある。


オルゴールだろうか。だが、音は全く聞こえない。


小部屋のような室内、少しの振動を感じる。

どうやら馬車の中らしい。

軋む音も、馬の嘶きもない。


不自然なほどに静かだ。


(ここは、どこで…誰だ…)


不意に伏せられていた瞼が上がり、こちらを見て来た。

その瞳は紅く、――不思議と、…知っている気がした。


「……どちら様で?」


考えるより先に、言葉が出ていた。

自然に出た声に自分でも驚く。


「なるほど、――如何されるおつもりですか、我が君」


こちらを見ていない。

その様子に困惑と不安が押し寄せる。そして『我が君』という呼び方に強い違和感を覚えた。


それもそうだ、それは――


『そうだな、如何するか』


禍々しい声。

横に―――黒い靄のような人型が座っていた。


『我が君』と呼ばれた存在。


心臓が跳ねるような衝撃を受けた。


(これは、………触れてはならないモノだ)


直感的にそう感じる。


横を直接見る勇気すら起きない。

人型とわかるのは、視界の端に組む足を認識できたからだ。


夢か、幻か――。

いや、最初から居たのだ。


ただ、認識出来ていなかっただけ。


『そう怯えるな、私は存外に優しいぞ。役立つ者になら尚更だ。――さて、お前はどうか。…いや存分に役立ってくれたのだったな、外ではなく内を巡る質だったとは』


禍々しい存在感を放ちながらも言葉は理知的で、機嫌のよさすら感じられる。


ただーー


(何の話をしてるのか、さっぱりわからん…!)


あぁ、と息を吐く。

理解が追いつかない、が幸いにも焦らされてはいない。


背をソファのようなゆったりとした背もたれに預ける。

指先まで緊張し、こもる力を抜いた。


柔らかく心地いい。


布張りの背もたれは柔らかく、心地いい。

窓にはカーテン。外の光は全く通していない。

ランタンのような仄かな光が、室内を照らしている。


小さな明かりが内装に美しく彩られているが、電気や油ではない灯りだ。


匂いも微かな音も、ない。


(魔法…か?)


静かに、今の状況を理解し始める。


子供のころの記憶がわずかにある。

そして、その前の――一生を終えた記憶も。


転生している、そう判断出来た。


――こういう場合、普通は女神様とか、そういう存在と出会うのではないか。

前世であっただろう、そういうの。


だが、実際は

魔王っぽいのが、すぐそばにいる。


詰んでいる。


「…どちら様で」


同じ問いを繰り返す。

傍らの黒い靄が、微かに笑った。


『出会った時はまだ幼子だったな、さて、幾つぐらいだったか』


「七の歳だったかと、今はその11年後でございます」


『七つ、の様子ではないな。魂が持つ記憶があると言われるが、……そなたはとことん予想外だ』


(何を言っているか……分かる)


この身体、確かに子供じゃない。

今更、自分の手を見る――指先は手入れされ、豪奢な指輪がいくつか光る。

袖口から覗く腕、纏う服も心地よく馴染んでいる。


7歳から11年―――その言葉から

11年間はこの黒い靄がこの身体の主だったのだろう。


『なかなか察しがよいな。魂は眠っていたはずだというのに、私が抜けた後に現れたそなたはどうだ。――名は覚えているか?』


黒い靄が興味深そうにこちらを見ていると感じた。


少し考え、頭をふる。


名前は、どちらも覚えていなかった。いや、咄嗟に出てこないのか、今は判別できない。


「不可思議ではございます、がもう不要でございましょう。ゆえに、如何なさいますか」


『そう急くな。所詮は人の子だ、我らとは時間の流れが違う』


閉ざされた空間。声だけが鮮明に響く。

自身が最底辺の存在だと肌で感じた。


「――そういう会話、俺の前でしないでほしい。心臓に悪いよ?」


もう、開き直った方が楽だ――

傍らのクッションに身を預ける。


くっくっく、と傍らの黒い靄がとうとう笑いだした。


『子供であったなら面倒だと思っていたが。眠っている間も成長したかのようだ。……面白い、アザリア――この世は、どうやら私の知らぬことが、まだまだあるようだ』


黒い靄がぶわっとその気配を強めている、

この狭い空間全てを覆うような存在感に、強い圧を感じる。


「お戯れを。…しかし我が君がそのようにおっしゃるならば」


アザリアと呼ばれた従者はこの空間の中、平然としている。

普通の人間の姿をしているが、これも、この黒い靄と同じなのだと実感した。


「我が君の魂が回復し、貴方様のお身体は不要になりました。…用済み、ですが我が君はいたくご満足された。――どうぞ、お健やかに」


パタン、と蓋が閉じられた小さな音。


『場は整えてやろう、それに記憶は身体に残るものだ。さあ、十一年分だ、存分に楽しめ』


視界が黒い靄に塗りつぶされるなか、

笑い声と共に声が脳内に響いた。


そして、全てが静かに暗転する。





カラカラ、カラカラ、

乾いた――、車輪が回る音が聞こえる。


ゆっくりと瞼を開く、仄かな明かり。

近すぎて眩しさを感じ目を細める。


目の前に誰もいない、どころか馬車の中で一人っきり。


そして―――。


「横転してるんだが…?」


床だったものが天井に。

天井にあった灯りが、傍で仄かに光を発している。

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