私の鑑定スキルが常に相手の本音を頭上に映し出すので、人間不信になりそうでしたが、私を嫌っていたと思われた騎士様は実は私に恋をしていたらしい
最近本当に困っています。
なぜですかって? それは私に突然発症したスキルにあります。本来ならスキルは子供の頃に一つ得て以降新たに生えてくることはないはずなのですが、なぜか私は本音を鑑定するスキルを得てしまったのです。
そのせいで、そのせいで今まで仲良くしていた方たちの本音を見て絶望してしまいました。なんて思っていたと思います?
『ホント、あのご令嬢はウザいわ』『自分のこと物凄い好きそう、私たちなんてゴミ! なんて思ってそうね』『裏では絶対人のこと馬鹿にしてそうですわ、あの小娘』
と……。
人のことを馬鹿にしているのはどちらですの!?
そしてさらには婚約を控えている王子も、
『ようやくか。あいつと婚約できればあの王国は自分の物、あいつも俺の思い通りだ! 思い切りこき使って捨ててやる』
と言っていました。辛いことばかりでした。これがこの二日の間の出来事でした。今までの人生はなんだったのでしょう? と泣きたくなりました。
という理由があって、私は真夜中というのにこっそりと王城を出て夜逃げしようとしています。この私、ユラ・リーヴィスをお許しください、お父様。
正門から出るのはいくらの私でも無謀というのは明確でしたから、裏口の私だけが知っているルートから。魔物に襲われたりしたらアレですが、最低限の戦いは私もできますので、多分大丈夫だと思います。
そう自分に言い聞かせないと夜逃げなんてできません。
「誰もいませんわよね……」
自分の部屋から出てロープで裏庭に、そして裏口から誰にも気づかれないようにこっそりと……。
「お嬢様、こんな真夜中に何をしていられるのですか」
「! 誰ですの?」
……。ああ、ルベルトですか。いつも真顔で私が話しかけても興味すら示さなかった、私に無関心の護衛騎士が今更なんのようですの? 無視していれば、興味のない私の顔など見なくて済んだはずなのですのに。
「ッ!」
「私の顔に何か? お嬢様」
「くっ……」
なんですの? なんでですの? 今まで私を愛してくれていたと思っていたはずの人たちは、全員本音は私のことを嫌っていたのに。なぜ、貴方は、貴方だけは私のことを……。
【鑑定結果・本音「まさか、夜逃げとかじゃないよな。俺のことをかなり警戒している様子だけど、かわいいから緊張していたのはやはり印象が悪くみえたか? どうしよう。報告は……まずいよなあ」】
「……っ、なんですの、その……」
私は思わず後ずさりし、手元にある脱出用の荷物を強く抱きしめました。
鑑定スキルが映し出すルベルトの本音は、今まで見てきた醜悪な黒色や、王子の野心に満ちた濁った色とは全く違いました。それは、戸惑いと、不器用なほどの慈しみが混じった、温かな色。
「……お嬢様? 顔色が優れませんが。やはり、夜風に当たって体調を?」
ルベルトは一歩近づこうとして、ハッとしたように足を止めました。
【鑑定結果・本音:「しまった、近づきすぎたか。嫌われている自覚はあるんだ、これ以上怖がらせてどうする。でも、その大きな瞳に涙が溜まっているのを見ると、心臓が潰れそうだ。抱きしめて守ってやりたいが、そんなことをしたら俺は即刻、不敬罪で首が飛ぶな」】
(……抱きしめて、守る!?)
わたくしの心臓が、今までとは違う意味で激しく鼓動を打ち鳴らします。
彼は無関心だったのではないのですわ。あまりにわたくしを「一人の女性」として意識しすぎるあまり、その熱情を必死に鉄の仮面で押し殺していただけだったのです。
「お嬢様、そのお荷物。……そしてこの時間。黙って見逃すわけにはいきません。……ですが」
ルベルトは周囲を一度鋭く見渡し、声を潜めました。
「私を『道連れ』にしてくださるというのであれば、話は別です。お嬢様を一人で、魔物の出る夜道に行かせるなど、騎士の名折れ……いえ、俺の魂が許しません」
【鑑定結果・本音:「頼む、拒絶しないでくれ。あんたがいない城に、俺の居場所なんてないんだ。王子が裏で何を企んでいるか薄々気づいてはいたが、守る力が足りなかった。今度こそ、命に代えてもあんたを自由な場所へ連れて行く」】
わたくしは、震える手でルベルトの漆黒の籠手を掴みました。
誰も信じられないと思っていた。世界は悪意に満ちていると絶望した。けれど、目の前のこの「堅物」だけは、わたくしを愛していると思い込んでいた誰よりも、深く、真っ直ぐにわたくしを見つめていたのです。
「……ルベルト。わたくしの荷物は、重いですわよ?」
「……。慣れております。お嬢様の我儘も、その重さも、すべて」
そう言って、彼は初めてわずかに口角を上げました。鑑定スキルが弾き出したのは、【100%の忠誠と、それ以上の純愛】。
ルベルトの瞳には、今まで見たこともないような深い熱が宿っていました。
わたくしは驚きのあまり、持っていた脱出用のロープをぽろりと落としてしまいます。
「……っ、何を、何を言っていますの! わたくしの、わたくしのことなど、興味もなかったはずでしょう!? いつも無愛想で、わたくしが話しかけても生返事ばかりで……!」
堪えきれず、わたくしの目から大粒の涙が溢れ出しました。
裏切り、嘲笑、野心。この二日間浴びてきた「本音」の毒に当てられ、ボロボロになっていた心が、彼の熱すぎる想いに触れて悲鳴を上げています。
ルベルトは一歩踏み出し、床に落ちた荷物を拾い上げると、もう片方の手でそっとわたくしの頬に触れました。騎士にあるまじき不敬な行為。けれど、その指先は驚くほど震えています。
【鑑定結果・本音:「泣かないでくれ。あんたが泣くと、胸が張り裂けそうだ。生返事だったのは、あんたの顔を直視すると、顔が赤くなって正気を保てなくなるからだ。ああ、もう隠せない。どうせ国を捨てるなら、このまま奪い去ってしまいたい」】
(……なんという、なんという重たい愛ですの……!)
わたくしは呆然と立ち尽くしました。
今まで「愛している」と囁いてきた王子の本音が「ゴミ」だったのに、一度も愛を囁かなかったこの男の本音が「命を懸けた執着」だったなんて。
「お嬢様……いえ、ユラ様。一つだけお聞きします。夜逃げの理由は、あの第一王子のことですね?」
ルベルトの低く通る声が、真夜中の静寂に響きます。
「……。ええ、そうですわ。わたくし、知ってしまったのです。あの方がわたくしを道具としか見ていないことも、わたくしの家を利用して捨てようとしていることも。そして、わたくしを友と呼んだ者たちが、裏でわたくしを嘲笑っていることも……」
「……左様ですか」
ルベルトの表情が、一瞬にして冷徹な「剣」へと変わりました。
「ならば、計画を変更しましょう。ただ逃げるだけでは、奴らの思う壺です。俺が貴女を連れて城を出る。ですが、それは敗走ではなく、『奪還』への序章です」
【鑑定結果・本音:「まずは安全な隣国の別邸へ。その後、俺の秘密の伝令を使って、あいつらの汚職と不貞の証拠をすべてバラ撒いてやる。ユラ様を泣かせた代償は、国を一つ失う程度じゃ足りないが……まずはそこからだ」】
(……この人、わたくしが思っていたより、ずっと過激でいらっしゃいますわね!?)
わたくしは思わず、その逞しい腕に縋り付きました。
絶望に染まっていたはずの夜逃げが、最強の味方を得て、恐ろしくも刺激的な「復讐劇」へと塗り替えられていく予感がします。
「……案内しなさい、ルベルト。わたくしを、誰も知らない場所へ」
わたくしのその言葉が終わるか終わらないかのうちに、ルベルトはわたくしをひょいと横抱きにしました。いわゆるお姫様抱っこというものです。
「えっ、ちょ、ちょっと!?」
「失礼。走りますので、舌を噛まないよう。……あと、あまり俺の顔を見ないでください。心臓が持ちません」
【鑑定結果・本音:「あああああ! 抱き上げた! 軽い、柔らかい、いい匂いがする! 落ち着け自分、今は脱出が先決だ。でもこのまま離したくない。一生このまま運んでいたい。いや、それは流石に不審者すぎるか」】
(……頭の中がうるさいですわよ、ルベルト!)
わたくしは顔を真っ赤にしながらも、彼の首に腕を回しました。
夜の森を駆け抜け、追っ手を撒き、数日間の強行軍の末にわたくしたちが辿り着いたのは、隣国の国境近くにある小さな湖畔の村でした。
それから三ヶ月。
かつての公爵令嬢ユラ・リーヴィスは、今や村外れの小さなログハウスで、一人の「村娘」として暮らしています。
「ユラ、無理に薪を割らなくていいと言っただろう。危ないから、それは俺の仕事だ」
野良仕事から戻ったルベルトが、慌ててわたくしの手から斧を取り上げます。彼は騎士の鎧を脱ぎ捨て、今ではすっかり逞しい猟師の格好が板についていましたわ。
「あら、これくらいできますわ。いつまでも守られるだけのひ弱なお嬢様だと思わないでくださいな」
【鑑定結果・本音:「エプロン姿のユラ、最高に可愛い。一生見ていられる。薪割りをする姿すら愛おしいが、もし指に刺さくれでもできたら俺は自分を許せない。代わってやりたい、いや、むしろ俺が薪になりたい」】
(……相変わらず、重たいですわね。薪になりたいって、なんですの?)
わたくしは苦笑しながら、彼のために淹れたハーブティーを差し出しました。
この村での生活は、決して贅沢ではありません。けれど、ここには「本音」を覗いても、ドロドロとした悪意を向けてくる人間は一人もいませんでした。
夕食の席で、ルベルトがぽつりと零しました。
「今日、村の若者が君のことを『綺麗な人だ』と噂していた。……やはり、この村に住むのは目立ちすぎたか? もっと奥地の、誰も来ない山小屋へ移るべきだろうか」
【鑑定結果・本音:「あいつら、ユラをジロジロ見やがって。俺だけのユラなのに。いっそ洞窟にでも閉じ込めておきたいが、そんなことをしたら嫌われるよな。ああ、独占欲が止まらない」】
わたくしは呆れ半分、愛おしさ半分で彼の手を握りました。
「ルベルト。わたくしは、あなたとここでのんびり暮らせれば、それで満足ですのよ? どこへも行きませんわ」
「……ユラ。俺は、貴女が望むなら一生、ただの護衛として隣にいます。ですが……」
【鑑定結果・本音:「……本当は、今すぐ押し倒して『俺のものだ』と刻み込みたい。結婚してくれと言いたい。でも、俺みたいな無骨な男がそんなことを言ったら、彼女は怯えるだろうか」】
(……いいえ、ルベルト。わたくしも、同じ気持ちですわ)
わたくしは鑑定スキルのおかげで、彼が言葉にできない深い愛を知っています。
かつて絶望を与えたこのスキルは、今では「世界で一番、自分を愛してくれている人」の嘘偽りない心を確認するための、最高の宝物になっていました。
「ルベルト。そんなに不安なら……今夜、改めてお話を聞かせてくださらない? あなたの、本当の気持ちを」
わたくしが茶目っ気たっぷりに微笑むと、ルベルトは顔を真っ赤にして固まりました。
(復讐など、もう良いのですわ。今はそれよりも……)
彼の頭の中から溢れ出す、愛と欲望と理性の葛藤が混ざり合った「本音」の濁流。それを眺めるのが、今のわたくしの密かな楽しみなのですわ。




