オモチャのウサギ
これは4歳頃の出来事だ。
その日は何故だが夜中に目が覚めた。他の家族は寝静まっており、暗い世界に時計の針の音だけが響いていた。布団の中で私は(嫌だなぁ怖いなぁ‥‥)などと思いながらも辺りを見回してみる。すると、昼間に遊んだオモチャのウサギが目に入った。
このウサギは人間の赤ちゃんで言うと生後半年ほどの大きさがあり、プラスチックで出来た果物や野菜を口に入れると「モグモグ」と言いながら飲み込み、お尻から出る仕組みになっていた。お尻には蓋がついておりパカっと開けると先ほど食べさせたプラスチックの食べ物が取り出せる。なんとも単純な作りだが、私はこのオモチャのウサギが大好きでいつも遊びながら本物の赤ちゃんのようにお世話をしていた。
しかし、幼いながらもプラスチックでできた食べ物を食べさせるという行為に心がいつも痛んでいたのである。(こんなプラスチックの食べ物なんかではなく、本物のご飯を食べさせたい。この子はプラスチックの食べ物を食べるだけで本当に幸せなのだろうか?)とお世話するたびにオモチャのウサギを不憫に思う日が増えて行った。
その夜も暗闇の中うっすらと見えるウサギを見つめながらそのようなことを考えていた。
暗闇に目が慣れウサギの姿がハッキリと見え出した時、突然ウサギの手が動き出しプラスチックでできたリンゴを掴み、なんと自分の口へと運んだのである。
「モグモグ」と喋り、「カコンッ」とお尻へとリンゴが落ちる音がした。私は驚きと恐怖で固まりますますウサギから目が離せなくなっていた。
そして次にピーマンを手に持ち口へと運んだ。「モグモグ」「カコンッ」
それからウサギが次の食べ物を口に運ぶことはなかった。布団の中で私は今起きた出来事が現実だと受けとめるこどができなかった。しかし幼いながらもこの状況を理解しようとしていた。何分たったか分からない。ようやく気持ちが落ち着き始めた頃。ふっと思った。ウサギは自らの手でプラスチックでできた食べ物を掴み食べていた。それも2つも。
ウサギはいつも喜んで食べてくれていたのだ。いつも心配しながら食べさせていた私に美味しいよと伝えたかったのかなと思う。私の心は安堵して(良かった良かった)と考えていたら安心したのかいつのまにか眠っていた。
朝になりオモチャのウサギのお尻の蓋を開けるとリンゴとピーマンが入っていた。私はその2つを取り出し、リンゴを口へと持っていった。
しかし、ウサギの口は固く閉ざされたまま二度と開くことはなかった。私はウサギの黒くて真ん丸い瞳を見つめた。ウサギも私を見つめた。
(食べるの嫌じゃなかったんだね。)心の中でウサギに呟いた。綺麗な瞳は「うん。」と言っているようだった。
あんなに大切にしていたオモチャのウサギ。私の記憶からはこれが最後の姿となった。壊れてしまい親に捨てられたのか、自分で手放したのかまったく記憶がない。
あの頃の純粋無垢な心もオモチャのウサギも二度と私へ戻ることはないだろう。




